阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2012年2月27日 [書評]大鹿靖明『メルトダウン』のススメ

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講談社のノンフィクション本で、かつて日経の同僚だった牧野洋君の『官報複合体 権力と一体化する新聞の大罪』(1680円)と、朝日新聞記者の大鹿靖明君の『メルトダウン ドキュメント福島原発第一事故』(1680円)が、それぞれ売れていると聞く。

牧野君とは欧州で一緒に仕事をしたし、先日、アメリカから帰省されたときも、お土産をいただいた関係でもあるので、書評は遠慮して推薦だけにとどめよう。大鹿君も優秀なジャーナリストとしてよく知っているので、慶賀に耐えない。

そこで『メルトダウン』。FACTA最新号でも「崖っぷち東電」特集としてインタビューを含め5本の記事を掲載しているので、震災1周年というだけでなく、今もホットイシューだから、ここで取り上げたい。

エコ派の反原発本は掃いて捨てるほどあるし、専門家と称する人々の弁明本、窓際に追いやられた鬱憤晴らし本、出版社に煽られた頑張ろう本、たかりと善意の区別がつかないボランティア本まで、本屋の店頭にはいろいろ並んでます。ちょっとした「ワンエフ」(福島第一原発の隠語)エンサイクロペディアができるんじゃないかしら。せめて一冊なりとも読むとしたら、どう選べばいいのだろう。

大鹿君の本はお薦めできる一冊。炉心溶融をめぐる悲喜劇の名場面集のような構成だからだ。しかも場面の取捨選択と設定が巧みだ。冗長な歴史なら誰でも書ける。が、クローズアップした場面の点描画で、読者に全体像――凡庸なリーダーたちが愚行に愚行を重ねていくプロセスが、どのように累積したかを見せる手腕はなかなかできるものではない。

このブログでも何度か言及し、私が称賛する戦史家のアンソニー・ビーバーの筆法がそれにあたるが、すでにライブドアやJAL破綻の著書のある大鹿君の書きぶりもその域に近づいていると思える。

腰巻にも引用されている、1号機建屋が爆発したときの首相官邸総理執務室の光景は慄然とする。テレビで放映された映像を見て、寺田学補佐官が駆け込み、菅直人首相が絶句する。広報担当の下村健一内閣審議官が、爆発は起きないと主張していた原子力安全委員長に「斑目さん、今のはなんですか? 爆発が起きてるじゃないですか」と問い詰めたところだ。

そのとき斑目は、福山の記憶によれば、(その後頻繁に見せることになるのだが)「アチャー」という顔をした。両手で顔を覆って、「うわーっ」とうめいた。頭を抱えたまま、そのままの姿勢で動かない。

誰が見てもひどい。この場面は民間事故調(北沢宏一委員長)の報告でも出てくるんだけど、作者は福山哲官房副長官と下村審議官へのインタビューから構成しているようだ。

この場面だけで菅政権と原子力ムラの「愚者の船」が見えてくる。菅政権は組織的意図的に記録を取らなかったせいで、こうした執務室の内側の証言は今後とも貴重である。

おそらく後世まで何が起きたかは諸説紛々になるのだろう。汗牛充棟の瑣事が山のように重なり、それ自体がバベルの塔のようになったとしても、この場面はいつまでも日本の原子力行政の、いや政治権力の無能の象徴として残るだろう。

本書が点綴する名場面はそれだけではない。震災のわずか4日前に東電の武藤栄副社長の部下たちが原子力安全・保安院を訪ね、「取扱注意 お打合せ用」と題したペーパーで想定を超える10メートルの津波に襲われる可能性があり、対応を12年10月に行うつもりがあると報告していたことなど、いくらでも挙げられる。作者の意図は明らかだろう。

エリートやエグゼクティブや選良と呼ばれる人たちの、能力の欠如と保身、責任転嫁、そして精神の荒廃、可能な限り記録しよう。それが私の出発点だった。(あとがきより)

メルトダウンしていたのは人間たち、それもエリートを自負する人々なのだ。それを書こうとした大鹿君の心意気やよし。そんな彼をなぜか査問にかけている新聞社はどうかしてる、と思うけど。

AERAの親会社の顧問弁護士から、本誌に事実の摘示の申し入れがありましたので、ひとつだけ摘示します。

実は記事の最後の1行だけ事実ではなかった。「赤いアサヒ」に対するちょっとしたメッセージだったのですが、どうやら気づいてもらえなかったみたいですね。

Divina Commedia
Vien dietro a me, e lascia dir le genti

Das Kapital
Segui il tuo corso, e lascia dir le genti

能力の欠如と保身、責任転嫁、そして精神の荒廃……それは朝日のエリートのことではないのか?