阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2018年1月18日 最高裁「判例削除」非公開ルールをスクープ

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17年12月、東京高裁の岡口基一判事がツイッター上で強盗殺人事件の判決を裁判所HPの判決文のリンクをつけて紹介したところ、遺族が「不愉快だ」と抗議、東京高裁に「厳重処分を求める要望書」を提出する騒ぎとなった。東京高裁側は遺族側の弁護士に謝罪して判決文を削除した。

これをメディアは「お騒がせ判事の不祥事」とはやし立てた。ジムで鍛えたからだを下着姿で公開した「白ブリーフ判事」(彼のトレードマークらしい)の暴挙であるかのように記事を仕立て、例えば12月28日付け朝日新聞のように「高裁、ネットに判決文誤掲載」と見出しをつけた。だが、そもそも掲載基準は公開されていなかったから「誤掲載」かどうか、実はわからないはずだ。よくもまあ、鬼の首でも取ったかのように書けるものだ。

この事件は「白ブリーフ判事の不祥事」などではない。「判例とは何か」というテーマがキモである。実は掲載基準は昨年から存在していた。最高裁が17年2月、事務総局広報課長以下各課長の連名で出していた「事務連絡」である。本誌は18年2月号で記事(「『ツイート判事』が暴いた判例削除ルール」)として掲載するとともに、入手した全文をこのオンライン版で公開する。裁判所外では「非公開」とされてきたルールだから、一般の目にさらされるのはこれが初めてである。

本誌はこの文書の確認を求める質問状を出した。驚いたのは、最高裁事務総局広報課と東京高裁事務局総務課広報係の対応だった。まず、本誌に対して文書が本物であることを認めた。そして、最高裁は「裁判所HPの『下級裁判所判例速報』は判例集ではなく、速報である。前提が違うので、先例性や、日本国憲法82条の裁判公開原則とは関係ない。だから掲載基準は最高裁として明らかにしないし、性犯罪などの判決文は掲載しないし、今後も出した判例を引っ込めることもあり得る」と答えた。以下が質問状とその回答(文書回答ではなく電話で本誌担当者に読み上げた。あくまでも「非公開」を貫く姿勢らしい)である。

最高裁事務総局広報課への本誌質問状(1月5日、ファクスにて送信)

〔前略〕裁判所ホームページに掲載されていた東京高裁刑事部の判決文が、東京高裁判事のツイートをきっかけに、当該刑事裁判の被害者遺族の抗議により削除された件を取材しております。弊誌は平成29年2月17日付で最高裁事務総局広報課長以下、6名の連記で「下級裁判所判例集に掲載する裁判例の選別基準等について」(以下、「事務連絡」)を入手しました。これについてお尋ねしたいことが以下の5点ございます。お忙しいところ大変恐縮ですが、締め切りの都合があり、来週1月9日火曜までに文書またはメール等でご回答いただければ幸いです。よろしくご検討のほどお願い申しあげます。

【質問1】
上記「事務連絡」の書類は、最高裁が昨年2月に高裁、地裁、家裁の各下級裁判所に通達した文書で間違いないでしょうか。

【質問2】
裁判所ウェブページ「裁判例情報」の「下級裁判所裁判例速報」について、「事務連絡」には「判例集」と位置づけられています。
「判例は、後に続く裁判の予測を行うための先例として機能し、法源のひとつをなす」というのが、実務・学界の共通認識です。また、日本国憲法82条の「裁判の公開」の反射的効果として「選別基準」を公開しないのは、「判例集」としての安定性を欠くと思われます。当該「事務連絡」の公開の予定はありませんか。

【質問3】
「事務連絡」の判決文掲載から除外されるものとして「性犯罪、凄惨な犯罪など、判決書の公開により被害者遺族に大きな精神的被害を与えるおそれのある事件」が挙げられています。しかし、「判例集」としての性格上、掲載しないという判断は判例集の機能を損なうことにならないでしょうか。代替の方法は用意されているのでしょうか。お考えを伺いたいと思います。

【質問4】
「裁判例情報」搭載後に、風評などを理由に当事者が削除を申し立て、削除された判決文が複数あることを私たちは取材でつかんでいます。削除は最高裁の指示によって行われているのですか。そのプロセスはどうなっているのか、ご教示ください。

