トランプが三大ネットワークに「免許取り消し攻撃」/ひざまずくパラマウント

米三大ネットワークに「免許取り消し」の脅し。ひざまずくパラマウント。

2025年10月号 POLITICS
by 倉澤治雄 (科学ジャーナリスト)

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公開された8月26日の閣議(米ホワイトハウス動画より)

「大統領閣下、あなたのおかげで我が国はかつてないほど安全になりました。あなたは私たちを窮地から救い出してくれました」(ヴァンス副大統領)

「トランプ大統領の就任以降、新兵の入隊が殺到しており、全員の受け入れが困難となるほどです」(ヘグセス国防長官)

「あなたが舵を取った100日間は記念碑的でした。あなたのリーダーシップは驚くべき結果を生み出すでしょう」(ベッセント財務長官)

「ノーベル賞委員会がノーベル平和賞の最高の候補者があなただと理解することを願っています」(ウィトコフ中東担当特使)

米国大統領トランプは8月26日に閣議を開催、その模様は公開されたが、3時間17分にわたって閣僚全員がひたすら大統領を礼賛するという珍しい光景が繰り広げられた。ワシントンポストは「3時間をお世辞に使った」と論評、ニューヨークタイムズは「ほかの組織なら非効率の極み」と酷評した。保守系政治専門誌『ザ・ヒル』に至っては、「金正恩スタイルの賛辞なくして、閣議は開けないのか」と苦言を呈した。

CBSに噛みつく

トランプ政権のメディア攻撃は熾烈を極める。意に沿わないメディアはすべて排除するとの姿勢が明確である。最初の標的となったのはAP通信社だ。「メキシコ湾」を「アメリカ湾」に改称しなかったとして、ホワイトハウスの代表取材から締め出された。

公共放送もやり玉に挙がった。今年3月、トランプ政権は48カ国語で世界に情報を発信する「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」、中東向けの「MBN」、アジア向けの「RFA」に閉鎖を命じ、放送局を運営する米グローバルメディア局(USAGM)の記者1300人以上をレイオフに追い込んだ。「USAGMにスパイやテロリストの支持者が浸透している」「VOAの記者が反トランプ的なコメントを投稿した」などが閉鎖の理由だが、言いがかりとしか言いようがない。VOAの歴史は古く、第二次世界大戦中にナチス・ドイツと日本のプロパガンダに対抗するために設立された。冷戦期を含め、一貫して米国政府の政策や価値観を伝えるメディアとして、海外4億人以上のリスナーにサービスを提供してきた。

5月1日には「偏向メディアへの税金補助を終了する」大統領令に署名、公共放送「PBS」と公共ラジオ「NPR」への補助金支出を禁じた。PBSとNPRが「リベラル寄りで偏向している」というのがその理由である。米国では公共放送が唯一の情報源となっている地域が少なくない。いわゆる「ニュース砂漠」は206の郡におよび、67郡ではラジオのNPRが唯一のニュース供給源となっている。PBSもNPRもCMは放送せず、ニュース、教養番組で質の高い放送を続けてきた。高視聴率を誇ってきたPBSの「セサミ・ストリート」がよい例である。NPRは衛星を使った全国配信で会員局は1200局に達し、視聴者は2千万人を超えていた。根拠薄弱な「リベラル寄り」の一言で補助金の打ち切りが決まった。

矛先はCBS、NBC、ABCの三大ネットワークにも向けられている。トランプ大統領が嚙みついたのがCBSである。CBSの看板ニュース番組「60ミニッツ」が放送した民主党大統領候補カマラ・ハリスの独占インタビューについて、「視聴者に誤解を与える編集が行われた」として、トランプ陣営は昨年10月、CBSの親会社パラマウント・グローバルに対して100億ドルの損害賠償請求訴訟を起こしたのである。また今年4月13日には「60ミニッツ」が取り上げたウクライナ戦争とグリーンランド問題の番組に対して、「彼らはニュースではなくニュースを装っているだけだ。不誠実な政治工作員で免許を取り消すべきだ」とSNSに書き込んだ。

