阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

  • 2014年9月22日山本一生「哀しすぎるぞ、ロッパ」書評――日記魔が残した「昭和の曼荼羅」

    8月末の熊本日日新聞に山本 一生著『哀しすぎるぞ、ロッパ 古川緑波日記と消えた昭和』(講談社 2400円 税別)の書評が掲載されました。かつての本誌連載コラム「日記逍遥」の寄稿者でもあり、連載のなかで古川ロッパも何度か取り上げたので、ここに再録させていただきます。

    なお、熊日では山本一生君の略歴に「東京都生まれ」と書かれていましたが、恐らくウィキペディアからの引用でしょう。本人によれば「戸籍をみると熊本のようですが、一ヶ月もしたら小倉に移ったようで、ほどなく(東京)信濃町ですから、いつも書かないようにしています」との回答でした。


      
             日記魔が残した「昭和の曼荼羅」


    三段論法の効用は最強の逆説を生むところにある。典型は「私は不死である」ことの証明だろう。「死は常に他人の死である」「私は他人ではない」「ゆえに私は死なない」。QED。

    日記が身辺雑記を脱し、自体で妖しい光を放ちだすとき、必ずこの逆説が現れる。「日記魔」古川ロッパもそうだった。彼が誰かを知るより先に、本書の表紙カバー下の細字を見よ。一切を埋め尽くさずにはおかないデーモニッシュな執着。ここに彼がいる。あるいは、ここにしかロッパはいない。

    「嬉しくてたまらないんだ、日記を書くのが。こんなもの、まるで無駄ぢゃないか、俺の死後は誰も読むわけではない、この時間も労力も無駄だと思ふが、やめられない、この日記病」

    祖父は東京帝国大学総長、実父は男爵という名門出ながら、映画好きで本好き、得意の物真似で戦前は一世を風靡した人気喜劇俳優だったから、26年間で400字詰め原稿用紙3万枚という厖大なロッパ日記には、無名有名を問わず多士済々がひしめき、まさに「昭和の曼荼羅」の観を呈している。

    日記の魔がいるなら、日記読みの魔もいる。嘱目の記述から人名、地名、書名などを突き止める探偵役、本書の筆者もその一人である。前作『恋と伯爵と大正デモクラシー』で有馬頼寧日記から秘めた恋を探りあてたように、ロッパという「逆望遠鏡」を通して、失われた昭和という「時代」を一幅の細密画に再現しようとしている。

    ロッパ日記は宝の山だ。ふとした偶然で思わぬ発見に出会う喜びと、時を隔てて追跡の糸が途切れてしまう無念さ。ロッパは17世紀ロンドンの日記魔サミュエル・ピープスのように、収賄や浮気などの「秘事」を暗号化してまで書き残さなかった。大物総会屋、上森子鉄(健一郎)との腐れ縁も、菊田一夫退団から自動車事故まで任せる後始末屋にしていたせいだろう。盛大な横領が発覚しても絶縁できなかったのは、女問題で弱みを握られていたからか。日記は黙して語らない。

    本書の圧巻は、時代に取り残され没落していくロッパが、肺病を患い喀血でのたうちまわりながら、「人生を記す日記」から「日記を記す人生」と化す最期の場面だろう。昭和35年(1960年)12月26日未明、「床へ入り、フーハー治まるのに何分、(午前)一時、(体温)七・二(度)」で日記は途切れた。3週間後、病院で絶命する。満57歳。

    日記はどこで擱筆すべきなのか。いや、日記魔は行き倒れるしかないのか。故高橋和己の中編小説『散華』を思い出した。瀬戸内海の孤島で憤死する元国家主義者が残した野ざらしの日記の末尾はこう記されている。

     ×月×日 晴、海蒼し、風吹く
     ×月×日 晴、海蒼し
     ×月×日 ああ、海よ
     ×月×日 海

    死がこんな詠嘆のはずはない。徹底して日記で「反時代」を演じ続けた永井荷風は、死の前日(昭和34年4月29日)まで『断腸亭日乗』を記していた。2カ月前、浅草で歩行困難となり、車で市川の家に帰ったのちは、病臥と近所の食堂往復の記述しかない。

     四月廿九日。祭日。陰。

    最後の索漠こそが死なのだろう。

    先の最強の逆説に皮肉な注釈を付けたのは、亡命ロシア人作家ウラジーミル・ナボコフだった。「年をとってから、われわれは自分がその他人であることを知る」。日記が時代を超えて生き延びる幸運に恵まれるとき、肉体は容赦なく滅び去る。日記とは、その刺し違いのほかのものではない。

  • 2013年10月22日畏友タニトモさんの『市に虎声あらん』書評

    『市(まち)に虎声(こせい)あらん』フィリップ・K・ディック著、阿部重夫訳
    『市に虎声あらん』
    平凡社、2013年8月、550ページ

    本書が一見手を出しにくい難物みたいに見えたとしたら、多分に訳者の衒学趣味からついた題名(「市に虎声あらん」)のせいだ。原題Voices from the Streetを、例えば「あの街路、その声、また声」くらいに訳しておいて、「いま甦る伝説の青春小説」とでも惹句を腰巻に振っておけば、高等学校の司書たちが、新着図書へ加えたがっただろう。

    後述するように、本書は翻訳の技芸で一個独自の境地をつくった。訳の当否巧拙を言うことは、本書に限っては当を得ない。「訳文込み」で、味わうべき一書である。

    鑑賞対象とはこの場合、作者フィリップ・K・ディックの描いた人物、その懊悩、生きる時代と空気であるだけではない。これを、時として明治漢文調の語彙に置き換え、なおかつ青春小説の香気を保ち得た訳文の妙、少なくも、その独自さに存する。

  • 2013年8月13日『ライス回顧録』のススメ――熊本日日新聞寄稿

    熊本日日新聞の書評欄で私が担当している「阿部重夫が読む」のコラムで、ブッシュ大統領の最側近だったコンドリーザ・ライスの『ライス回顧録』を書評しました。巻末に解説を書いている手嶋龍一氏から勧められました。イラク侵攻の03年、拙著の中公新書『イラク建国』で米軍統治が失敗するだろうと予言しただけに、その当事者である回顧録の書評は、むしろ使命かと思って引き受けました。

    ところが、どっこい、2段組みで696ページもあって、7月下旬にズシリと重い本が届いてから、フーフー言いながら読みました。すでに第一期ブッシュ政権の国務長官だったコリン・パウエル、国防長官だったドナルド・ラムズフェルドの回想録を読んでいたので、細部の比較が面白く、ディテールが好きな人間には、いくらでも読み応えがあります。どこか、別荘地の緑陰で涼風に吹かれながら、どっちの言い分が正しいのだろうと想像をたくましくしたいところですが、あいにくそんな稼業ではない。

    この暑いのに別件でソウルまで飛んで取材、かの地もうだるように暑く、とんぼ返りした翌日に書評締め切りという綱渡りの日程でした。ま、どうにか読み終えて、ライスという優等生の限界が透けて見えたのは収穫です。米国の大統領とか、国務長官のポストは、およそ個人の能力を超えた過酷な仕事なのかもしれません。ふと、マキャベリの「フォルトゥーナ」と「ヴィルトゥ」が思い浮かびました。

    前者を「運」と訳すのも、後者を「徳」と訳すのも、『君主論』と『ディスコルシ』の趣旨とはずれてしまうのですが、やはりそこに残る政治の割り切れなさの世界に、ライスも呻吟したのだと言えましょう。

  • 2013年2月 4日井上久男『メイドイン ジャパン 驕りの代償』のススメ

    安倍政権の「三本の矢」に期待が集まっている。一本目の矢が金融政策(思い切った量的緩和)、二本目の矢が財政出動(補正・本予算での公共投資増大)、そして三本目の矢が成長戦略である。

    一本目、二本目の矢は実はそう難しくない。日銀と財務省の尻を叩けばいいからである。が、三本目の矢は霞が関ではどうにもならない。それを勘違いしているのが、3・11で閉門蟄居の身となっていたのに、安倍官邸では一転して政務秘書官を送りこんで、捲土重来と鼻を膨らましている経済産業省である。

