阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

  • 2006年2月20日ライブドア崩落9――プロレス・ジャーナリズム

    2月19日のテレビ朝日「サンデープロジェクト」のトピックは、予想通り期待はずれだった。ホリエモンから武部勤自民党幹事長の二男に宛てたというメールの真贋に焦点を絞ってしまい、ライブドアと同じ監査法人に監査を依頼していたドリームインキュベータ(DI)の危機を取り上げなかった。このメールは、誰が見ても民主党に歩がない。功に逸って未確認情報にとびつくさもしさは、ライブドア事件だけで二度目だから、つけるクスリがない阿呆さ加減である。

    おかげで「サンプロ」キャスターの田原総一朗氏は救われた。田原氏はDIの社外取締役をつとめており、市場が危惧するようにDIの経理に問題があれば氏自身が取締役の「善意の管理者による注意義務」(善管注意義務、民法644条)違反に問われかねない。それを自らテレビカメラの前で解説しなければならない場面を避けたことになる。東証一部上場企業とはいえ、財務諸表も読めない身で安易に取締役を引き受けると、とんだ目にあうという典型なのだが、カエルのツラにナントカで済まそうとしている。

  • 2006年2月17日ライブドア崩落8――ドリームIから「逃げたい理由」

    2月13日月曜昼には大阪・北浜の土佐堀筋にいた。黄味がかった花崗岩のどっしりした建築、住友本館(現三井住友銀行大阪支店)の6階役員食堂で“名物”のハヤシライスを食べ終えた時である。携帯が鳴った。中座する。まるで場違いな話題が飛び込んできた。

    「ドリームインキュベータの株価がストップ安だってさ!」

    同社はベンチャー育成というか、実質はベンチャー投資の東証一部上場企業で、おびただしいビジネス書を出版しているボストン・コンサルティング元社長の堀紘一氏が代表取締役社長をつとめている。前週末比10万円安の50万円と値幅制限いっぱいまで下げたのは、粉飾決算の疑いが出ているライブドア事件の余波をもろにかぶったといっていい。

  • 2006年2月 1日ライブドア崩落7――安しんかい?

    「突破モンに『あれは自殺です』なんて断定されちゃなあ、逆効果でしょうが。かえって、きっと他殺だ、と信じた人が多かったんじゃないか」。誰かがそう言った。ライブドア出身のエイチ・エス証券副社長が沖縄で遂げた「不可解な死」について、コメンテーターとしてテレビに出演した「キツネ目の男」のことである。

    それくらいなら、一場のお笑いですむ。しかし、週刊文春、週刊ポストと「他殺説」が花盛りになってきた。このブログでも「崩落3」で「沖縄の死」にいち早く疑問を呈したこともあって、アメリカの有力紙記者から電話がかかってきた。なんだかクロフツみたいな本格ミステリーの「密室殺人」を思わせる。

  • 2006年1月27日ライブドア崩落6――もうひとつの統帥権干犯

    「出る杭を打つ」となると、なぜみんなこう嬉しそうになるのだろう。そこで「正義」をふりかざすとなると、喜色満面、恥を知らない。あれほどホリエモンに媚びを売ったメディアが、稀代の悪党のごとく報じる変節には耐え難くなりませんか。「国策」捜査に違和を覚えるのは、その正当性を腑分けしていくと、最後にこのいやらしさが残るからだ。その隠れたねじれは、戦前に起きた「統帥権干犯」(とうすいけんかんぱん)と同じと思える。

    電通のクリエーターだった方に吉田望という人がいて、いまは辞めて独立している。新潮新書で「会社は誰のものか」を書いた。80年代バブル崩壊時に、私も同タイトルの新聞連載企画に参加した懐かしさも手伝って、ぱらぱらと流し読みしてみた。昨年のフジテレビ対ライブドアへの言及がある。

  • 2006年1月26日ライブドア崩落5――国策捜査

    ライブドア事件で、証券取引等監視委員会(SEC)の無能論が盛んだ。東京地検特捜部がSECの告発を抜きに、じかに摘発に乗り出したからだ。自民党内ではSECを「役立たずのカカシ」とみなす意見が出て、与謝野金融相も1月24日、SECの人員増と機能強化に言及した。

    そうだろうか。そばで見たから言うが、特捜の内偵力なんて限られている。投資事業組合を使った隠れ蓑のスキームは、ライブドア内のディープスロート(情報提供者)とSECの協力がなければ見破れなかったと思う。SECが検察の植民地と化し、手柄を召し上げられているのではないか。

