中田宏・横浜市長の光と影

人気先行だがボロが見えてきた。小泉チルドレン第1号って、なんぼのもんか。

2006年6月号 DEEP [キーパーソン]

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 松下電器産業創業者にして、経営の神様とも称された松下幸之助がおよそ70億円もの私財を投じて、神奈川県茅ヶ崎市に「松下政経塾」を設立したのは1979年(昭和54年)のことだった。 時あたかも財界に起こった教育ブームとも相まって、齢80を超えた松下幸之助の政治家養成機関は世間の耳目を一身に集めるような存在となる。募集人員30人に対して応募者は900人を超えた。競争率は30倍という狭き門であった。 けれども、松下幸之助が亡くなる89年(平成元年)までに松下政経塾出身者で国会議員となったのは逢沢一郎ただ一人だけだった。しかも、逢沢の場合、祖父の代からの地盤を引き継ぐ3代目であり、政経塾が産み落とした政治家とは言い難かった。 創立から10年経った89年の応募者は初めて100人を切る84人となり存続を危ぶむ声は現実味を帯びることとなる。絶大な人気を誇る現横浜市長、中田宏が入 ………

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