    経済産業政策局長、石黒憲彦氏の「志本主義のススメ」のブログがその典型ですな。どうせ部下に書かせているのだろうが、四人組時代の石黒氏を知っている身としては、ちゃんちゃらおかしい。当時の産政局長解任に走り回ったのはたった1週間、衆寡敵せずと見るや、たちまち洞ヶ峠だった。

    そんな彼に、産業再生なんて語る資格があるとは思えない。たとえば、1年前、エルピーダ会社更生法申請のときに、「志本主義のススメ」で何て書いたか。

  • 2013年1月16日鳥居民氏を悼む――未完の 『昭和二十年』シリーズ

    30年がかりで「敗戦の年の日本」を宮中から疎開先まで網羅した1年間のドキュメンタリーに凝縮しようとする『昭和二十年』シリーズを書き続けてきた鳥居民氏の訃報がとどいた。1月4日、心筋梗塞で亡くなられた。享年84歳である。

    このブログでは、09年2月に「鳥居民『昭和二十年』第一部12巻のススメ」を掲載(本来は熊本日日新聞に載せた書評の転載)したから、早いものであれからもう4年経っている。

    完結していない大部のシリーズであるため、新聞などメディアの書評の対象にならないことを惜しみ、あえて途中で応援歌を書いた。ご本人からは丁重な礼状をいただき、さらに弊誌の読者になっていただいたことは望外の喜びだった。賀状もいただくようになったが、今年は賀状の代わりに逝去の知らせになってしまったのは残念である。

    その書評で私はこう書いた。

  • 2012年12月26日「助太刀屋助六外伝」とオリンパス

    小生は歌舞伎が好きで「だれが贔屓ですか」と聞かれたら、こう答えます。

    「恥ずかしながら市川亀治郎改メ四代目猿之助です」

    忙しいので追っかけはできないが、舞台もテレビも一応渉猟して、見る機会がある限りは見るようにしている。で、襲名以来、はじめて猿之助がコメディーの舞台劇に出ると聞いて、ル・テアトル銀座の『助太刀屋助六外伝』に行ってみた。

    今年亡くなった映画監督、岡本喜八が撮った『助太刀屋助六』の番外編という仕立てで、劇は劇でも時代劇を猿之助が演じるというのだ。これまでもシェイクスピアの『じゃじゃ馬馴らし』に出たり、NHKの大河ドラマに出たりと、いとこの市川中車(香川照之)に負けじと多彩な人だが、岡本喜八のあのハチャメチャ娯楽映画を下敷きに、どんな芝居を演ずるのかと興味津々だった。

  • 2012年11月 7日オーギュスト・ブランキ『天体による永遠』書評

    2012年11月3日付の熊本日日新聞で書評しました。

    オーギュスト・ブランキ『天体による永遠』(浜本正文訳、岩波文庫)という本です。単行本として絶版になっていたものを岩波が文庫本として再刊したものです。新刊本ではないのですが、ほとんど幻の本で、初版はあんまり評判にならなかったと記憶していますので、あえて書評に取り上げました。

  • 2012年5月28日チームFACTA『オリンパス症候群』の自薦

    自分たちで書いた本を宣伝するのは気恥ずかしいのですが、小生のほか高橋洋一、磯山友幸、松浦肇の4人でチームを組んで書いた『オリンパス症候群』(平凡社、1680円、税込み)が出版されました。

    オリンパス関連では、これまで弊誌に記事を書いてくれたフリーランス記者、山口義正君の『サムライと愚者』(講談社)、解任された元社長マイケル・ウッドフォードの『解任』(早川書房)が出版されていますが、今度の本はオリンパスを糸口にした「日本株式会社」論と言ったほうがいいかな。

    なぜ20年間も不正が見過ごされたかという問いから、時間軸を四半世紀前までさかのぼって、日本の「オンリー・イエスタデー」を書こうとしました。オリンパスはその症例の一つであり、読者から小生がよく受ける質問――第二のオリンパスはありますか、という問いに「イエス」と答える内容です。

    なぜなら、オリンパスに限らず、日本企業全体に蔓延する「共犯」構造がある限り、不正を不正と感じていない予備軍はいくらでもあるからです。胸に覚えのある方々はぜひ読んでみてください。これは僕らの宣戦布告であり、ひとたび不合理に食いついたら放さないつもりだからです。

  • 2012年5月12日ラムズフェルド『真珠湾からバグダッドへ』のススメ

    2012年5月6日付熊本日日新聞の書評欄で、ブッシュ前政権の国防長官だったドナルド・ラムズフェルドの回顧録『真珠湾からバグダッドへ』(幻冬舎、税別2600円)を書評しました。

    同書には、ロンドン時代からの畏友、谷口智彦氏が優れた解説を書いていたので、それに触発されて書評で取り上げました。一般に自伝なるものは自慢話と自己弁護ばかりで、放り出したくなる内容の本が多いのですが、ラムズフェルドの腹蔵のない語り口と、本人の負けず嫌いむきだしの舌鋒のゆえに、波乱万丈で読み物として面白い。

    もちろん、自分はアメリカの専門家ではなく、いわんや、ネオコン諸氏とはお会いしたことがない。ネオコンの元祖とされるレオ・シュトラウスに興味があって、コジェーヴやシュミットを少々聞きかじったにすぎない。そのささやかな知識の範囲内で、このタフガイを論じられるか、ちょっと挑戦してみた。

    原題のタイトルは、15世紀の二クラウス・クザーヌス『知ある無知』De docta ignorantiaをすぐ連想させる。でも、プリンストン大学出とはいえ、アマチュア・レスラーだったラムズフェルドが読んだかどうかはおぼつかない。そういう思弁とは対極の人のようである。

  • 2012年4月20日大鹿靖明著「メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故」書評

    2月27日のブログでも紹介しましたが、4月8日の北海道新聞朝刊に書評を寄稿しましたので、こちらも掲載します。

    *   *   *   *   *

    「もうこのへんで」。伏し目がちの医師がささやく。半透明のカーテンの彼方の生ける屍(ネオモール)。肉親たちは無言でうなずく。人工心肺のスイッチが切られ、奇妙な静寂が訪れた。変哲もない臨終の光景である。

    だが、この隠微な安楽死の光景は、「3・11」以降の東京電力でもある。福島第一原発はチェルノブイリと同じく「石棺化」するしかない。浜通りのゴーストタウンは、すでにウクライナの草むす無人地帯と化した。ウサギ追いしかの山も、小ブナ釣りしかの川も、もう戻らない。誰も想像できなかった「終末」が日常に出現したのだ。

    死に体の東電を生かしておく、気の遠くなるようなコストと時間。それを誰も口にする勇気がない。だが、最適解はどこにあったのか。

  • 2012年4月16日ウッドフォードの本の読みどころ

    オリンパス報道で第18回雑誌ジャーナリズム大賞を受賞した山口義正君の『サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件』(講談社)に続いて、元CEOマイケル・ウッドフォードの『解任』(早川書房)も出版されました。自分が登場人物の一人になっているので、これはだれかに書評はお任せするのが妥当でしょう。

    山口君の本は、本誌次号で高田昌幸氏の書評が載りますので、そちらをよろしく。

    高田氏は北海道警の裏金問題をスクープして2004年度の新聞協会賞を受賞した元北海道新聞の記者です。その後、道新が訴えられ、新聞社と警察が手打ちする形となって、彼は新聞社を辞めました。

    しばらく浪人で、新橋で朝日の新聞協会賞受賞記者と3人で飲んだことがあります。道警問題に踏ん切りをつける新著『真実 新聞が警察に跪いた日』(以文社)を出版しました。こちらも読んでいただくと、新聞の現状がよく分かります。そしてこの4月からは故郷の高知に帰って、高知新聞社に入社して、久々に報道の最前線に戻りました。そこで、彼に書評をお願いした次第です。

  • 2012年2月27日大鹿靖明『メルトダウン』のススメ

    講談社のノンフィクション本で、かつて日経の同僚だった牧野洋君の『官報複合体 権力と一体化する新聞の大罪』(1680円)と、朝日新聞記者の大鹿靖明君の『メルトダウン ドキュメント福島原発第一事故』(1680円)が、それぞれ売れていると聞く。

