阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

  • 2006年2月24日ネット愛国主義の胚14――ポスドクの寒気

    SFとは便利な道具である。奔放に想像力を働かせても文句を言われない。だから、大量殺人を犯しながら死刑判決に「世界中を愛している」とうそぶいた本家「セカチュー」の怪物も、その狂気を1億年の未来に置くと、7頭のドラゴンの姿になってしまう。空間の果ての「世界の中心」である交叉時点のタンクに閉じ込められているのだ。

    神霊のような二人がこのドラゴンを「排出」(抹殺)すべきかどうか議論している。このドラゴンの運命は審判で抹殺と決まっているのだが、一人がなんとかそれを避けようとして「科学は民衆の意志にしたがうものさ」とさとされるが、結局は「排出」を装って、まんまとドラゴンを宇宙に解き放ってしまうのだ。「わたしも同胞を愛しているから」と平然と言い放ちながら。爆弾魔ユナボマーを重ねたくなるのはそこである。

  • 2006年2月23日ネット愛国主義の胚13――世界の中心で愛を叫ぶ

    このシリーズで何度か触れた日本医科大学の講師、澤倫太郎氏が「新・先見創意の会」のサイトで連載していた「サブテロメア領域の刻印――染色体の片隅が叫ぶ真実」が完了した。初回はディズニーのフルCGアニメ「チキン・リトル」で始まり、最終回は「セカチュー」で終わるという、深刻なテーマの割にはしゃれた構成だった。

    ただし、セカチューはセカチューでも、露骨なタイトルのパクリで映画化やドラマ化された片山恭一の駄作ベストセラーのほうではない。パクられた側のSF、ハーラン・エリスンの「世界の中心で愛を叫んだけもの(Beast that shouted Love at the Heart of the World)」のほうである。「新世紀エヴァンゲリオン」の作者、庵野秀明だけでなく、欧州にもこのSFのファンがいるらしく、ネーデルランド、英国、スイスの3人の遺伝子学者が臨床遺伝学の専門誌に書いた深刻な論文でも、エリスンをもじったタイトルをつけているらしい。

  • 2006年2月15日ネット愛国主義の胚12――お粗末な「敗軍の将」

    週末から月曜にかけて、大阪へ出張に行ったので、このブログがお休みになった。帰りの新幹線は、いつもなら缶ビールをあおって昼寝なのだが、今回は経済誌「日経ビジネス」を買って読んでみた。無聊を慰めるためではない。最新号のコラム「敗軍の将、兵を語る」で、多比良和誠(たいら・かずなり)東京大学教授(大学院工学系研究科)が登場しているからだ。

    すでに書いたように1月27日、多比良研究室の論文の捏造疑惑に対し、調査委員会が「クロに近いグレー」の結論を出している。沈黙を守ってきた多比良教授がはじめて弁明に登場したのだ。一般の新聞や雑誌を避けてビジネス誌を選んだあたり、いかにも工学系らしい計算高さだ。だが、内容は「お粗末な釈明」の一語に尽きる。

  • 2006年2月 6日ネット愛国主義の胚11――バイとドール

    「The Economist」はわれわれが創刊する雑誌のお手本だが、見出しがなかなか難解で、そのもじりがときに分からない。試しに英国人に聞いてみたら、彼らでもお手上げの時があるそうだ。昨年暮れ、つまり05年12月24日号(クリスマス・イヴ号)にもそんな見出しがあった。

    Bayhing for blood or Doling out cash?

    これに「知的財産」とヒントがついているが、見て分かった人はほとんどいないのではないか。「不思議の国のアリス」のルイス・キャロルか、「フィネガンズ・ウエイク」のジェームズ・ジョイスばりの言葉遊びである。「Bay for」とは猟犬が獲物を追って吠え続けること、「Dole out」とは施しものを分け与えることを言う。それにアメリカの「バイ・ドール法」(Bayh Dole Act)――国費を投じて得た大学での研究成果を民間に技術移転して事業化を促す法律の名を引っ掛けたのだ。

  • 2006年2月 5日ネット愛国主義の胚10――知的退嬰の根源

    このブログにいろいろな方の励ましをいただいた。お礼を申し上げます。「貴誌はきっと敵が多いでしょうけど。ホントにくれぐれも足元すくわれないようにね」との忠告もある。そう、ネット空間ではストーカーまがいの“刺客”がどこに隠れているかわからない。誰かがこのサイトを攻撃し、侵入を試みた形跡もあったそうだ。

