スクープの快感、憑かれる苦痛

『ニュース・ジャンキー コカイン中毒よりもっとひどいスクープ中毒』

2007年11月号 連載 [BOOK Review]
by 石

  • はてなブックマークに追加
『ニュース・ジャンキー コカイン中毒よりもっとひどいスクープ中毒』

『ニュース・ジャンキー コカイン中毒よりもっとひどいスクープ中毒』(著者:ジェイソン・レオポルド/訳者:青木 玲)

出版社:亜紀書房 2200円+税

記者・易者・芸者など“者もの”と呼ばれる職業は世間から一段低く見られる。新聞記者時代、そんな風にうそぶいて斜に構えていたことがあったが、新聞記者、ジャーナリストの実態は案外世間に知られていない。

記者自身の書いたものも、いかに特ダネを掘り起こしたかという自慢話が多く、自身の生の姿をさらした記録は少ない。2000年に起きたカリフォルニア州の電力危機や、その翌年に始まったエンロン破綻で特ダネを連発したこの本の著者、元ダウ・ジョーンズ・ニューズワイヤーズのロサンゼルス支局長も、いかにスクープをものにしたかを得々と語るが、同時に、いかに低劣な取材方法をとったかを明かし、自分の過去の犯罪歴まであからさまに記して、“気の弱い特ダネ記者”という、ちょっと意外な姿を見せてくれる。

「ニュースを流す快感は何物にも替えがたい。唯一近いものがあるとしたら、コカインを吸ったときの、一切の不安が消え、世界征服もできそうな万能感だろう」

全国紙という大看板に隠れて、正義を振りかざしてみせる日本のサラリーマン記者とは歴然と違う。スクープで記者としての商品価値を上げ、よりメジャーな舞台を目指す競争社会の一匹狼ならではの言葉だろう。

ほんの1、2年ずつ小さな通信社などに身を置いては、ミスを犯し、周囲と衝突し、それでもしゃにむにステップアップしていく。追いつめられると、とたんに弱気の虫がうごめき出すのは、コカイン中毒であることや、音楽業界で働いていたときに犯した窃盗の前歴が暴かれるのではという不安を拭えないからである。

妻の協力で麻薬中毒からは抜け出せたが、「1グラムのコカインを追い求める代わりに、スクープを狙って、ネタを漁りまわるようになっただけである」と述懐する。「ニュース・ジャンキー(中毒患者)」になってしまったのである。

あいにく当方は特ダネ記者ではなかったから経験は少ないが、それでも他社を出し抜き、自分の書いた記事がでかでかと紙面を飾る快感は理解できる。だが、麻薬のように取り憑かれるほどの魅力だったろうか。おそらくアメリカのジャーナリズム世界ならではだろうし、それ以上に著者自身の性向によるのではないか。

背後で著者を苦しめているのは、子どものころの父親の暴力であり、両親に対する嫌悪感である。エンロンのような企業詐欺を暴く自分自身が詐欺師ではないか、過去を告白しない限り自由にはなれないと、著者は執筆の動機を打ち明けている。

記者になる以前の個人的な秘密を吐き出すことで、たぶん彼はニュース・ジャンキーから脱することができたのではないだろうか。本を書いたことで、父親とも和解したという。

アメリカの一特ダネ記者の自伝的レポートだが、後半、エンロン事件などに関わる部分では、アメリカの政治や経済、マスコミの思惑も透けて見えて興味深い。きれい事で済ませがちな会社第一のサラリーマン記者には、まず書けない内容である。

   

  • はてなブックマークに追加