    牧野君とは欧州で一緒に仕事をしたし、先日、アメリカから帰省されたときも、お土産をいただいた関係でもあるので、書評は遠慮して推薦だけにとどめよう。大鹿君も優秀なジャーナリストとしてよく知っているので、慶賀に耐えない。

    そこで『メルトダウン』。FACTA最新号でも「崖っぷち東電」特集としてインタビューを含め5本の記事を掲載しているので、震災1周年というだけでなく、今もホットイシューだから、ここで取り上げたい。

  • 2012年1月31日岩下尚史『ヒタメン』――半玄人の告白

    いまどき、江戸・明治風の擬古文など綴る人はめったにいない。ゆくりなく、とか、疝気筋、とか、後生楽、とかをつかう作者(岩下尚史)は、わざとらしいと言われるのは承知の上なのだろう。その文章修業、さしずめ泉鏡花あたりに属魂だった時期があるにちがいないと見た。

    風姿花伝に言うとおりである。「よきほどの人も、ひためんの申楽は、年寄りては見られぬもの也」。なるほど、岩下氏も例外にあらず。長く住む三軒茶屋の人に聞けば、昔は白皙の美青年だったけれど、ちかごろはちょっとお肥りになって、だそうな。

    が、文章は脂がのっている。芸者論とその続編の名妓の資格は、いまは亡きワンダーランドの楽しみを満喫させてくれた。そのあとの駄作の小説紛いはひょいと跨ぐとして、「三島由紀夫 若き日の恋」の副題のついた今度の『ヒタメン』は、これまためったにお目にかかれない、というより羨ましいインタビュー本である。

  • 2011年12月 5日手嶋龍一著『ブラック・スワン降臨』

    FACTAの連載コラム「手嶋龍一式intelligence」でカバーしてきた世界が、著者手嶋氏の書き下ろし本になりました。タイトルは『ブラック・スワン降臨 9・11-3・11インテリジェンス10年戦争』(新潮社 税別1500円)です。12月7日発売です。

    その後書きを頼まれたので、手嶋氏の応援団としてこのブログに掲載します。なお、この後書きの圧縮版を新潮社の「波」12月号に載せています。また、これとは別に、今週末の熊本日日新聞の書評欄でこの本を取りあげ、まったく別の文章を載せる予定です。

    以下に載せる後書きのタイトルは「ロゼッタ・ストーンの沈黙」です。

    *     *     *     *     *

    たった一片のピースから、ジグソーパズルの全絵図面を復元できるか。

    不可能? いや、それが手嶋龍一氏の言う「インテリジェンス」――錯綜する情報の分厚いヴェールからコアを透視する行為の本質だと思える。

    漫然と集積される「インフォメーション」からそれは抽出できない。そこで必要になるのは、内部情報を暴くスパイまたは告発者の存在か、物事の本質を見抜く勘か、脳細胞に蓄えた過去の記憶か、さんざん苦汁をなめた経験か、なにかこの世のものならぬ霊感か。

    いずれでもあっていずれでもない。インテリジェンスの原語はラテン語のintellegentia である。inter(中を)lego(読む)作業、すなわち「内在する物語を読む」ことに尽きる。インテリジェンス・オフィサーとは、優れた物語の紡ぎ手なのだ。手嶋氏を衝き動かしているのも、この内在する物語を語る本能だろう。

  • 2010年12月 6日福田善之『草莽無頼なり』のススメ

    熊本日日新聞の読書欄に書評を掲載した。11月21日掲載だからもう公開してもいいだろう。

    福田氏には能楽の観世栄夫氏の追悼記をお願いして以来、いろいろお世話になっている。この本――『草莽無頼なり』(朝日新聞出版、各2200円+税)の出版記念会にも出席させていただいた。

    私はもうしばらく歴史小説を読んでいない。仕事柄、フィクションを心ゆくまで楽しむ余裕がないからだ。が、上下2巻の本を久しぶりに読んで、コマネズミのような日常を多少は反省した。ふと記憶がよみがえって『傀儡子記』や『新猿楽記』を久しぶりにひもといてみた。福田氏の本のおかげである。

  • 2010年10月 8日高橋洋一「日本経済のウソ」のススメ 日銀赤っ恥を予言

    日銀の鳴り物入りの追加緩和が、なぜ円高の火消しにならないか、それを知りたい人は本書をひもとくといい。

    FACTAは8月号でエール大学の浜田宏一教授と、嘉悦大学の高橋洋一教授の対談「白川日銀の迷走と危うい小野理論を憂う」を掲載している。浜田教授が東大時代の弟子、白川方明日銀総裁を批判する文章を公表したからだ。

    その高橋教授(「埋蔵金男」)が、ちくま新書から出したのが「日本経済のウソ」である。そのページの多くは日銀批判にあてられているが、リーマン・ショック直後から白川日銀の頑迷と小出しと、結果としてシロをクロと言いくるめる強弁を批判してきた本誌としては、この本のロジックと軌を一にするところが多い。

    本書を「視野が狭い」などと批判する、視野の狭い評者もいるようだが、8月10日の政策決定会合ではFRBに置いてけぼりにされて、円高と株安に追いまくられ、催促相場に負けて追加緩和になることが分かっていたのに、白川総裁はちっぽけな虚栄心にこだわってあえてカタストロフを選んだ(カンザスシティーにまで逃げだして緩和圧力を無視し、ダダをこねたあげくに、臨時会合を開いてやっぱり渋々緩和し、出遅れの証文に市場は冷ややかに反応した)。

    そんな「地頭の悪い」総裁を見ていたら、どちらの視野が狭いか一目瞭然だろう。

  • 2010年7月 9日J・M・ケインズ「確率論」のススメ

    熊本日日新聞のコラム「阿部重夫が読む」に書評を載せました。尊敬する経済学者、ジョン・メイナード・ケインズの『確率論』 (佐藤隆三訳、ケインズ全集第8巻 東洋経済新報社)です。

    とはいえ、たぶんこの本を書評するなどという無謀な新聞は、ほかにはないかもしれない。歯ごたえがありすぎる。

    先日(7月4日)、たまたま東京お台場の「東京カルチャーカルチャー」で、水野俊哉+山本一郎(切込み隊長)+中川淳一郎氏のトークショー「ビジネス本作家の値打ち」を聴く機会があったが、聴衆の誰一人としてケインズのこの本に興味は持たないだろうなということは確信できた。

    ケインズは数学者であり哲学者だったのだ。ご興味をそそられても、まだハードルがある。『確率論』のお値段は12000円とバカ高いのだ。でも、その価値はある。乱作されるカツマーの本はあっという間に消えても、この本はずっと残るだろう。

  • 2010年5月27日長谷川幸洋「官邸敗北」のススメ

    政治報道は難しい。

    FACTAにおいてもそれは例外ではない。表層に見えるのとは違う動きが水面下で幾重にも錯綜し、突然流れが変わって動き出すと、わずか1日でだれも予測できなかった結果が出てくる。月刊誌の宿命とはいえ、毎月誌面を考えるたびに政治の3歩先を読むのは至難の業である。

    とりわけ鳩山政権のように、国家の経綸もなく、経験も浅く、それぞれの政治家の習性や癖も、自民党政権のように知られていないケースだと、ベテラン政治記者の大半は無力感を覚えているはずだ。

    現に私の知っていた「閥記者」たちも、わけ知り顔で語るだけで、多くは昔語りになっていった。この政権のつかみどころのなさを嘆き、難じるだけで、内懐に入ることのできないもどかしさがありありである。

  • 2010年5月14日高橋洋一「日本の大問題が面白いほど解ける本」のススメ

    わが社の近所にある三省堂書店本店に立ち寄ったら、ノンフィクションの棚に「高橋洋一」本のコーナーがあるのに驚いた。豊島園のわけのわからない珍事から1年余、ほぼ社会復帰を果たして、この4月から嘉悦大学教授として教壇に立っているばかりか、次々に新著が出てくる驚異的な多産ぶりには驚く。

    「あんまり変な共著者と組んで本を出すより、単独で本を出すほうがいいよ」

    と、ご当人にアドバイスしたら、今度は光文社新書から本が出た。編集者がつけたのだろうが、どうも最近の新書のタイトルは身も蓋もないのが多い。

    でも、副題の「シンプル・ロジカルに考える」というのはいい。高橋氏(というよりはこの本のように「タカハシ先生」と呼ぼう)の普段の思考法やライフスタイルが、まさに「シンプル・ロジカル」そのものだからだ。