    このブログがトラックバックだけで、コメント機能を封じてあるのもガードの一種である。読者の批判に耳を貸さないつもりではないが、こちらは顔と名をさらしているだけ、匿名や偽名の暴力にさらされやすい。悪意のある「荒らし」から身を守る遮蔽幕が必要だ。それでもこのサイトには「お問い合わせ」のページがあり、ときにこんな書き込みがある。

  • 2006年1月31日ネット愛国主義の胚9――ベンチャーの魔の沼

    1月27日、東大多比良研究室の論文データ捏造疑惑は“ほぼ”ケリがついた。調査委員会は「現段階で実験結果は再現できていない」と正式に発表、会見で浜田純一副学長は「捏造同然と見える」と述べた。平尾公彦科長も「疑いは濃厚。いまいましい」、調査委員の長棟輝行教授も「遺伝子材料が(再実験の)直前につくられた可能性がある」と多比良和誠(たいら・かずなり)教授と川崎広明助手の捏造を色濃くにじませた。両人はなお「調査はフェアではない」「不正はしていない」としていて、懲戒免職などの処分が検討されている。

    しかし両人を処分しても問題は終わらない。ここに潜むもっと本質的な問題は、多比良教授が事実上の創業者であるベンチャー企業「iGENE」(アイジーン)だろう。2003年3月に資本金2765万円で創業、多比良教授は取締役である。

  • 2006年1月17日ネット愛国主義の胚8――「タイラーズ」の正体

    東大大学院工学系の論文データ捏造疑惑は、1月14日の土曜、NHKのニュース番組でも報道された。新味はなかった。神保町の中華料理屋でぼんやりテレビ画面をみつめていたら、見覚えのある本郷の工学部5号館が出てきたから、ははんと思った。

    しかし彼らは針のムシロだろう。化学生物学でも多比良和誠(たいら・かずなり)教授の研究室は花形で、ポストドクターの研究生にとって狭き門だったらしい。それが在籍しただけで将来は疑いの目で見られ、経歴にも傷がつきそうだとあっては、研究室内が重苦しい空気に包まれるのも無理はない。しかし前回の川崎広明助手の写真もそうだが、あくまでも平静を装わなくてはならないのだから、さぞかし辛いだろう。

  • 2006年1月16日ネット愛国主義の胚7――悪事千里? 「掲示板」の告発

    これだけ騒がれている論文データ捏造疑惑の中心人物が、いったいどんな顔なのか、拝見したくなるのは人情だろう。東大大学院工学系研究科の多比良和誠(たいら・かずなり)教授の研究室にいる川崎広明助手のことである。だが、おいたわしや、ご本人が写真をのせている。多比良研究室が今もホームページを開いたままにしているからだ。

    疑惑を認めることになると思って、意地でも引っ込められないのだろう。研究室がいまだにメンバーの一覧とメール・アドレスを無防備にさらしているのと同じかもしれない。その写真、かなり笑える。ロンゲで茶髪の愛くるしい顔である。おやおや、今どきの東大の助手ってこんな風体か。別のポートレートもあって、こちらは北陸先端科学技術大学院大学にいたころである。ちょっと太めの面構えにも見える。

  • 2006年1月15日ネット愛国主義の胚6――文化功労者も見捨てた

    本来、この回は1月13日アップ分だったが、手違いで載らず、かつ夜は神保町と六本木で年甲斐もなく酒をはしごしたので、リカバリーできなかった。遅れた罪滅ぼしに、ドキュメンタリー風に書いてみましょうか。

    大型台風が近づいて雲行きが怪しくなった関西国際空港から、2005年9月6日午前10時20分、オーストリア航空機に搭乗して柳田充弘京都大学(生命科学研究科)特任教授がウィーンへ飛び立った。ドイツ、オーストリア、フランス、イタリア、イギリスの研究所でセミナーに出席する旅である。総選挙で小泉圧勝のニュースを聞いたのはこの旅中である。真核生物の細胞周期制御機構の研究で2004年に文化功労者を受賞した柳田教授が、行く先々で話題にしたのはそれだけではない。出発の2日前、A教授からもらった異様なメールのこともしきりと話題になった。

