阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2013年8月 8日 週刊ポスト連載 伊藤博敏「黒幕」に期待する

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20年来の畏友であるフリーランス・ライターの伊藤博敏氏が、満を持して連載を開始した。

題して「黒幕」――主人公である石原俊介氏は4月に亡くなった情報誌「現代産業情報」の発行人で、事件取材に携わるジャーナリストの間では知る人ぞ知る存在だった。私もバブル崩壊後の90年代に彼を知り、たびたび謦咳に接し、ときに銀座の飲み歩きに付き合ったから、その通夜に参列した。

晩年はFACTAが追及した日本振興銀行をめぐる対立もあり、「恩知らず」と言ったという話も聞こえてきたから、出入り禁止(自粛?)状態だった。「兜町の石原ですが」とかかってくる電話も絶えていた。

伊藤氏から昨年、ガンで入院したとの話を聞いて、「そろそろ会おうかな」と思っていた矢先の訃報だった。80年代バブルから90年代のバブル崩壊にかけては、石原氏がもっとも輝いていた時代だった。その裏情報に、どのメディアも歯が立たない時代が確かにあったのである。

兜町のオフィスは、彼のメガネにかなったジャーナリストだけ出入りを許され、新聞もテレビも週刊誌も一流の事件記者なら、一目置かずにはいられない存在だった。どこであんな情報を入手できるのか、それが悔しくて夜も眠れぬ日が続いた。

没後、「現代産業情報」は廃刊となり、最終号は伊藤氏の追悼と廃刊の弁が掲載されていた。月2回、あのグレーのニュースレターが来なくなると、やはり寂しい。途方もなく大きな穴があいた気がする。

世間的には一介の情報屋だが、警察も検察も目を凝らしていた。彼の真の姿を書けるのは、伊藤氏のほかにはありえない。「現代産業情報」を継ぐのでは? と言われたほど、それを支える人物の一人だったからだ。

実は彼から、連載タイトルの相談を受けた。「黒幕」はやや大げさすぎ、私のつけた仮題のひとつは「影法師」だった。週刊誌では迫力が乏しいと採用にならなかったが、じぶんを大きく見せるという意味で、石原氏の実像は「影法師」に近かったと思う。

伊藤氏の仮タイトルは「最後の情報屋」である。「最後」に彼の思いがこもる。ネット掲示板やツイッターなどSNSの横行で、情報屋の存在意義は薄れた。「現代産業情報」も最後のほうではパワーの衰えが目立ち、喉元をえぐるようなエグい情報が離れていたことを示していた。

情報がカネになる時代は終わったのか。その問いは他人事ではない。伊藤氏とともにわれわれも、また大手メディアも、自らを顧みながら生きる道を探さなければならないのだろうか。連載が悲調を帯びるのは自然のなりゆきである。

ちょうど連載開始直後、アマゾンCEOのベゾフが、名門紙ワシントン・ポストを買収したと報じられた。どこも大変なのだ。人知れぬ情報はまだいくらも埋もれているはず、と信じるしかない。