阿部重夫発行人ブログ「最後から2番目の真実」

  • 2009年5月27日出版記念会のお礼

    昨夜、東京・銀座の「砂漠の薔薇」にて、拙著『有らざらん 弐』の出版記念会を開いていただきました。

    ご挨拶をたまわった諸先輩をはじめ、ご出席いただいた方々や、この会を準備していただいた方々に、また当日所用があり会場外からエールを頂いた方々にも、心から御礼申し上げます。

    もちろん、小生の本業は雑誌にあり、日々ニュースを追うことに忙殺されています。でも、ともすると我を見失うことがあり、閑暇を盗むようにしてこのシリーズを書き継いでいます。『有らざらん 参』もあまりお待たせしないように努力するしかないと思っております。今後ともよろしく。

  • 2009年5月26日「国宝 熊野御幸記」のススメ――「ジャーナリスト」定家

    熊本日日新聞09年5月24日付の書評コラム「阿部重夫が読む」で 「国宝 熊野御幸記」(三井記念美術館・明月記研究会共編、八木書店 8500円+税)をとりあげました。

    定家の日記「明月記」は、「紅旗征戎吾が事にあらず」の傲然たる非政治主義で有名だが、実際に読んでみると随分人間臭い。三井記念美術館は日銀にも近く、分不相応ながら書評にチャレンジしてみた。

    南方熊楠が粘菌の採取に縦横に山河を渉猟した地であり、「一遍絵伝」や「小栗判官」でおなじみだ。「有らざらん」の天誅組も、敗走しながら十津川街道をくだり、熊野に逃げようとして、たどりつけなかった。「義経千本桜」の川連法眼も、ほんとうは熊野別当のことではないかと思う。鮨屋に潜伏して(平安末期に鮨屋があるはずもないが、そこは歌舞伎のご愛嬌)復讐の機をうかがう平維盛は、出身が熊野だったという薩摩守平忠度と重なってみえる。

  • 2009年5月25日牧久『サイゴンの火焔樹』のススメ

    本書『サイゴンの火焔樹 もうひとつのベトナム戦争』(ウェッジ 2520円)の筆者は、駆け出しの社会部記者だった時代の私のセンセイの一人である。遊軍キャップとして、私と夏休みの企画記事「異常気象」を連載したあと、外報部へ移って75年3月にサイゴン特派員に赴任、一カ月余で陥落を迎えた。南ベトナムの崩壊である。

    「国が滅びるなんて現場は、一生に一度あるかないかのこと。歴史の証人になれるなんて、これほど記者として幸運なことはない」

    帰国後、どこかの酒席で彼がそう言うのを聞いたことがある。その通りだ。私もここまで記者を続けてきたが、国家が滅亡する光景には立ち会ったことがない。サダム・フセインのイラクに侵攻する米軍に同行した「エンベディド」記者たちの気負いも、そんなところにあったろう。私は滅びる前のイラクには行ったが、02年にバグダッドが占領される現場にいあわすことがかなわなかった。

  • 2009年5月22日新生・鳩山民主党

    民主党の代表が、鳩山由紀夫に決まった。4月号で「『ポスト小沢』に鳩山指名か」という記事を載せたが、やっぱりという感じである。小沢が辞意を表明した11日の会見で勝負はあった。「補正予算の審議が終わるのを待ったうえで速やかに代表選挙を実施してほしい」と、わずか5日後と決めたが、連休中に小沢・鳩山で周到に仕組んだのだろう。

    世論調査では岡田2対鳩山1くらいで、岡田期待論が強かったが、それを承知で両院議員総会での短期決戦としたのは、参院民主が小沢支持で固まっているため、意中の鳩山が有利になると読んだからだ。こういう局地戦になると反小沢派はまるで弱い。野田、前原らは「政治の要諦は日程にあり」ということが読めず、12日の役員会で「党員、サポーターも入れた代表選挙」を唱えたが後の祭。「党の規定と違う」と小沢に一喝されてシュンとなった。結局、鳩山124対岡田95と、岡田は追い上げても100票に届かなかった。

  • 2009年5月19日6月号の編集後記

    FACTA最新号(2009年6月号、5月20日発行)の編集後記を掲載します。フリー・コンテンツの公開は25日からです。

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    もう1年になる。日経連元会長の永野健氏が85歳で亡くなったのは、昨年5月12日だった。彼のご子息2人と学校や会社で親しかった縁もあり、東京・渋谷の桜丘にあった永野家の旧邸が今は懐かしい。その一周忌にご遺族から、小冊子『技術無限――永野健最後の講演から』をいただいた。70ページ足らずだが、目で追っていくと、故人のあの朗らかで野太い声が耳に響く思いがする。

    ▼歯に衣着せず「銀行の給料は高すぎる」と批判した硬骨の志は、この9年前の6月23日の講演でも息づいていた。「古い産業といえども、形を変えて新しい産業に貢献している。むしろ現実には、古い産業が頑張って生産性を上げているからこそ、新しい産業の発展も可能になったのです」という言葉には、けっして古びないエンジニアの気迫がこもり、今も心を励まされる。

  • 2009年5月15日菅原出著『戦争詐欺師』のススメ――21世紀の『おとなしいアメリカ人』

    友人の菅原出君が、講談社から『戦争詐欺師』(税+1800円)という、面白いノンフィクションを出した。

    私もイラク侵攻直後に『イラク建国』(中公新書)を出したことがあるので一読したが、みなさんにお奨めしたい。彼とはもう10年くらいの付き合いになるだろうか。アムステルダムで修士号をとって帰国後、何かの縁でお会いしたとき、ジョン・フォスターダレスが所属した名門法律事務所サリバン&クロムウェルに小生が感心を持っていると打ち明けたら、その事務所の歴史を書いた本のコピーをいただいた。

    へえ、同好の若手がいるもんだ、と感心した。彼の興味は間戦期のアメリカがいかにドイツに投資していたかの研究で、02年に『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』(草思社)という本に結実した。

  • 2009年5月14日ラ・トリビューン紙編集長とトーク

    フランス大使館からの依頼で5月27日にラ・トリビューン紙の編集長とのトークに参加することになりました。詳細は以下の通りです。朝日新聞の山田厚史編集委員とご一緒らしい。日銀取材時代に接点があるが、さてどうなりますことやら。入場無料です。ご興味のあるかたはどうぞ。

  • 2009年5月11日5月26日に「有らざらん 弐」出版記念パーティ

    「有らざらん 弐」の出版を記念して、出版元のオンブックの橘川デメ研代表が記念パーティを開催してくれることになりました。

    場所は、銀座のお洒落なラウンジで、オンブックとデメ研の激励会も兼ねます。もし、ご興味のある方がいらしたら、ぜひお越しください。概要は下記の通りです。

  • 2009年5月 2日バーナンキFRBの「出口」

    どんな暗いトンネルにも必ず出口がある。いや、出口を考えない「迷える子羊」に、出口はみつからないというのが本当ではないのか。

    4月18日、ニューヨーク連銀の市場部門チーフに、38歳とまだ若いブライアン・サックが指名された。彼がアメリカの金融危機脱出の帰趨を制すると言っても過言ではない。前任のビル・ダドリーがNY連銀総裁に昇格した後に抜擢され、そのダドリーも前総裁のティモシー・ガイトナーが財務長官に転出後に昇格したから、いわば玉突き人事。それでも、この布陣に目を凝らすと、「出口」がおぼろげながら浮かんでくる。