  • 2010年3月15日谷口智彦編訳「同盟が消える日 米国発衝撃報告」のススメ

    日経ビジネス編集委員から外務省副報道官、そして現在はJR東海の「ウェッジ」で顧問役もつとめる谷口智彦氏が、ウェッジ出版から「同盟が消える日 米国発衝撃報告」(税込み1470円)という、なかなかショッキングな本を出しました。面白いので書評します。

    腰巻きにある「もう日本には頼まない」にくすっと笑いたくなる。これは城山三郎の石坂泰三伝「もうきみには頼まない」のもじりだろうか。

    大蔵大臣、水田三喜男に言い放ったというこの言葉、石坂の気骨を示す逸話から取ったものだが、この本では「アメリカの気骨」を示すキャッチフレーズに使われている。

  • 2010年2月 3日ウィルフレッド・セシジャー「湿原のアラブ人」のススメ――滅ぼされた「エデンの園」

    彼らはマアダン(葦のアラブ人)と呼ばれた。チグリス下流の丈の高い葦が密生した湿原に住み、葦を編んだ家を建て、小舟で漁業や運送を営んでいた。

    14世紀に西アフリカから現在の北京まで旅したイブン・バットゥータも、1326年冬にここを通った。「大旅行記」には追い剥ぎとして登場する。

    砂漠の遊牧民との落差にこの大旅行家は目をみはったが、本書の著者も1945年から5年間、ベドウィンとアラビア半島のルブ・アルハリ砂漠を横断する旅をしたあと、ここにやってくる。

    「囲炉裏の火に照らされた横顔、雁の鳴き声、餌を求めて飛びこんでくる鴨、暗闇のどこかから聞こえてくる少年の歌声、列をつくって水路を移動していくカヌー、枯れた葦を燃やす煙のむこうに沈んでいく深紅の太陽」……。

  • 2010年1月10日高橋洋一・竹内薫「鳩山由紀夫の政治を科学する」のススメ


    豊島園での奇妙な事件で一時蟄居を余儀なくされていた「埋蔵金男」高橋洋一氏の復活第二弾の本である。昨年はあのスキャンダルだけでなく、自転車でつまずいて足を折るなど個人的にも色々災難につきまとわれただけに、今年はとにかく無事を祈りたい。

    09年11月号(10月20日発売)のFACTA編集後記で書いたように、彼の現場復帰は10月刊行の「恐慌は日本の大チャンス」(講談社)で著者名を明記したことから本格化した。豊島園の一件はそこで説明されている。警察官僚による意図的(?)なリークが、彼のライターとしての「抹殺」にならなかった証明が、これらの本だと言えよう。

  • 2009年11月25日藤原美喜子さんの本「人生好転のルール55」

    小生はめったにノウハウ本を読まない。単純に忙しくて読んでいる暇がないからだ。記者などというヤクザな稼業は、常にあたって砕けろ式の取材が要求され、究極のOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)だから、それが習い性になってしまっただけのことである。

    取材方法は見よう見まね、誰も教えてくれず、記事がだめなら黙ってボツ、という日々で、なぜボツかは自分で考えろと突き放された。べつに人生のノウハウ本など不要、などとエラソーなことが言えるほど、楽に生きていたわけではないから、ハウツー本嫌いなわけではない。実は手に負えない事態になったときなどは誰か「人生好転のルール」を教えてくれないかと、内心天を仰いでいたくらいである。

  • 2009年8月27日「サバタイ・ツヴィ伝 神秘のメシア」のススメ――「偽メシア」という逆説


    もしかして、と思う。サバタイ・ツヴィは「ナザレのイエス」を凌駕するメシアだったかもしれない。偉大という意味ではない。エソテリック(秘教)の極限を示したからだ。

    ツヴィは十七世紀ギリシャに生まれ、エルサレム第二神殿破壊以降、ユダヤ最大のメシア運動の頂点に立った。北はポーランドから南はエジプトまで、西はアムステルダムから東はクルディスタンまで、広大な地域に離散したユダヤ人社会が、「聖地にメシアの王現る」の報にこぞって熱狂し、悔悛し始めたからである。

    ツヴィがなしえてイエスにできなかったことは何か。メシア自ら「転んだ」ことである。

  • 2009年6月25日「バカヤロー経済学」のススメ――ホームズとワトソンの漫才

    世に新書のたぐいはいくらでもある。疲れたサラリーマンが、もうろうとした頭にむち打って、なにか知識をつめこもうとするとき、つい手にとって買ってしまうのが、こういう新書である。「バカの壁」から「サオダケ屋」など、いかにも手軽そうなタイトルについ釣られるが、トクしたと思う本はめったにない。

    だが、ときどき心にひっかかる新書がある。タイトルからして「知識ゼロから始めるバカヤロー経済学」(普遊舎新書、800円+税)と人を食ったものだが、中身は本来合理的であるべき経済につきまとう「理不尽」を、ホームズとワトソンの問答形式であえてやさしく書いたものだ。

  • 2009年6月16日「ジャッド」(Jade)のススメ

    FACTA次号では世界最大の鉄鋼メーカー、アルセロールミタルのジャン・イヴ・ラマンさんにインタビューした。

    彼とは不思議な縁で出会った。先日、日仏学院でフランスの「ラ・トリビューン」誌編集長と鼎談した際に、聴衆のなかにいらして質問されたのだ。やけに日本語が上手な人で、日本のメディアのインタビューを受けたことはあるのか、と聞いたら、07年10月に朝日新聞で仏和・和仏ミニ辞書について取材されたことはあるが、アルセロールミタル(もしくはその前身のアルセロール)の日本代表としては受けたことがないという。

    もったいない! 7月に帰国する前に「ぜひ」とインタビューをお願いし、面白いエピソードをたくさん聞くことができた。その際、彼に約束したことがある。6月に出たばかりの「ジャッド 生きることの不思議」(河出書房、税別1900円)の紹介である。ラマンさんの奥さんの寺田文子さんと、文子さんの幼友達の石川弓子さんが翻訳したフランスのベストセラーだ。帯には「少女版『星の王子さま』」とあり、50万部以上売れたという。インタビューでは、そこまで載せられないので、番外編としてここで紹介しよう。

  • 2009年5月26日「国宝 熊野御幸記」のススメ――「ジャーナリスト」定家

    熊本日日新聞09年5月24日付の書評コラム「阿部重夫が読む」で 「国宝 熊野御幸記」(三井記念美術館・明月記研究会共編、八木書店 8500円+税)をとりあげました。

    定家の日記「明月記」は、「紅旗征戎吾が事にあらず」の傲然たる非政治主義で有名だが、実際に読んでみると随分人間臭い。三井記念美術館は日銀にも近く、分不相応ながら書評にチャレンジしてみた。

    南方熊楠が粘菌の採取に縦横に山河を渉猟した地であり、「一遍絵伝」や「小栗判官」でおなじみだ。「有らざらん」の天誅組も、敗走しながら十津川街道をくだり、熊野に逃げようとして、たどりつけなかった。「義経千本桜」の川連法眼も、ほんとうは熊野別当のことではないかと思う。鮨屋に潜伏して(平安末期に鮨屋があるはずもないが、そこは歌舞伎のご愛嬌)復讐の機をうかがう平維盛は、出身が熊野だったという薩摩守平忠度と重なってみえる。

  • 2009年5月25日牧久『サイゴンの火焔樹』のススメ

    本書『サイゴンの火焔樹 もうひとつのベトナム戦争』(ウェッジ 2520円)の筆者は、駆け出しの社会部記者だった時代の私のセンセイの一人である。遊軍キャップとして、私と夏休みの企画記事「異常気象」を連載したあと、外報部へ移って75年3月にサイゴン特派員に赴任、一カ月余で陥落を迎えた。南ベトナムの崩壊である。