ニュースのCBSは「米国の良心」の象徴でもあった。1927年にラジオネットワークとしてスタート、第二次世界大戦中はロンドンに拠点を置いた伝説のキャスター、エド・マローがナチス・ドイツと戦う欧州の戦況を伝えた。エド・マローは戦後、ジョセフ・マッカーシー上院議員が進めた「赤狩り」を手厳しく批判、理由なき反共運動を収束に追い込んだ。

日本記者クラブで講演するウォルター・クロンカイト(1981年5月21日)

1962年から81年まで20年にわたって「CBSイブニング・ニュース」のアンカーパースンを務めたウォルター・クロンカイトは、「大統領より信頼できる男」として、国民の広い支持を集めた。クロンカイトはアンカーとして個人的な見解は見事に抑制していた。タレント気取りの日本のテレビキャスターのように、思いついたことをベラベラ喋るようなことは絶対になかった。

そのクロンカイトがただ一度、個人的見解を表明したのがベトナム戦争である。現地を取材した直後のニュースで、「民主主義を擁護すべき名誉ある米国がなすべきことは、攻勢ではなく交渉である」と厳しく批判、米国世論に大きな影響を与えた。時の大統領リンドン・ジョンソンは、「クロンカイトの支持を失ったことは、米国主流の支持を失ったということだ」として、大統領2期目の出馬を断念した。

共和党が牛耳るFCC

トランプの100億ドル訴訟はパラマウント側が圧倒的に有利と見られていた。「トランプ陣営は法廷で恥をかくだけ」というのが、大方の下馬評だった。ところが7月1日、パラマウントはトランプ陣営に1600万ドルを支払うことで和解した。1600万ドルは訴訟費用とトランプが引退した後に建てられる図書館の費用に充てられるという。

背景にはパラマウント・グループとスカイダンス・メディアとの合併交渉があった。両者の間では買収額も80億ドルと確定していたが、パラマウントがCBSという放送事業者を傘下に持つことから、連邦通信委員会(FCC)の認可が必要となったのである。現在のFCC委員の構成はトランプが指名した委員長のブレンダン・カー(共和党)、オリヴィア・トラスティ(共和党)、アンナ・ゴメス(民主党)の3名で、FCCは共和党の支配下にある。認可を得るためには膝を屈しなければならなかったのである。7月24日、FCCはパラマウントとスカイダンスの合併を承認したが、「政治的偏向」を監視するオンブズマンがCBSに派遣されることになった。

これにはCBS内部からも批判の声が上がった。上院議員バーニー・サンダースは和解金の支払いを、「実質的な賄賂だ」と批判した。パラマウントにとって1600万ドルの支払いは痛くも痒くもない。なぜなら保守勢力からの広告出稿が増えるからである。

次の標的はNBCとABCである。トランプは8月24日、NBCとABCについて、「史上最悪かつ最も偏向した放送局」と非難した。「私についての報道の97%が悪い話だ」と難癖をつけたうえで、「FCCが両局のテレビ放送免許を取り消すことを支持する」とSNSに投稿した。米国では8年ごとに免許更新が行われる。

米国の繁栄を支えてきたのは圧倒的軍事力とともに、ソフトパワーである。ソフトパワーの基礎となっているのが「表現の自由」と「報道の自由」である。事実、米国憲法修正第一条には次のように書かれている。

「言論および出版の自由、また人民が平穏に集会を行い、苦痛の救済を求めるために政府に請願する権利を侵す法律を制定してはならない」

トランプ2・0の出現で米国のソフトパワーが今、危機にさらされている。「国境なき記者団」が今年5月に発表した「世界報道自由度ランキング2025」によると、米国の順位は57位である。バイデン政権時代は40位台前半だった。日本は66位、ロシア171位、中国178位、北朝鮮は179位である。来年以降の米国のランキングがロシア、中国、北朝鮮に近づくことがないように祈るばかりである。

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倉澤治雄

科学ジャーナリスト

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