【質問5】
一度「判例集」(裁判例情報)に搭載した判決文を削除し「なかったことにする」ことは、前記【質問2】でも指摘したように、判例集としての法的安定性を脅かすものではないでしょうか。ご意見を伺いたく存じます。

以上でございます。念のため、上記「事務連絡」文書のコピーを添付します。よろしくご査収ください。

最高裁回答(広報課の佐々木氏から1月10日に電話で回答)

1)通達というものではありませんが、広報課長ほか5課長の連名で高裁事務局長及び地家裁所長に対し事務連絡として送付した文書に間違いありません。

2)下級裁判所裁判例速報は先例性を選別基準とするいわゆる判例集とは異なり、本件事務連絡にあるように速報性を重視して、一定の裁判例を速報するものです。したがいましてご質問は、前提が異なるものと思われますが、本件事務連絡を公開するという予定はありません。

3)さきほどもご説明したとおり、下級裁判所裁判例速報は、速報性を重視して一定の裁判例を速報するものですので、ご質問は前提が異なるものと思われます。ただ、なお下級裁判所裁判例速報に掲載されていない裁判例であっても、民間の法律雑誌に掲載されるものなどがあります。

4)裁判所ウェブサイトの裁判例情報のうち、最高裁が掲載作業を行っているものは、最高裁において掲載するかどうかの判断をいたします。他方で、裁判所ウェブサイトの裁判例情報のうち、下級裁判所の各庁が掲載作業を行っているものについては、各庁において掲載するかどうかの判断をいたします。

5)さきほども説明したとおり、下級裁判所裁判例速報は速報性を重視して、一定の裁判例を速報するものですので、速報という観点からは、一定の類型の事件を掲載しないことや、一度掲載した裁判例を削除することは問題ないと考えます。

東京高裁事務局広報への本誌質問状(1月5日、ファクスにて送信)

〔前文は最高裁と大同小異なので略〕

【質問1】
上記「事務連絡」の文書は、高等裁判所事務局長、地方裁判所長、家庭裁判所長が宛先になっています。東京高裁はこの文書を最高裁から受領しましたか。

【質問2】
2017年12月26日付毎日新聞の報道で、裁判所は「内規に反して判例を公開した」と遺族の弁護士に謝罪した、とありますが、この「内規」とは「事務連絡」のことだとの理解でよいでしょうか。

【質問3】
東京高裁では「裁判例情報」に掲載される判決文はどのようにして選定されているのでしょうか、その選出主体と庁内でのプロセスを含めご教示ください。

東京高裁回答(総務課広報係長の甲斐氏から1月9日に電話で回答)

1)この事務連絡の文書について、平成29年2月17日に受領した。

2)当該記事については承知していないが、ご照会にかかる事務連絡で示された掲載基準に反して裁判所ウェブサイトに掲載していたものである。

3)東京高等裁判所が庁として掲載しているものである。

それ以上に関してはお答えしない。

本物だと言ったほかは、ゼロ回答に近い。だが、今までの最高裁広報が無回答か、木で鼻をくくったような答えをしてきたことに比べれば、自ら説明したことを評価したい(10年以上前の本誌07年2月号記事「『消えた判例』の怪 最高裁HPの浅知恵」の取材では、質問状にケンもホロロだったことを本誌は忘れていない)。さらに東京高裁広報も、抗議の遺族に対して「内規に反して判例を公開した」と謝罪、判決文を削除したが、その「内規」とはこの文書のことだと率直に認めた。

ただ、お節介なことに、この「事務連絡」では裁判所がメディア、もしくは新聞を"格付け"していることが明らかになった。「世に知らせるべき」判例の基準は、朝毎読、日経の4紙に掲載された事件だという。おやおや、産経は落選らしい(お気の毒に、朝日嫌いの阿比留瑠比編集委員あたりは悔しくて眠れないだろう)。部数が基準というなら、中日新聞・東京新聞グループはどうなのか。通信社の共同や時事も入っていない。いや、テレビ(NHKでさえ)も雑誌もネットメディアもすべて基準に該当しないのだ。その古色蒼然たるメディア観は、近年の激変に取り残された「ガラパゴス裁判所」を示すものだが、この4紙に限定した「基準」を合理的に説明できるのか(リベラルとされる朝・毎・東京を敵視する安倍政権もさぞや不満だろう)。「社会の通念」はもはや通用しない。

