阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2019年1月31日 社長やコンサル、社外取より課長の知恵が頼み

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自動車メーカーを顧客とする経営コンサルタントのもとに、部品メーカーが入れ替わり立ち替わり訪れては、相談を持ちかけているそうだ。特に多いのはガソリンエンジンなどの内燃機関向けの部品メーカー。

「我われが生き残るための道は、どの分野でしょうか」

聞けばEV(電気自動車)の時代到来が指呼の間に迫って、心配になった社長から生き残りの道を探れと命じられた課長クラスがやってくるという。内燃機関向けの部品はピストンやシリンダー、燃料噴射装置、マフラーなど多岐にわたる。これらの分野には国内でも海外でも高いシェアを誇ってきたメーカーも多いが、シェアが高ければ高いほど電気自動車の時代に生き残る余地は小さくなる。

ガソリンエンジンやディーゼルエンジンを積んだクルマがなくなるわけでもないとは言え、コンサルタントにも明確な解があるわけではない。コンサルタントは「一緒に考えていきましょう」と言いながら彼らを帰すが、胸の内では「いずれこれらの会社はなくなるのだろう」とお手上げだ。

これほど切羽詰まった状況なのに、社長が直々に生き残り策の案出を命じるのは課長クラスであり、社長が考えるわけではない。その当事者意識の低さに、コンサルタントは「社長は自分で考えてこなかったのだろうか?」と首を傾げる。かつて国鉄改革の先頭に立ったのが、若手の「改革三銃士」だった例があるにせよだ。

かつて証券界にネット証券が表れ、売買委託手数料の引き下げ競争が始まったときも同じだった。収益面で命綱だった手数料が引き下げられれば死活問題になるのが目に見えていたが、このとき多くの社長たちが頼ったのも、現場に通じている課長クラス。当時をよく知るベテランのエコノミストは「老舗の証券会社でも、銀行から社長が送り込まれてくる証券会社でも同じ。日本では社長は自ら考えることをしない。そうした体質は今も改まっていない」と言う。その結果、廃業したり身売りしたりした証券会社が後を絶たず、日本証券業協会の協会員企業は最近まで減少に歯止めがかからなかった。

一方で社長は自分よりも力量に勝る役員が身近にいると「寝首をかかれるかもしれない」として、彼らを子会社に放り出す。周りに残るのは、自分よりも能力的に劣る粒の小さい部下たちばかりだ。その中から次世代の社長が選ばれ、彼らはやはり同じように自分よりも劣る取り巻きに囲まれてその中から次の社長を選ぶため、日本では社長が代を重ねるごとに質の低下が進む。

そのうえ日本では質の劣る社長に引導を渡す社外取締役が機能していない。重要なポストを占める者たちが責任逃れに終始し、せっかくの制度を生かし切れないのは日本人の民族的欠陥のようにさえ思えるほどだ。

まもなく終わりを告げる平成は、日本企業が劣化の一途を辿った時代だった。「失われた10年」は不良債権問題や過剰設備の問題で企業経営が悪化した時代だったのに対し、近年は経営者の質やガバナンスの不全が企業を危地に追いやっている。そろそろ日本人の気質に合った独自の企業統治システムを構築すべきなのかもしれない。