阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2013年2月 4日 [書評]井上久男『メイドイン ジャパン 驕りの代償』のススメ

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安倍政権の「三本の矢」に期待が集まっている。一本目の矢が金融政策(思い切った量的緩和)、二本目の矢が財政出動(補正・本予算での公共投資増大)、そして三本目の矢が成長戦略である。

一本目、二本目の矢は実はそう難しくない。日銀と財務省の尻を叩けばいいからである。が、三本目の矢は霞が関ではどうにもならない。それを勘違いしているのが、3・11で閉門蟄居の身となっていたのに、安倍官邸では一転して政務秘書官を送りこんで、捲土重来と鼻を膨らましている経済産業省である。

経済産業政策局長、石黒憲彦氏の「志本主義のススメ」のブログがその典型ですな。どうせ部下に書かせているのだろうが、四人組時代の石黒氏を知っている身としては、ちゃんちゃらおかしい。当時の産政局長解任に走り回ったのはたった1週間、衆寡敵せずと見るや、たちまち洞ヶ峠だった。

そんな彼に、産業再生なんて語る資格があるとは思えない。たとえば、1年前、エルピーダ会社更生法申請のときに、「志本主義のススメ」で何て書いたか。

「危機対応業務」の損失担保制度の創設をはじめ政策の立場から当該企業に係わりがあった者として心苦しく思っております。127回で詳しく書きましたが、リーマンショック後は、大企業ですら資金繰りに窮し、一時的に資本まで大きく毀損して財務制限条項(コベナンツ)に抵触し新たな借り入れが困難になる企業が出る怖れがありました。このため危機対応業務の一環として、当時の異常な空気に支配された経済状態の中で、雇用やサプライチェーンの維持の観点から連鎖的な影響を与えるような企業に対して、他の民間金融機関の協調融資を前提にこれを補完する呼び水としての政策投資銀行の出融資に対して、政策金融公庫が一部損失補填できる仕組みを非常時の資金繰り対策の一環として措置しました。

エルピーダは、その後危機的状況を脱し、2年間は業績も回復して昨年夏までは自力で市場からエクイティファイナンスができるようになっていましたから当初の目的は達したのですが、昨年夏以降欧州危機等でPC需要が低迷する中での歴史的円高ウオン安で業績が悪化し始め、タイの洪水が追い打ちをかけ、今年に入って急速に業績が悪化してしまいました。この間、国際再編を通じた構造的な取り組みもトライされてきましたが、今度こそという土壇場で相手企業のCEOが航空機事故で亡くなるという不運に見舞われ、運にも見放された感がありました。

結果として国民負担が発生するような事態が起こったことは誠に残念ですが、事ここに至っては国内の事業と雇用を残すことが最も重要で、傷を深くせず、根本的な再生プランを策定するまで暫く時間を稼ぐという意味で、エルピーダの経営陣が会社更生法申請を早めに決断して良かったと思っています。

残念とは言うけれど、我田引水、ほんとは反省してない。

さて、井上君の著書『メイドイン ジャパン 驕りの代償』だ。日本企業が敗退したのは、政策の誤りだけではないことが分かる。パナソニックの「口下手な独裁者」中村邦夫の雷のエピソードは笑える。朝日でパナ担当だった井上君自身が中村に落とされたのだが、ほんとうはAERAの記事のそば杖で、そのAERAの記事もまた、私が当時いた雑誌のアタマ記事の半年遅れの記事だったから、他人事とは思えなかった。

朝日の場合は当時の箱島信一社長が全面降伏、ドッコイショ記事で広告を載せてもらい、あげくの果てに大坪時代に三洋電機買収という暴挙も、プラズマテレビへの過剰投資も批判することができなかった(ちなみにFACTAはちゃんと批判しています)。

中村―森孝博副社長ラインが、今日のパナの惨状を招いたA級戦犯であることを井上君の本は明示している。大坪前社長の「まるごと戦略」も、幸之助の水道哲学の焼き直しに過ぎないことがわかる。

この本ではパナソニック、シャープ、トヨタ、日産自動車とかつて彼が新聞記者として密着した企業の現場から論を組み立てているから、石黒局長みたいなお経には陥っていない。

成長戦略は机上からは生まれない。それがついに分からなかったのが、民主党政権で成長戦略を担当した近藤洋介衆議院議員である。経産省の手玉に乗せられて、山のようにペーパーを与えられていたが、ついに現場を理解していなかった。

その安倍政権版が甘利明・経済再生担当相(経済財政担当・社会保障と税の一体改革担当)である。これまた、「志本主義のススメ」とそっくりのことを言っている。こりゃダメだ。

現場に立ち返る気があるなら、井上君の「驕りの代償」を読めばいい。「他山の石」のヒントはいくらでもある。1月26日、2月2日、2月9日と三週連続でNHKが「メイド イン ジャパン」を放映しているが、日本立て直しの出発点はここにしかないと思う。