阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2008年7月19日 [編集後記]8月号の編集後記

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FACTA最新号(8月号、7月20日発行)の編集後記を掲載します。フリー・コンテンツの公開は25日からです。

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もう共同通信のピーコを聞かなくなって久しい。「ニュース速報」を告げるチャイムが鳴ると、新聞の編集局は本能的に緊張が走る。「御巣鷹の夏」もそうだった。私は整理部で第1面を製作する面担だった。午後7時過ぎだろうか、あの鐘が鳴って「日航123便がレーダーから消えました」との音声が響き渡った。乗客・乗員524人と聞いて血の気が引く。微かに胴ぶるいがきた。

▼まさに「ハイ」である。1985年8月12日。地元の新聞記者だった作家、横山秀夫が描いた『クライマーズ・ハイ』のその日は、私も23年たって忘れ難い。映画も見たが、主人公悠木の葛藤と屈託に胸が熱くなった。悠木は土壇場でスクープに逡巡し、私は最終版で勇み足の見出しをつけた。1面2段ぶち抜き、黒ベタで「絶望」と打つ。翌日、ヘリで救出される生存者の映像を見た瞬間、深い悔恨を感じた。

▼奇跡に歓声があがるなかで、独り俯(うつむ)いた。整理部はニュース判断やレイアウト、見出しなど紙面製作工程に全権をふるう代わりに、取材をしない内勤職場だ。「左遷」「座敷牢」と悶々とする記者もいるが、私は嬉々として働いていた。新聞の第一読者、もっとも深く記事を読み込む心意気を感じたからだ。横山の小説でも、整理部の亀嶋部長や吉井部員は、愛嬌ある理解者に描かれている。

▼自分もああだったのか。だが、あの日、私の矜恃は粉みじんに砕けた。眼光紙背に徹するなんて嘘だ。野次馬にはものが見えない。どんなことがあっても取材に戻ってみせる――密かに決意した。恐らく横山とはすれ違いだろうか。「下りるために登る」というクライマーの比喩は、記者を辞めた彼の本音とも聞こえる。クライマーズ・ハイとは痛切な新聞批判なのだ。彼は小説という現場なき雑観を書き続け、私は雑観を捨ててスクープを追う。今は黙々と自分の衝立岩を登るしかない。