    「国が滅びるなんて現場は、一生に一度あるかないかのこと。歴史の証人になれるなんて、これほど記者として幸運なことはない」

    帰国後、どこかの酒席で彼がそう言うのを聞いたことがある。その通りだ。私もここまで記者を続けてきたが、国家が滅亡する光景には立ち会ったことがない。サダム・フセインのイラクに侵攻する米軍に同行した「エンベディド」記者たちの気負いも、そんなところにあったろう。私は滅びる前のイラクには行ったが、02年にバグダッドが占領される現場にいあわすことがかなわなかった。

  • 2009年5月15日菅原出著『戦争詐欺師』のススメ――21世紀の『おとなしいアメリカ人』

    友人の菅原出君が、講談社から『戦争詐欺師』(税+1800円)という、面白いノンフィクションを出した。

    私もイラク侵攻直後に『イラク建国』(中公新書)を出したことがあるので一読したが、みなさんにお奨めしたい。彼とはもう10年くらいの付き合いになるだろうか。アムステルダムで修士号をとって帰国後、何かの縁でお会いしたとき、ジョン・フォスターダレスが所属した名門法律事務所サリバン&クロムウェルに小生が感心を持っていると打ち明けたら、その事務所の歴史を書いた本のコピーをいただいた。

    へえ、同好の若手がいるもんだ、と感心した。彼の興味は間戦期のアメリカがいかにドイツに投資していたかの研究で、02年に『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』(草思社)という本に結実した。

  • 2009年4月13日「有らざらん 弐」自薦文――「レイシズムの野史」という試み

    有らざらん 弐

    FACTA創刊時、オンブックの橘川デメ研代表の世話になって『有らざらん 壱』を本にしました。中公新書で出版した『イラク建国』のあと、9・11以降のテーマをしばらく模索する時期があり、レイシズムを取り上げようと思い立ったからです。六本木で出版記念会まで開いていただきましたが、雑誌編集に追われて続巻の執筆がなかなか進まず、ときどき人から「第二巻は出たの?」と聞かれて、恥じ入っていた次第です。

    実は残る4巻もほぼ書きあげていたのですが、どうしても何かが欠けている気がしてなりませんでした。昨年、アンリ・ヴェイユ(シモーヌ・ヴェイユの兄)、エルヴィン・シュレーディンガー、そして若きヨシフ・ジュガシビリ(スターリン)の伝記を読んで、ようやく吹っ切れた気がしました。

    第2巻を全面的に書き直し、構成を大幅に変えて、ひとまず上梓することにしました。鳥居民の『昭和二十年』のようにあまりお待たせしないよう、続刊の推敲にも意を注ぎますので、ご容赦を。出版取次を通さないため、書店にはほとんど置かない予定です。アマゾンなどのウェブサイトか、オンブック社のサイトにアクセスして、直接お求めください(予約受付中)。

    どんな本かといわれると、要約が難しいのですが、カバーの裏に添えた登場人物リストと、オンブック社から求められた梗概を、自薦文の代わりに掲載します。

  • 2009年2月12日鳥居民『昭和二十年』第一部12巻のススメ

    熊本日日新聞に、5年ぶりに続刊が出た鳥居民氏『昭和二十年』の書評を掲載した。それをここに再録する。文中では触れなかったが、6月14日は私の母の命日でもある。もっとも亡くしたのは昭和ではない。平成になってからだが。それでも現在までの12巻で、この1日だけが一巻をなしたのは、個人的には感慨が深いが、となると、8月15日は何巻を占めるのだろう。

  • 2009年1月 3日「逆さまの地球儀」と「サンパウロのサウダージ」

    まだ見ぬ国がある。何度かチャンスはあったが、南米は行き損ねた。ロンドンに駐在していた時代、無理をしてでも飛んで行くんだった、と今でも後悔する。

    それは忘れた夢のようなものだ。たまたま、サンパウロに縁のある2冊の本を、この正月休みにようやく読むことができた。積年の渇を癒したので紹介したい。

  • 2008年11月 6日山崎潤一郎「ケータイ料金は半額になる!」のススメ

    燈台もと暗し、とはよく言ったものである。

    実は今夏、赤坂でタクシーを降りた途端、携帯を置き忘れたのに気づいた。あわててタクシーを追いかけたが、すーっと車道に出て、車の列に消えていった。

    しまったと思ったが、幸い、タクシーの領収書が手元にある。さっそく公衆電話を探した。携帯を置き忘れたとタクシー会社に通報し、運転手に無線連絡で確保してもらおうと思ったのだ。

    運悪く公衆電話は外国人が占領していて長電話。じりじりしたあげく、やっと連絡がついたときは後の祭り。後の客に拾われたのか、後部席にはないという。

    泣く泣く代替機種を買った。そのとき言われたのは、料金プランが「お客様の使用形態に合っていない」ということだった。商売柄、使用頻度は多いが、プランは契約当初からほったらかし。

    半信半疑で変えてみて驚いた。翌月の請求書が半分に下がったのだ。あれだけ携帯料金の高止まりを批判する記事を自分の雑誌に載せていながら、何たる怠慢! ということは、これまでむざむざ倍の料金を払ってきたのだ。おお、切歯扼腕である。

    というわけで、山崎潤一郎さんの新著「ケータイ料金は半額になる!」(講談社、1300円+税)の紹介を、このブログで敢行することにしました。

  • 2008年10月29日高橋眞司『九鬼隆一の研究』のススメ

    熊本日日新聞08年10月26日付で書評が掲載されました。

    高橋眞司 著
    九鬼隆一の研究  隆一・波津子・周造
    (未来社、6800円+税)

    ここに再録します。紙面では10行ほどあふれたのでは削りました。ここでは原文のままを載せますが、大意は変わりません。

  • 2008年8月 5日「解読! アルキメデス写本」のススメ

    8月3日、熊本日々新聞に書評を載せました。本は素晴らしいのですが、紙面のゲラをみたら、小生の名前がやけに大きいのが恥ずかしい。アルキメデスさまに申し訳ないと思いました。

    *   *   *   *   *

    解読! アルキメデス写本  羊皮紙から甦った天才数学者
    リヴィエル・ネッツ/ウィリアム・ノエル
    吉田晋治 監訳
    (光文社 2100円+税)

  • 2008年7月30日佐々木俊尚『インフォコモンズ』のススメ

    ルビの魔術に憑かれたのはいつごろだったろうか。単なる「読み」ではない。漢字の意味とルビの微妙な落差が、何か別の言語のような夢想に誘いこむ。

    我が家の書棚には、酸性紙でぼろぼろになりかけた戦前の鏡花全集がある。20代で全巻を読み通したが、総ルビゆえに朗詠調で読めた。佶屈なのに流暢、古風でいてモダン、文語でありながら俗語、和文脈でいながら洋文脈、という変幻自在の文体になる。

    これは恐らく和洋折衷の現代日本語のなりたち、その本質に根ざした言語の拡張機能と言えるもので、『インフォコモンズ』もその延長線上にある。

  • 2008年7月 9日田村秀男著「経済で読む『日・米・中』関係」のススメ

    産経新聞特別編集委員の田村秀男氏(われわれの通称「タムヒデさん」)は、日本経済新聞時代に私の先輩だった経済ジャーナリストである。ちょっと頼みごとがあって先日会ったが、野武士のような風貌が最近はきれいな白髭になって、なかなか凄みが加わってきた。その炯々たる眼光は、いっこうに衰えを知らない彼の取材ぶりをよく表している。「生涯一記者」を彼ほどみごとに生きている人はいないと思う。

    その彼に頼まれて、産経新聞に彼の新著の書評を書いた。扶桑社新書から出た本でタイトルは

      経済で読む「日・米・中」関係 ~国際政治経済学入門~
      (扶桑社新書 760円+税)

    産経のタブロイド紙「SANKEI EXPRESS」で連載している「国際政治経済学入門」のコラムを本にしたものだが、タムヒデさんの年来のテーマが浮かびあがって面白い。彼は日経で80年代後半のワシントン、97年返還時の香港の特派員だった。米国駐在時は財務省やFRBの幹部によく食い込んで、確か20年前に通貨の管理変動相場制をスクープした。東京で金融記者だった私を愕然とさせた。