  • 2006年1月12日ネット愛国主義の胚5――「象牙の塔」に潜むアネハ

    一級建築士がやすやすと耐震設計のデータ捏造ができたのは、パソコンというデータ加工自在の便利な利器があったからだ。素人には近づけない閉鎖的な学問の府でも、パソコンは同じ温床になりうる。「象牙の塔のアネハ」がいたとしたら……

    日は偶然同じだった。05年12月29日。海の彼方では、ヒト胚性幹細胞(ES細胞)の論文データ捏造疑惑で火だるまになったソウル大学の黄禹錫(ファン・ウソク )教授に対し、大学調査委員会が「ES細胞は存在せず、データもない」という衝撃的な審判をつきつけていた。同じ日、日本で流れた小さなニュースは、隣国の大騒ぎに埋没してしまう。が、これまた東京大学で名を知られた“やり手”の遺伝子学者の学者生命が「風前の灯」になる致命的な記事だった。

  • 2006年1月 6日ネット愛国主義の胚4――日韓の不幸な「うり二つ」

    お奨めした日本医大講師、澤倫太郎氏の論文ではっとさせられたのは「不思議なデジャヴュ(既視感)」のくだりである。

    「人間複製」への倫理的な反発が高まって、クローン人間を実験段階から規制しようという動きが、日韓ともほぼ同時期に始まった。いずれもよじれていった経過が「うり二つ」だというのだ。反韓、反日ナショナリストには気の毒だが、紆余曲折のあげくの尻切れトンボはなぜか日韓ともよく似ていて、同じ穴のムジナと言われかねない。

  • 2006年1月 5日ネット愛国主義の胚3――「衆人環視」の空間はだませない

    政治漫画は残酷だ。変幻自在の言葉が武器の政治家と違って、漫画家は絵の描線しかないから、偏見など精神の歪みがむきだしになる。05年12月6日、朝鮮日報に載っていた漫画がそのいい例である。こめられた悪意は今や繕いようがない。

    絵解きをしよう。黄禹錫(ファン・ウソク)教授によるヒト・クローン胚性幹細胞(ES細胞)の捏造疑惑を追及したテレビ局MBCが世間の指弾を浴び、黄教授支持派が「国益のため」に始めた1000人の女性から卵子寄贈を募る運動に、取材していた外国メディアのクルーが感動するという図である。つけたキャプションが「大韓民国の力」。国境を越えて単に一ジャーナリストの立場で見た場合でも、やんぬるかな、と天を仰ぎたくなる。

  • 2006年1月 4日ネット愛国主義の胚2――最後から二番目の真実

    幻のヒト・クローン胚性幹細胞(ES細胞)のつづきを書く前に、このブログに「最後から二番目の真実」というタイトルをつけた理由を説明しておこう。12月で終えた新潮社月刊誌「フォーサイト」の連載コラムを、このサイトで継承したつもりである。

    penultimateとは「究極(ultimate)の手前」というほどの意味で、ちょっと気に入った単語なので捨てるに忍びなかった。タネを明かせば、つれづれに翻訳したことのあるSF作家P・K・ディックが、あまりできのよくない作品のタイトルにつかったのを拝借したのだ。地上では2大国の核戦争が続き、放射能汚染を避けて人類は地下都市で耐乏生活するというSFによくある設定だった。都市は少数の支配層が全権を握り、彼らがテレビを通じて流す地上の凄惨な戦争の映像によって、大衆は忍従するほかなくなっている。

  • 2006年1月 2日ネット愛国主義の胚1――勘違いした「トムとジェリー」

    記憶にずっと残っていたが、どこで知ったのか、どうしても思い出せない小話がある。

    ある保健指導員が今週報告したところによると、小さなネズミが、たぶんテレビを見ていたのだろうが、いきなり小さな女の子とペットの大きなネコに襲いかかったという。女の子もネコも生命に別状はなかったが、このできごとは何かが変わりつつあるらしいことを思い起こすものとしてここに記しておく。

    「あ、そいつはね……」とモノ知りが言う。「マクルーハンさ」。メディアはメッセージ、という名言を残し、「グーテンベルクの銀河系」など逆説のきいたベストセラーを次々と送りだして1960~70年代に一世を風靡したカナダのメディア学者である。