阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2013年8月13日 [書評]『ライス回顧録』のススメ――熊本日日新聞寄稿

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熊本日日新聞の書評欄で私が担当している「阿部重夫が読む」のコラムで、ブッシュ大統領の最側近だったコンドリーザ・ライスの『ライス回顧録』を書評しました。巻末に解説を書いている手嶋龍一氏から勧められました。イラク侵攻の03年、拙著の中公新書『イラク建国』で米軍統治が失敗するだろうと予言しただけに、その当事者である回顧録の書評は、むしろ使命かと思って引き受けました。

ところが、どっこい、2段組みで696ページもあって、7月下旬にズシリと重い本が届いてから、フーフー言いながら読みました。すでに第一期ブッシュ政権の国務長官だったコリン・パウエル、国防長官だったドナルド・ラムズフェルドの回想録を読んでいたので、細部の比較が面白く、ディテールが好きな人間には、いくらでも読み応えがあります。どこか、別荘地の緑陰で涼風に吹かれながら、どっちの言い分が正しいのだろうと想像をたくましくしたいところですが、あいにくそんな稼業ではない。

この暑いのに別件でソウルまで飛んで取材、かの地もうだるように暑く、とんぼ返りした翌日に書評締め切りという綱渡りの日程でした。ま、どうにか読み終えて、ライスという優等生の限界が透けて見えたのは収穫です。米国の大統領とか、国務長官のポストは、およそ個人の能力を超えた過酷な仕事なのかもしれません。ふと、マキャベリの「フォルトゥーナ」と「ヴィルトゥ」が思い浮かびました。

前者を「運」と訳すのも、後者を「徳」と訳すのも、『君主論』と『ディスコルシ』の趣旨とはずれてしまうのですが、やはりそこに残る政治の割り切れなさの世界に、ライスも呻吟したのだと言えましょう。

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歴史の一回性と決断の是非

コンドリーザ・ライス『ライス回顧録 ホワイトハウス 激動の2920日
(集英社 4400円+税)

スタンフォード大学教授からワシントンに乗り込み、ブッシュ大統領の最側近として国家安全保障担当補佐官と国務長官をつとめたコンドリーザ・ライスの自叙伝である。その経歴自体、ハーバード大学教授からニクソン政権に入り、米中接近とベトナム戦争終結を果たした「冷戦外交の鑑」ヘンリー・キッシンジャーに匹敵する。

彼女の輝かしい軌跡はしかし苦渋に満ちている。9・11テロの惨事を防げなかった国家安全保障の元締めとして、またアフガニスタンとイラクの泥沼に苦闘した外交の元締めとして。

原題「これ以上の栄誉はない」(No Higher Honor)からも、「されど」というアイロニーの倍音が聞こえる。歴史の一回性のもとで下した決断が、是だったか非だったか。自伝を執筆しながら彼女の胸を噛んでいた問いは、それ一つだったに違いない。

その問いにどう答えるか。古代ローマのギリシャ人歴史家、プルタルコスの顰みに倣おう。主著「対比列伝」(英雄伝)はローマ人(今)とギリシャ人(昔)の対比だが、アイデアは素晴らしい。絶対の規範のない政治の世界では、相対的な物差ししかないからだ。結果がすべての政治においては、人がなし得るのはタラレバしかない。

「ブッシュの戦争」が壮大な失敗だとしたら、どこで誰が何を誤ったのか。ことごとに内部対立したブッシュ政権の4人――チェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官らネオコン派と、パウエル国務長官やライスらハト派の死闘から、それが窺えるはずだ。

「私は国務長官として、世界の現状が課してくる制約に常に自覚的だった。“可能性の技術”を実践しようと肚を決めていた」

本書の末尾にある言葉だ。もちろん、19世紀ドイツの鉄血宰相、ビスマルクの「政治とは可能性の技術である」を踏まえている。しかしそこに限界が見える。彼女は複雑に絡み合った難題に直面すると、数多くの「可能性」の中から忍耐強くベストの解を探しあてようとする。が、こんがらがった結び目を一刀両断にしたがるラムズフェルドにはこう映った。

「ライスは、省庁間の意見の違いを大統領に解決してもらうのは、自分の個人的落ち度になると思っていたのだろう。〝勝者〟と〝敗者〟が生まれるような、明快な決定を強要するのを避けた」(『真珠湾からバグダッドへ ラムズフェルド回想録』)

予定調和は「角の立つ問題」の後回しとツジツマ合わせを生む。しかしライスの回顧録は、口出しを嫌がるラムズフェルトの独善と狭量を批判し、責任転嫁を指弾している。

「ドン(ラムズフェルド)とジェリー(ブレマー・イラク連合暫定施政当局代表)の関係がうまくいっていないのは、ドンが戦後イラクのことを傍観していたからだ」

2006年、彼女はバグダッドを視察、深い絶望を覚えた。「大統領、私たちが今やっていることはまるで機能していません。本当に。失敗しようとしているんです」。チェイニーは沈黙していた。

気になる記述がある。同年10月、彼女は第一次政権の安倍首相と会談した。ブッシュが好感を持った小泉前首相と対比して安倍首相は「控えめで感情を見せず、形式のなかに本音を隠してなかなか奥が見透かせない」日本人の典型だが、北朝鮮に限っては「とても強硬な姿勢を見せた」と評している。オバマ政権の安倍〝冷遇〟の兆しが垣間見える。ポスト・オバマが誰になろうが、「木を見て森を見ぬ」日本への懐疑はワシントンに定着しているのだ。