  • 2008年6月 2日手嶋龍一『葡萄酒か、さもなくば銃弾を』の書評

    FACTA6月号のBOOKレビューに取り上げたこの本に、私自身で書評を書いた。

    文中の何篇かが本誌連載コラムに載せたものなのでご縁があるし、先日のFACTAフォーラムでも著者サイン会などを開かせていただいた。ただ、自分の雑誌に自分の書評を載せるのは遠慮して、手嶋氏と一緒にコラム「時代を読む」を連載している新潟日報など地方紙にこれを掲載していただいた。

    以下の各紙に掲載されたものです。

      5月18日 新潟日報、福井新聞・山陰中央新報
      5月19日 東奥日報
      5月25日 神戸新聞
      5月28日 北日本新聞社

    このブログで再録します。

  • 2008年5月21日谷脇康彦著「世界一不思議な日本のケータイ」のススメ

    MVNOだの、MNOだの耳慣れない略号が最近、氾濫している。訳語がまた難解だ。「仮想移動体通信サービス事業者」と「移動体通信事業者」。VはバーチャルのVなのだが、まず庶民には何のことやら分からない。いかにもお役所的な、こなれない訳語である。

    この本「世界一不思議な日本のケータイ」(インプレスR&D、税込み1890円)の筆者は、総務省総合通信基盤局でMVNOの旗振り役として奮戦する現職の事業政策課長だけに、この難解な訳語を世に広めた張本人のひとりかもしれない。

    2002年から3年間、ワシントンの日本大使館で参事官をつとめ、米国の情報通信のコンセプトをたっぷり身につけてきたから、無理ないことなのかもしれないが、それにしてもMVNOが体現する携帯(モバイル)ビジネスのオープン化が今ひとつ理解されないのは、この略号を放置しているからではないのか。

    現にNTTドコモの薬罐アタマ経営陣は、この略号を聞くだにひきつけを起こす案配だ。そこでひとつ、提案したい。

    MVNOをぐっとくだけて「アンテナ借り業者」、MNOを「アンテナ貸し業者」と言いかえたらどうか。

  • 2008年4月29日ジェラルド・カーティス「政治と秋刀魚――日本と暮らして45年」のススメ

    アメリカから日本の政治を研究しにやってきた青年が、1967年の衆院選挙で大分二区に立候補した佐藤文生氏(中曽根派)の事務所に飛び込み、舞台裏を活写した『代議士の誕生――日本保守党の選挙運動』(1971年)以来、ジェラルド・カーティスの名はいわば「密着取材」の先駆者の代名詞だった。

    この処女作のことはよく覚えている。まだ私は新聞記者ではなかったが、やられたという悔しさより、その密着手法がえらく新鮮に思えた。ライシャワーはじめアメリカの日本通はどこか雲の上の存在であり、日本の政治のような下々の泥臭い世界には下りてこないものと決めてかかっていたが、カーティス氏の手法は大所高所ではなかった。ブルックリンのリアリズムを体現したかのような「あたって砕けろ」式の現場主義は、自分にもできるのではないか、と私には思えた。

  • 2008年4月24日畔蒜泰助「『今のロシア』がわかる本」のススメ

    ロシアの魂とは何かについて、私には何もわからない……

    佐藤優との対談を新書にした「ロシア 闇と魂の国家」で亀山郁夫が何度もそう呟いている。私にもこの北のラビリンスはさっぱり分からない。ツルゲーネフ、トルストイ、ドストエフスキー、チェホフ、ブルガーコフ……と人並みに訳書は読んでみたが、ロシア語を学んだこともない身では謎だらけの国である。

  • 2008年4月 9日日銀新総裁・白川方明氏の新著を真剣に書評する

    タイミングが良すぎたというか、してやったりとういうか――空席だった日銀総裁に、先に副総裁に就任していた白川方明氏がきょう(4月9日)昇格するが、4月6日付の熊本日日新聞で、白川氏が先月出版した大著の書評を掲載したので、ここに再録する。

    書評にもあるように、彼とは年齢も近く、日銀取材を通じて知己となった。個人的には「大変な重責ですが、おめでとう」とお祝い申し上げたい。しかし知己であるがゆえに、書評で変にじゃれたくはない。

    同じ6日付の日本経済新聞で、ロンドン特派員の女性記者が「独立性揺るがぬ英中銀」と題してコラムを書いていたが、その不勉強にちょっとあきれた。97年にブレア政権発足後すぐ、ブラウン蔵相(現首相)が行なったイングランド銀行改革をとり違えている。あれは独立性をイングランド銀行に与えたのではない。剥奪したのだ。当時、私はロンドンに駐在していたが、銀行監督部門を切り離してFSAを創設することによって、中央銀行の権限を限定し、金融政策専従にしたのだ。

    表向き金融政策運営に独立性を与えるという見かけをとっているが、イングランド銀行は金融街シティに君臨する法王の座から蹴落とされたのだ。ブラウンの剛腕をかいまみた。当時の総裁、エディ・ジョージの複雑な表情が忘れられない。

    「スレッドニードル街の老女」とあだ名されたイングランド銀行が、かつて秘密めいた支配力を握って放さなかったことは、大蔵省出身の経済学者ケインズと、ドイツ賠償問題や金本位復帰などで対立した伝説のノーマン総裁を見ればよくわかる。ケインズが「野に叫ぶ預言者」だった不遇の時代、誰が沈黙して英国の金融を牛耳っていたのか。ブラウンは過たず独立性の牙城を骨抜きにし、英国経済を思うままに好調軌道に乗せ、ブレア長期政権を担保したのである。

    そういう隠微な歴史をろくに知らない記者が中央銀行論を書く時代だ。9日の場況記事では白川氏の新著――「現代の金融政策―理論と実際」(日本経済新聞出版社 6000円+税)に触れたくだりが出てくるが、時間軸効果だけとは寂しい。タカだのハトだのでなく、もっと本質を論じるべきだろう。

    それにしても、白川氏本人も金融政策の理論家として本書を執筆したときは、まさか総裁として日銀に舞い戻ろうとは考えていなかったろう。論が慎重すぎるのでは、と素直にジャーナリストの視点から苦言を呈する書評になったが、ときにないものねだりだったかもしれない。白川総裁には寛恕を願うばかりだ。

  • 2008年4月 4日高橋洋一「さらば財務省!」のススメ

    この本が出来上がったばかりの3月下旬、彼をゲストに呼ぶBSデジタル放送の番組で司会をつとめた。彼がこの本を持参したので、番組の中で紹介し、ブログで紹介することを約した。その約束をここで果たそう。

    佐藤優「国家の罠」を連想させるタイトルだが、これは講談社の編集者がつけたもので、売らんかなの思惑が見え隠れするのは、高橋氏の本意でも希望でもない。

    霞が関官僚で彼を毛嫌いする人は多い。彼の名誉のために言っておくが、恨み節や暴露本を書こうとしたのではない。彼の前著「財投改革の経済学」をやさしく噛み砕き、彼自分が左遷されるなどの個人的な体験もまじえた読み物に仕立てた本である。前著と共通しているのは、霞が関の通念と化した不条理を切り捨てて、合理性を回復させようとする情熱であって、それ以上でも以下でもない。

  • 2008年3月31日NGNという羊頭狗肉――「NTTの自縛」のススメ

    FACTAが4月号(3月20日発売)に掲載した「『姑息なゆで蛙』NTTの人事問題」の筆者は誰かと、NTTがいろいろあて推量しているらしい。聞くところ、まったく見当違いのようだが、早い話が天下のNTTがメディアに対しスパイを仕掛けているようなものだ。無駄な足掻きというほかない。

    そのNTTが今日(3月31日)からNGN(次世代ネットワーク)の商用サービスを開始する。とりあえずは東京、大阪、神奈川、千葉、埼玉の一部地域である。東京23区、大阪の「06」エリア、東日本の県庁所在地や全国の政令指定都市でサービスを始める09年3月末が、実質的なスタートだろう。

