阿部重夫発行人ブログ「最後から2番目の真実」

  • 2014年9月29日「ハコ企業」餌食にされた側のリベンジ

    9月18日の読売新聞に「ブローカー支配『箱企業』 不振の上場企業操る」と題する記事を見かけた。株式市場を侵食する反市場勢力がハコ企業を手玉にとって資金調達し、それの一部は反社会的勢力に流れているとの内容である。

    すでに行政処分が発表された会社を例にとったあっさりとした記事だったが、一般紙がハコ企業を取りあげるのだから、その勢力拡大が放置できないほど大きくなってきたことの証かもしれない。

  • 2014年9月22日山本一生「哀しすぎるぞ、ロッパ」書評――日記魔が残した「昭和の曼荼羅」

    8月末の熊本日日新聞に山本 一生著『哀しすぎるぞ、ロッパ 古川緑波日記と消えた昭和』(講談社 2400円 税別)の書評が掲載されました。かつての本誌連載コラム「日記逍遥」の寄稿者でもあり、連載のなかで古川ロッパも何度か取り上げたので、ここに再録させていただきます。

    なお、熊日では山本一生君の略歴に「東京都生まれ」と書かれていましたが、恐らくウィキペディアからの引用でしょう。本人によれば「戸籍をみると熊本のようですが、一ヶ月もしたら小倉に移ったようで、ほどなく(東京)信濃町ですから、いつも書かないようにしています」との回答でした。


      
             日記魔が残した「昭和の曼荼羅」


    三段論法の効用は最強の逆説を生むところにある。典型は「私は不死である」ことの証明だろう。「死は常に他人の死である」「私は他人ではない」「ゆえに私は死なない」。QED。

    日記が身辺雑記を脱し、自体で妖しい光を放ちだすとき、必ずこの逆説が現れる。「日記魔」古川ロッパもそうだった。彼が誰かを知るより先に、本書の表紙カバー下の細字を見よ。一切を埋め尽くさずにはおかないデーモニッシュな執着。ここに彼がいる。あるいは、ここにしかロッパはいない。

    「嬉しくてたまらないんだ、日記を書くのが。こんなもの、まるで無駄ぢゃないか、俺の死後は誰も読むわけではない、この時間も労力も無駄だと思ふが、やめられない、この日記病」

    祖父は東京帝国大学総長、実父は男爵という名門出ながら、映画好きで本好き、得意の物真似で戦前は一世を風靡した人気喜劇俳優だったから、26年間で400字詰め原稿用紙3万枚という厖大なロッパ日記には、無名有名を問わず多士済々がひしめき、まさに「昭和の曼荼羅」の観を呈している。

    日記の魔がいるなら、日記読みの魔もいる。嘱目の記述から人名、地名、書名などを突き止める探偵役、本書の筆者もその一人である。前作『恋と伯爵と大正デモクラシー』で有馬頼寧日記から秘めた恋を探りあてたように、ロッパという「逆望遠鏡」を通して、失われた昭和という「時代」を一幅の細密画に再現しようとしている。

    ロッパ日記は宝の山だ。ふとした偶然で思わぬ発見に出会う喜びと、時を隔てて追跡の糸が途切れてしまう無念さ。ロッパは17世紀ロンドンの日記魔サミュエル・ピープスのように、収賄や浮気などの「秘事」を暗号化してまで書き残さなかった。大物総会屋、上森子鉄(健一郎)との腐れ縁も、菊田一夫退団から自動車事故まで任せる後始末屋にしていたせいだろう。盛大な横領が発覚しても絶縁できなかったのは、女問題で弱みを握られていたからか。日記は黙して語らない。

    本書の圧巻は、時代に取り残され没落していくロッパが、肺病を患い喀血でのたうちまわりながら、「人生を記す日記」から「日記を記す人生」と化す最期の場面だろう。昭和35年(1960年)12月26日未明、「床へ入り、フーハー治まるのに何分、(午前)一時、(体温)七・二(度)」で日記は途切れた。3週間後、病院で絶命する。満57歳。

    日記はどこで擱筆すべきなのか。いや、日記魔は行き倒れるしかないのか。故高橋和己の中編小説『散華』を思い出した。瀬戸内海の孤島で憤死する元国家主義者が残した野ざらしの日記の末尾はこう記されている。

     ×月×日 晴、海蒼し、風吹く
     ×月×日 晴、海蒼し
     ×月×日 ああ、海よ
     ×月×日 海

    死がこんな詠嘆のはずはない。徹底して日記で「反時代」を演じ続けた永井荷風は、死の前日(昭和34年4月29日)まで『断腸亭日乗』を記していた。2カ月前、浅草で歩行困難となり、車で市川の家に帰ったのちは、病臥と近所の食堂往復の記述しかない。

     四月廿九日。祭日。陰。

    最後の索漠こそが死なのだろう。

    先の最強の逆説に皮肉な注釈を付けたのは、亡命ロシア人作家ウラジーミル・ナボコフだった。「年をとってから、われわれは自分がその他人であることを知る」。日記が時代を超えて生き延びる幸運に恵まれるとき、肉体は容赦なく滅び去る。日記とは、その刺し違いのほかのものではない。

  • 2014年9月18日FACTAが穴掘りで突き止めた宇都宮のダイセキ「鉛汚染」

    FACTA最新号の記事「産廃ダイセキが『鉛汚染疑惑』」にあるように、宇都宮市郊外の篠井町にある、市立「うつのみや平成記念子どもの森公園」の土が高濃度の鉛で汚染されていることが本誌の調査で明らかになった。この公園は児童・生徒の自然学習のためにキャンプサイトやバンガローがあり、土に親しむ公園だ。子どもたちが、直接鉛にさらされる危険があるのだ。

    本誌記者がこの公園で50センチの深さの穴を掘り、深さごとに土壌のサンプルを採集、検査機関に送って高度の鉛汚染を確認した苦心の調査報道である。穴掘り中の記者がはた目には不審者と見えたのだろうか、職務質問を受けるという副産物もあった。ちょっとジュリア・ロバーツの映画「エリン・ブロコビッチ」ばりである。

  • 2014年9月13日朝日新聞の記者諸兄へ

    今さら何を言っても始まらないので、FACTAを創刊したおよそ9年前、このブログで書いたことを、もう一度再録しましょう。当時のタイトルは

    「最初のジャーナリスト」とトマス福音書

    でした。たぶん、一連のディザスターで傷ついた人も、初心に帰れば、同じ思いに至るのではないでしょうか。われわれも改めて、イデオローグになるまい、という初心に帰ろうと思います。

    *   *   *   *   *

    人類の歴史で一番古い職業は「娼婦」、二番目は「スパイ」と、おおよそ相場が決まっている。では、ジャーナリストという職業はどれくらい古いのか。

  • 2014年9月 1日「不都合な幽霊」認めたアジア・アライアンス

    元はさえない倉庫会社だったが投資会社に転じて「ハコ企業」になったアジア・アライアンス・ホールディングス(AAH)が、いま揺れに揺れている。

    FACTA8月号では、新株予約権を譲渡したことになっている海外ファンドが実は1年前に解散していたことを指摘したが、同社は8月1日付のニュースリリースで渋々これを認めたうえで、「現在、本件譲渡を遡って有効とするために必要な措置が進められておりますので、当該措置の結果が判明し次第、その結果をお知らせいたします。また、当社としては、現時点では本新株予約権が行使される見込みはないと認識しております」という摩訶不思議なコメントを載せている。存在しないファンドの名を使っても、 リリースの虚偽記載はなかった、とでも言いたいのだろうか。