阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2014年7月29日 [reuters]夏休みクイズ――息絶え絶えの「今は昔」企業

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前回、前々回と当コラムでは、社名を伏せてあるハコ企業とそれに群がる人物たちを報じたが、月刊誌FACTAでは固有名詞を出したから、このハコ企業がどこかはご承知の方も多かろう。

その後、さらに内部文書が手に入り、新しい疑惑が浮かび上がってきたが、事態は流動的であるうえにこの手の話に食傷気味の読者も多いだろうから、今回はいったんお休みにして、代わりに別の上場企業A社を取り上げ、その名をあてる「夏休みクイズ」の趣向でいこう。

これも時代の流れなのか。景気の回復で企業の倒産件数が低水準で推移するその陰で、深刻な経営不振に悩まされている企業がこのA社なのだ。国内に展開する工場の一つを訪ねてみた。

海べりにたたずむその工場は倉庫(と言うよりは土蔵)に社名と屋号が書かれ、敷地の一角には杉の焼き板を使った木造の建物が軒を並べている。焼き板を使った外装材は耐久性が強いだけでなく、その会社がかなりの老舗であることを物語っている。

一定の人数をそろえたうえで事前申し込みを済ませておけば工場見学をさせてもらえるが、閑散としていてそうした人々が集まっている様子はうかがえない。

東京・銀座に行けば、その会社の製品にお目にかかれる店がまだある(筆者も何度か訪れた)が、同業他社に駆逐されて、今は地元でも製品を置いている商店は驚くほど少なく、地元住民が集まる大型商業施設にも同社製品はほとんど置いていない。

この会社はM&Aによっていくつもの中小企業がまとまってできた事業体で、経営トップはその一角をなす企業の創業家出身だ。A社がただそれだけの企業であれば、当コラムでピックアップしなかったかもしれない。しかしこのA社がなければ、日本人なら誰でも知っており、あのスティーブ・ジョブズも憧れたという日本のエクセレントカンパニーは今頃存在していなかったという由緒ある会社なのだ。

戦後の焼け跡から立ちあがって、ブランドを世界に知らしめたその大企業の草創期には、老舗A社からの資金援助が大きな支えになっていたから、少なくともA社が日本のモノづくりに大きく貢献したことは間違いない。

しかしA社は前期で大きく躓いた。本業が振るわなかったうえに、のれん代の減損処理などで財務内容が大幅に悪化。優良資産は食いつぶし、株価は超低空飛行が続いている。今では取引金融機関の審査姿勢が厳しくなり、企業が存続していくうえで危険な兆候と言われる債権譲渡契約も結ばされたというから、Xデーに向けてカウントダウンが始まったとみられても何の不思議もない。

経営トップが自宅代わりに使っている都内の有名ホテルからは、宿泊料が未払いであるとして訴訟が提起されているそうで、資金繰りの厳しさをうかがわせる。

A社と創業家一族は今も地元の尊敬を集めており、深刻な経営不振に陥っていることを知る者は、消費者を含めて少ないのではないか。

この会社は規模こそ小さいが、創業家のつながりで大株主には非上場の有力食品メーカー群や総合商社が名を連ねている。A社に一朝事があれば、株式を持ち合う地元企業群が支援に回るのかもしれない。

しかし、かつてA社が支援して大きく育ったエクセレントカンパニーも、いまは経営に失敗して「追い出し部屋」のリストラ続き、全社が疲弊しきっている。両社は違う畑を歩んでいるとはいえ、日本の製造業の本格的な回復はまだほど遠いと言えるのではないか。

さて、このエクセレントカンパニーとA社はどこでしょう。ヒント――エクセレントカンパニーの創業者の一人は、寛文5年創業の老舗の長男。一時は経団連会長の候補と目されたが、それも今は昔。

(この記事は本日ロイターに配信したものです)