阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2017年5月30日 リニア新幹線とJR東海のPER

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これまでFACTAでも何度か取り上げてきた東海旅客鉄道(JR東海)のリニア中央新幹線が本格的に着工し、同社のバランスシートに最初の変化が表れた。リニア新幹線は東京・名古屋間だけで総工費が5兆5000億円、東京・大阪間では9兆円を超えるビッグプロジェクト。その先に収益上あるいは、財務上の問題がどうなるのかおぼろげに見えてきたことになる。

まず気になるのは巨額の資金調達と、財務構成の変化だ。財政投融資制度を活用し、独立行政法人の鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道運輸機構)が資金調達し、これをJR東海に同じ条件で又貸しする。昨年11月に改正された鉄道建設・運輸施設整備支援機構法を受けてこうした資金調達が可能になり、JR東海は17年3月期末時点で"中央新幹線建設長期借入金"として1兆5000億円を新たな長期負債として計上した。

ムーディーズでは鉄道運輸機構の格付けをA1としているのに対し、JR東海はAa3。格付けが低い鉄道運輸機構が調達したのと同じ条件で、JR東海が同機構から借り入れるのはどこか珍妙な構図だが、それは措くとしよう。今期もさらに1兆5000億円を借り入れ、鉄道運輸機構からの借り入れは3兆円まで膨らむ。17年3月期末時点で連結自己資本比率は38%にまで低下しており、単純に計算すると今期末はさらに34%前後にまで低下する。ムーディーズがAa3格にふさわしい財務内容と見てくれるかどうか。

固定資産に目をやると、建設仮勘定にも大した変化はなく、本格的な着工が始まったとは言え、かなりゆっくりとした滑り出しだ。しかし今後は活断層をいくつもぶち抜いてトンネルを掘る難工事になるのは間違いなく、追加費用の発生が抑えられなければ財務内容はさらに悪化する。

工事が完了した後にも難問が立ちふさがる。格付け機関が指摘しているように、JR東海の債務返済能力は在来の新幹線の収益力に依存している。その収益をリニア新幹線と在来の新幹線とで分け合っては共倒れになりかねないことは、JR東海やトヨタ自動車などが共同で設立したエリート養成校・海陽学園の生徒でなくてもわかる理屈だ。

市場はこれをどう見ているか。JR東海株はこの数年勢いよく上昇しており、市場はリニア新幹線を問題にしていないようにも見えるが、そうではない。5月30日時点で東日本旅客鉄道(JR東日本)、西日本旅客鉄道(JR西日本)、九州旅客鉄道(JR九州)とPER(株価収益率)で比較すると、これら3社が13倍以上となっているのに対して、JR東海だけは10倍そこそこでしかない。さらに関東や関西の私鉄大手と比べると、市場の評価の低さは歴然として隠しようがなく、こうした構図はこの数年変わっていない。

本来、鉄道事業は安全で安定的な運行が社会的要請になっているはずだが、「現在の新幹線の技術はどれほど高度なものでも、在来の鉄道技術を磨き上げた延長線上にある。リニア新幹線にはそうした基盤や背景がない」と新幹線技術者も指摘するところだ。国鉄民営化30年を振り返ると、やはり旧国鉄が蓄積してきた過去の資産と技術あればこそだったが、それと断絶した「未知との遭遇」に市場はやはり甘い顔を見せていない。

運行には原発一基分の電力が必要との論文も発表されるなど、エネルギー面からも問題が指摘されている。そうえいば、沸騰水型原子炉(BWR)メーカーだった東芝が2006年、54億ドルのバカ高値で加圧水型原子炉(PWR)メーカーのウェスチングハウスを手中に収めるという大胆な「クォンタム・リープ」でもてはやされた。だが、11年後の現在、その重荷で債務超過に転落、存亡の危機に直面している。それを思うと、リニア新幹線の先行きを手放しで楽観できない。