    本来、証券監視委は事件になる前に「前さばき」で、こういう怪しい事案が出たら、会社幹部を呼んで警告し、暴走を食い止めねばならない。それが特捜出向のスタッフが来るようになって、特捜の得点にならない前さばきが疎かになり、事件化のための下請け化してしまったのではないか。一見、無能に見えても、実は捜査と行政のはざまに問題はあり、一方的な無能呼ばわりには歯軋りしているだろう。

  • 2006年1月24日ライブドア崩落4――本質的でないこと

    23日夜は銀座の焼き鳥屋で飲んでいました。「ホリエモン逮捕」の報はそこで聞きました。で、早めに切り上げてテレビのチャンネルを回してみました。

    ひでえ! たまたま映った画面で見たのが、「報道ステーション」の特別番組。延々と小菅に入るワゴンカーを追うって、オウムの麻原じゃあるまいし、あまりにも芸がない。そして、ホリエモンの携帯に電話する女性記者のアホさかげん。うん、うんと頷くばかりで何の突っ込みもできない。「東京地検が偽計とか言っているようですが、どうでしょうか」とアホな質問に、ホリエモンが怒りだすのは当然だと思う。

  • 2006年1月23日ライブドア崩落3――「沖縄の死」の不可解

    日曜早朝だというのに、医者の資格を持つ知人から電話がかかってきた。「あの死に方、おかしいと思いません?」。1月18日、沖縄の那覇市のホテルで死んだ野口英昭エイチ・エス証券副社長(38)のことである。

    沖縄県警の発表によると、野口副社長は18日午前11時20分ごろ、那覇市内のカプセルホテルに1人でチェックインした。それから約3時間後の午後2時35分、室内の非常ブザーが鳴ったため ホテル従業員が合鍵で入ったら、ベッドの上であおむけに倒れていたという。手首などに切り傷があり、刃渡り10センチほどの小型包丁が落ちていた。 病院に運ばれたが、午後3時45分に死亡確認、死因は失血死である。

  • 2006年1月20日ライブドア崩落2――いつかきたPKO

    本日はいろいろあって(ソニーの方々ともお会いしましたが)、ライブドア関連でアングラとの接点を取材中。残念ながらブログは休みたいのだけれど、ちょっと一言。

    19日の日経平均株価は前日比355円高。反発したと見るのは時期尚早だと思う。10年以上前の流行語大賞で「PKO」というのがあった。本来は湾岸戦争後の平和維持活動(Peace Keeping Operation)の略称だったが、ある日、知恵モノがとんだ駄洒落を思いついた。価格維持策(Price Keeping Operation)になったのだ。実際は底なしになりかけた株価を支えるために、簡保資金などをこっそり動員して売りに対し買いむかわせることを言った。1990年代はそれが癖になってしまった。

  • 2006年1月19日ライブドア崩落――「あっは」と「ぷふぃ」

    語学というものは結局、記憶力がよく、労をいとわない若い時代に覚えたものしか残らない。最近、つくづくそう思う。あれこれ手をだしてはみたものの、英語を除けば第二外国語でとったドイツ語に、私はいちばん親近感を覚える。

    で、故埴谷雄高ではないが、ドイツ語の感嘆詞「あっは」(Ach!)と「ぷふぃ」(Pfui!)の世界に、いまだに生きているような気がする。ちなみに、正確に日本語では翻訳できないが、「あっは」とは「わっは」でも「ありゃりゃ」でも「わお」でもいい。18日午後2時40分に東京証券取引所が、システムのパンクを避けるため、初めて全取引停止に踏み切ったことは、まさに「わっは」に属すと思う。

  • 2006年1月18日ライブドア捜索――偶像破壊の季節

    ライブドアに東京地検特捜部の強制捜索が入った。“テレビ芸者”のようなコメントや、それみたことか式の議論は趣味じゃないから、尻馬に乗るようなことは書きたくない。

    潮目は変わった。直感的にそう思う。ちょうどシェークスピアの「マクベス」第二幕で、王を暗殺したマクベスとその夫人の耳に、突然、扉をたたく音が聞えるように。

    「どこから響いてくる、あの音は。どうしたのだ、おれは。一つ一つの音にどきりとする。何という手だ、これは。ああ! 両の目が飛び出しそうだ。みなぎりわたるこの大海原の海の水ならこの血をきれいに洗ってくれるか。いいや、この手のほうが逆に、うねりにうねる大海の水を朱に染めて、あの青さを赤一色に変えてしまうだろう」

    その音は幻聴ではないのだ。