  • 2008年1月27日今ごろですがケインズ「一般理論」新訳

    ケインズが1930年代の大不況のまっただなかに書いた「雇用、利子および貨幣の一般理論」。読まれざる名著にこの本も入るのではないかと思う。ただし、日本では。

    私がその邦訳を読んだのは昭和44年(1969年)、つまり安田講堂のあとである。難解だった。何度も放り出そうかと思ったが、途中ではたと気がついた。

    訳が悪い。当時は東洋経済新報社が版権を独占していて、私が買ったのも戦前の昭和16年に塩野谷九十九が翻訳したものの第42刷である。戦後に何度か改訳したのかもしれないが、とにかく文体が古色蒼然だった。タイトル冒頭の「雇用」が昔の「雇傭」だもの、あとはお里が知れる。

  • 2008年1月16日ジョン・B・テイラー「テロマネーを封鎖せよ」のススメ

    熊本日日新聞の年初(1月6日付朝刊)の書評欄に寄稿した原稿を再録します。書評したのは

    ジョン・B・テイラー著
    テロマネーを封鎖せよ~米国の国際金融戦略の内幕を描く』(中谷和男訳、日経BP社、2200円+税)

    です。いかんせん、タイトルが問題。スリラーみたいだが、こういう邦題で釣ろうというには、あまりに内容がきちんとした本である。見ようによっては、ドル基軸通貨最後の日のドキュメンタリーなのに、安手のミステリーと見紛うようなタイトルは、この本の編集担当者の良識を疑う。

    もうひとつ、日本経済新聞朝刊1面の正月企画「YEN漂流」は、本書を引用していながら引用の表示がない。いくら出版社が同系列でも仁義にもとると思う。それに、引用のくだりはこの書評でも触れているG3会合だが、その出席者の一人、溝口元財務官(現島根県知事)に取材するのを怠っている。

    なぜ溝口案が拒否されたかの突っ込みがない。格好の素材なのだから、デスク、および筆者は取材のチャンスを逃したようなものである。昔の日経の正月企画は、こんな手抜きはしなかった。

    ついでに申しますと、日経本紙文化欄のグリーンスパン「私の履歴書」も、グリーンスパン自伝「波乱の時代」(これは日本経済新聞出版社)に、就任前のエピソードを付け加えた程度ではないのか。後半が本のダイジェストになるなら、読む価値はないのでは? それとも本の販促なのかしら。

    さて、では、書評を――。

  • 2008年1月 7日「滝山コミューン」のうそ寒さ

    暮れの忘年会のひとつで、日経BP社の柳瀬君、新潮社の横手君、そして杉並区の校長先生になった藤原和博氏と同席する機会があった。そこで奇妙な本とその作者の評判を聞いた。

    滝山コミューン1974」。書いたのは明治学院大学教授、原武史氏である。どこかの書評で70年代団地のうそ寒い集団教育の話を書いた本だということはうっすら知っていたが、タイトルもなんだか不気味そうで読む気になれなかった。ところが、優秀な編集者二人が絶賛しているのだ。

    こちらは話についていけない(総合誌編集者がこれでは勉強不足と言われる)。新宿駅の423列車とか、遠山啓だとか、何のことやらさっぱりである。しかし作者がもともとわが古巣の日経社会部記者だと聞いて、なんだ、後輩かと急に親しみがわいた。新聞社で落ちこぼれてアカデミズムに転じた(すでにサントリー学芸賞などを受賞しているそうだから慶賀に耐えない)ところまでは、私の軌跡に似ている。

  • 2007年12月27日望月迪洋著「コメは政なれど…」のススメ

    新潟日報の編集委員だった望月さんのこの本は、後書きにもあるように私も多少の助言をし、タイトルの相談にも応じた経緯がある。出版前にざっと斜め読みしたし、登場する政治家や官僚の一部は私の取材先でもあったから、書評するなら身びいきと思われないものを書こうと思っていた。歳末の忙しさに紛れて時間がかかったが、この連休でようやく居住まいを正して精読する機会を得た。

    副題にあるように1980年代半ばから90年代半ばにかけてのウルグアイ・ラウンドで、コメの市場開放を迫られた日本が、「一粒も外国米を入れない」という強硬な国会決議を背に徹底抗戦、ついに米欧の妥協で梯子を外されていく経緯を、海部政権の農相と宮沢政権の官房副長官を歴任した佐渡出身の政治家、近藤元次を通して追ったものだ。

  • 2007年12月 6日何を今さらカラマーゾフ

    世界文学全集がはやらなくなって久しい。なに、どうせ怠惰になっただけである。もう舶来物は信奉しない、と大見得を切るならいいが、情けなや、相変わらずハリウッド拝跪ではないか。ミステリーはやっぱり洋物と相場が決まっている。書斎のスノビズムに縁なき衆生は、薄型テレビと携帯の液晶画面に涎を垂らすだけになっただけのことだ。

    出版業界はいにしえの「円本」の夢が忘れられない。売れなくなった翻訳の在庫を抱えて、ひとひねり工夫を加え、古典新訳文庫なるシリーズを売り出した。店ざらしの品の埃を払うばかりでは芸がないので、ちょいと甘く味付けして包装を替え、新品同然と売り出したにひとしい。

    そうして出た亀山郁夫訳の「カラマーゾフの兄弟」が飛ぶような売れゆきだという。ああ、まことに慶賀に耐えない。光文社の努力がようやく実って、隠れた需要を掘り当てたというべきだろう。だが、毒舌家の山本夏彦が生きていたら、「何を今さら」と嗤ったに違いない。

  • 2007年11月26日高橋洋一「財投改革の経済学」のススメ2

    日本経済新聞の11月25日付朝刊書評欄に、以前このブログで紹介した高橋洋一氏の著作「財投改革の経済学」が載っていた。学術書の体裁をとっていて、出版社の東洋経済新報社も部数を期待していなかったと思うから、こういう形で評判になることは著者のためにも、また日本の政策立案者(ポリシー・メーカー)たちにとってもいいことだと思う。

    それにつけても、自民党の財政改革研究会(会長・与謝野馨前官房長官)が11月21日に発表した「中間とりまとめ案」はいささか大人げなかった。この手の中間報告には珍しく、敵意むきだしで「霞が関埋蔵金伝説」批判が書かれている。

  • 2007年11月 2日高橋洋一「財投改革の経済学」のススメ 1

    著者の名を見て、おや、と思った人は、相当な永田町・霞が関通である。彼は小泉・安倍政権の知恵袋だった財務省出身の官僚なのだ。だからこそ、安倍政権の崩壊直前、内閣府参事官の職を事実上追われる身となった。詳しくは、安倍晋三氏と同じ山口出身である元テレビ朝日政治部長の末延吉正氏(立命館大学客員教授)の手記「我が友・安倍晋三『苦悩の350日』」(月刊現代11月号)を参照。

    偶然とはいえ、その当人が一月も経たないうちに、自ら設計した「改革」の手の内を示す本を出版したのだから、これは手に取らずにはいられない。小泉・安倍政権の改革とは何だったか、凡百の駄本を読むより、当事者が書いたこの一冊を読めば、それで事足りるからである。

    本の帯に竹中平蔵・慶応大学教授の推薦の弁――「今後、公的金融システムに関する分析や政策論議において、本書は間違いなく改革の基本バイブルとなる」という言葉が載っているが、当然だろう。竹中氏が立て板に水で語る政策論は、高橋氏のアイデアによるところが多いからだ。

  • 2007年10月 3日山本一生著「恋と伯爵と大正デモクラシー」のススメ

    熊本日日新聞に数カ月に一度、書評を寄稿している。「阿部重夫が読む」という気恥ずかしいタイトルだが、今回は9月30日付の朝刊読書面に掲載された。とりあげたのは、山本一生著「恋と伯爵と大正デモクラシー 有馬頼寧日記1919」(日本経済新聞出版社 2000円+税)である。

    有馬頼寧と言っても知る人は少ない(「ありま・よりやす」と正確に読めない人がいるかも)。でも、「有馬記念」の名を残した人なのだ。戦前の伯爵であり、華族の身ゆえ、麗々しい名前だが、本人はその名を「タヨリネー」と読み替えて、悦に入っていたというから面白い。

    自嘲だけではない。そこには秘められた恋物語があったという。

    玄人好みだが、万人に読んでほしいな、と思った本である。掲載から4日経ったので、もう熊日に礼を失することもないだろう。熊日の読者以外にも紹介したいので、ここに再録する。ただし熊日版は行数が溢れたので、これよりもっと短くなっている。