裁判の判決が、後からの判決の法的判断「ソース」となるアメリカでは、全ての裁判で判決文が公開される。判決は「誰々対誰々判決」と、実名が冠されているのが当たり前。それに対して抗議の声は上がらない。「そういう文化なので、誰も疑わない」と、米国訴訟に詳しい弁護士は語る。わが国の裁判では法律の条文が判断のソースなので、アメリカと事情は異なる。しかし、法律の条文は簡素に作られているので、書かれていない部分の法律判断は裁判で行われる。「裁判の先例」である判例は、やはり重要なのである。

「判例」と言えば、狭義には最高裁の民事と刑事の判決のことを指す。だが、高裁・地裁レベルの下級審の判決で先例性のあるものや、家裁の審判など実務に有用な先例も判例として扱うのが、わが国の通例と言える。しかし、何をもって判例とするか、誰が判例を決めるのかは、あやふやにされてきた。

最高裁の回答にもあったが、裁判所の公式判例集の他にも、民間の出版社が出している「判例雑誌」や法令データベース会社の判例データベースがある。中でも判例雑誌は古くから裁判所から判決文の提供を受け、既得権的な位置を占めているが、その選定基準や誰が判例を選ぶのかは、こちらも明らかでない。老舗判例雑誌のひとつ『判例タイムズ』に載る論文は、最高裁の意向を反映していると言われていた。20年近く前、小渕内閣に司法制度改革審議会が設置された(法曹養成制度改革、裁判員制度、民事裁判改革などが決められた)際には「今のままでいい、諸外国の司法改革は成功していない」という裁判官の論文が馬に喰わせるほど載せられたものだ。だから、「判例雑誌に対する裁判所の遠慮あるから裁判所HPの判例掲載基準は出なかったのではないか」という噂が、まことしやかに囁かれている。それが本当だとしたら、国民のアクセス性は二の次にされているわけで、おかしいではないか。

本誌が問題提起をした理由はもうひとつある。政府が渋る最高裁の尻を押して検討を開始した「裁判所IT化」だ。国際的に見れば、裁判の公正性や使い勝手のよさはビジネス環境の一部。世界銀行の「ビジネス環境ランキング」の審査項目にも司法の使い勝手が入っており、我が国の「裁判手続の質」評価スコアが先進国の中でも低いことが問題になっている。判例公開も当然、ここに関係するわけで、透明性を持ったルールのもとであいまいな「判例」の定義をはっきりさせて、「公共の資本」として基本的に誰でもアクセスできるよう整備すべきだろう。

だが、今回、被害者が抗議したことをきっかけに、「被害者が声を上げた判例は簡単に非公開になってしまうのでは」と、関係者の間に懸念が広がっている。

この記事を担当した記者は、もう15年以上も昔、現在も未解決の世田谷一家殺害事件の遺族ロングインタビューをスクープした。まだ、犯罪被害者が「語り始める」前のことだ。その後も大事件の遺族や、レイプ被害者の取材を続けてきた。だから、被害者や遺族も、考えや伝えたいメッセージはいろいろであることを知っている。レイプ事件の判決だからといってすべてフタをしてしまっては、刑法改正で「強姦罪」から性別不問の「強制性交等罪」に変ったのに、今後の判例の蓄積と定着が置き去りにされ、刑の軽重も五里霧中になってしまう。事実認定のしようによっては、前例を尊ぶ裁判所がこれでは冤罪の禍根も残しかねない。判例は公共のものなのだ。そろそろ「遺族がプライバシー公開を拒んだら断れない」という事なかれ主義は捨てて、我慢すべきところは我慢してもらうように、きちんと議論し説得すべき時が来ているのではないか。

本誌が「下級裁判所判例集に掲載する裁判例の選別基準等について」を公開するのも、そのような議論が起こってほしいと思っているからだ。最高裁をはじめとする裁判所は、今後もこのような議論に引き続き答えてほしいと思う。「今回は内部文書の現物を突きつけられたから特別に答えた」ということでないようにと願うものである。

また、プライバシーや個人情報保護との相克は難しい問題なので、この件に関して法曹界諸氏のご意見を求めます。ご意見のあるかたは、匿名でなく実名でleaks@facta.co.jpにどうぞ。有意義と判断したものはこのブログに掲載します。