  • 2007年9月25日井上久男著「トヨタ 愚直なる人づくり」のススメ

    元朝日新聞記者の井上久男氏が本を書いた。「トヨタ 愚直なる人づくり--知られざる究極の『強み』を探る」(ダイヤモンド社、1600円)である。

    朝日経済部時代に自動車業界を担当、朝日を辞めて大学院で学ぶ身になっても、なお取材して書き上げた本である。

    「文藝春秋」で日産の特集記事とカルロス・ゴーンの独占インタビューを行ったと言えば、思い出す人もいるだろう。FACTAも彼に取材、編集等で協力してもらっている。

    本書を推奨するのは、在野にあってなお取材を続行するその志を応援したいからだ。

    著者のご厚意により、抽選で10名様に本書を進呈します。希望される方はお名前、ご送付先住所、電話番号、メールアドレス、ご職業等を応募フォームにご入力ください(受付は終了しました)。応募締め切りは9月30日です。結果は発送をもって返させていただきます。

  • 2007年8月17日牧野洋「不思議の国のM&A」

    この春、日経を辞めた牧野洋君から、独立後の第一作となる本「不思議の国のM&A 世界の常識 日本の非常識」(日本経済新聞出版社、1700円+税)を贈られた。

    せっかくだから、ここで書評をしてみよう。テーマはM&A封じの買収防衛策でガードを固める日本企業の姿勢が、是か非かという今日的なテーマを扱っているからだ。外資脅威論は数々あるが、本書は明らかに日本企業の反応を過剰と見ている。ブルドックソースにTOBを仕掛けた米ファンド、スティール・パートナーズを東京高裁が「濫用的買収者」(グリーンメーラー)と認定するなど、判事まで暴論に走っているなかで、「買収=悪」という偏見に挑んだ本書は貴重な問題提起だと思う。一読をお奨めしたい。

    それにしても、こういう主張が新聞紙面でなく、本になって書かれるというのは不思議に思える。

  • 2007年8月15日タルコフスキー5――「雪が降るまえに」

    お盆休暇の神保町はさすがにがらんとしている。夏の日差しが眩しい。ふと、本屋でまったく季節はずれのタイトルの詩集を見つけた。「雪が降るまえに」。雑誌稼業で詩などに心ひかれることはめったにないのだが、作者の名前にはっとした。A・タルコフスキーとある。

    このブログを描き始めたころ、ロシアの映画監督アンドレイ・タルコフスキーの取材談をツィクルス(連作)にして載せたことがある。詩集は彼の父、アルセーニー・タルコフスキーのものだ。

    我が家にも、キリル文字の原文とフランス語の対訳がついた彼の詩集がある。もう15年以上前、末期のソ連で入手した。私はロシア語を知らないから、フランス語と知人の試訳で断片的に読んだ。

    日本ではほぼ無名と思っていたが、邦訳詩集がこの6月末に出版されていたとは知らなかった。心ひそかに喝采を送りたい。

  • 2007年7月 3日細川呉港「草原のラーゲリ」――熊本日日新聞掲載の書評

    熊本日日新聞に書評を頼まれた。以前、月一回のコラムを担当した縁である。

    第1回の掲載は6月24日。もう一週間以上経ったからここに再録しても支障はないだろう。実は抑留された叔父の死という事情もあり、冥福を祈るつもりで書いた。原爆をめぐる久間防衛相の心ない言葉が問題になっているが、誰にも忘却できないものがある。それは政治を超えた「語られざるもの」なのだ。

    書評したのは細川呉港の「草原のラーゲリ」(文藝春秋社、2600円)。作者は1944年広島県生まれ。集英社勤務を経てフリーになった人、東洋文化研究会を立ち上げて中国研究者の交流の場としている。この本は埋もれてはもったいないと思うので、微力ながら紹介したい。

  • 2007年4月20日新帝国主義論

    本を読むとき、本文でなく、注から先に読むというへそ曲がりがいる。著者には気の毒だが、確かに注を見ると、著者の好みというか、何を読んでいるかが先に分かり、注だけで本体を想像してみるという楽しみがある。実際に本文を読んで、あたっていれば、めでたしめでたし、という他愛ない読書法である。

    ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムに、この世に存在しない本の書評という形式で書かれた本があったと記憶する。あれと同じである。注の宇宙には、著者を裏から透視するX線のような怖さがある。で、手嶋龍一氏からすすめられた、エコノミストの武者隆司さん(ドイツ証券副会長兼CIO)の新著「新帝国主義論」にそれを試みてみた。

  • 2007年3月30日「外注される戦争」はただの傭兵論ではない

    シンクタンク東京財団の研究員だった菅原出君が新著を出す。「外注される戦争 民間軍事会社の正体」(草思社、税込み1680円)である。日本人ではたぶん、菅原君以外にこういう本は書けないだろう。

    単なる軍事オタクが資料を集めただけの本ではない。ちゃんと足で稼いだ好ルポルタージュである。自分では戦地に行く勇気もないくせに言葉だけ勇ましい心情右翼の方々には、いい薬になるかもしれない。現実の戦場がどうマネジメントされているかをリアルに知るためにも一読をオススメしたい。

  • 2007年1月 8日村山治「特捜検察vs.金融権力」――破られた沈黙

    この連休から編集作業が始まっているので、ちょっとブログを書く時間がない。「成人の日」をけなすつもりはないが、昔の1月15日と違って、変則で週初にくっつくから、締め切りのある雑誌屋さんは、結局、連休返上で働かざるをえない。まだ人けの少ない神保町をせっせとご出勤である。

    さて、暮れに朝日新聞の村山治編集委員から新著を送っていただいた。刊行日は1月30日だが、店頭にはもっと早く並ぶのだろう。FACTAの書評欄で書評してさしあげたいが、正月を挟んで書評子に無理強いはできないので、このブログで紹介させていただこう。

    新著は「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社 1400円+税)である。村山さんはなかなか書かない記者である。80年代末のバブルからその崩壊、そして「失われた10年」で変わっていった永田町と霞ヶ関の権力構造をずっと追い続けた。その執拗な取材は脱帽せざるをえないが、膨大なメモと知識は水面下の氷山のように沈んだまま。書いた事件より書かなかった事件の卵のほうが多いだろう。

  • 2006年12月29日藤原伊織の「ダナエ」――何物をも喪失せず

    本が家に届いた。1月に店頭に並ぶという彼の最新作品集「ダナエ」(文藝春秋刊、1238円+税)である。彼に約束した書評をここで書こう。

    目を皿にして読んだ。一言で評するとしたら、何と呼ぶべきか。

    今生の。

    あとの言葉がみつからない。淀みなく流れるストーリーの語り口はいつものように巧みで、ああ、プロなのだなあと感心するばかりだ。でも、措辞のひとつひとつ、レトリックや描写、その裏に透けて見える作者の心の襞を追っていくうちに、繊細に組み立てられた「謎解き」の裏にあるものを思わずにはいられない。

  • 2006年11月17日手嶋龍一氏の新著紹介

    FACTAにも連載コラムを持つ外交ジャーナリストの手嶋氏が、今春の『ウルトラ・ダラー』に続いて、早くも2冊目の本を出版した。このブログでもご紹介し、売り上げの一助ともなればと思う。批評はまた別の機会にしましょう。

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    手嶋龍一の新著『ライオンと蜘蛛の巣』が、このほど幻冬舎から上梓されました。新しい本のタイトル『ライオンと蜘蛛の巣』は、「インテリジェンスのかぼそい糸のネットワークは百獣の王をも捕らえる」という意味をこめてつけました。

  • 2006年9月14日ときどき代行5――「いちばん早い書評コラム」を始めます

    編集長ブログ「ときどき代行」の和田紀央です。FACTAは創刊から半年経ちましたが、11月号(10月20日刊行)から書評欄を載せようと現在準備中です。

    ありきたりではつまらないし、小説やミステリー、あるいは政治家やタレントの宣伝本、さらに学術専門書や研究文献の書評を載せても、FACTAのめざすものから外れてしまいそうです。そこで、ノンフィクション、またはそれに準ずる伝記、歴史、ルポルタージュ、紀行、サイエンスなどFACTSに関わるジャンルに絞った書評を考えています。