阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2008年4月29日 [書評] [ポリティクス]ジェラルド・カーティス「政治と秋刀魚――日本と暮らして45年」のススメ

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アメリカから日本の政治を研究しにやってきた青年が、1967年の衆院選挙で大分二区に立候補した佐藤文生氏(中曽根派)の事務所に飛び込み、舞台裏を活写した『代議士の誕生――日本保守党の選挙運動』(1971年)以来、ジェラルド・カーティスの名はいわば「密着取材」の先駆者の代名詞だった。

この処女作のことはよく覚えている。まだ私は新聞記者ではなかったが、やられたという悔しさより、その密着手法がえらく新鮮に思えた。ライシャワーはじめアメリカの日本通はどこか雲の上の存在であり、日本の政治のような下々の泥臭い世界には下りてこないものと決めてかかっていたが、カーティス氏の手法は大所高所ではなかった。ブルックリンのリアリズムを体現したかのような「あたって砕けろ」式の現場主義は、自分にもできるのではないか、と私には思えた。

氏が日本の市井で暮らし始めたのは1964年というから、もう44年である。来し方を振り返って書いたこの『政治と秋刀魚――日本と暮らして45年』(日経BP社、1600円+税)は、単なる政治学者の回顧録とは違う。混迷の度を深めるばかりの日本の政治に、カーティス氏なりの助言を試みたものだ。

その助言は温かい。日本の死角をさらりと指摘してくれる。米欧から輸入した概念が必ずしも日本の現実にはそぐわないことを教えてくれるのだ。たとえば「小さな政府」というが、日本の公務員の数は欧米に比べて格段に少ないという。

「問題は人数ではなく、官僚の権限である。規制緩和など政府の権限を縮小することと公務員数を削減することとは別の問題である。マナーからルールへと社会構造が変わっていくことによって、逆に公務員の数を増やさなければならない分野はたくさんある」

また、政策新人類といわれる若手政治家にもやんわりと苦言を呈している。

「日本では『地元への利益誘導』は響きが良くない。だが、代議士が自分の選挙区である地元の利益を考えなければ、選挙民は何のためにその人を国会に送るのだろうか。……今の小選挙区制だと、親の強い地盤を受け継いでいる二世議員は、自分は『政策通』だと自慢してテクノクラートのような態度を取る。まさに政治家の官僚化現象である。今、必要なのは、政策通よりも『政治通』である」

二大政党制を美化し、アメリカの大統領制を真似ようとすることのむなしさ。安倍政権が熱心だった政治任用制度についても、イラク侵攻で失敗したブッシュ政権を例に挙げ、「トップにある政治リーダーを下部にいる専門家のアドバイスから遮断する」システムと批判したドビンズ元国務次官補の発言を紹介する。

「現在のイラクにおける混乱を招いた責任は、政治任用された新保守主義者にかなりの部分がある。政治任用された人が問題を起こすことは新しい現象ではないし、政治的に『右』の人間だから起きた問題でもない、ディビッド・ハルバースタムが『ベスト&ブライテスト』で描いたように、ベトナム戦争の愚行は政治任用されたリベラルの人たちによって引き起こされたものだ」

カーティス氏は自らを知日派第三世代と定義している。彼が45年前に見た日本の政治は「機能している」(The system works)ものだった。その機能の秘密を知ろうと彼は現場に飛び込んだのだ。その彼とて1990年代には日本の政治が「後れている」ことを認めざるをえなくなった。欧米に対する後進性という意味ではない。内外の環境変化に対応できていないという意味で「後れている」というのだ。

このいわば常識、語の本来的な意味でいうコモンセンスがカーティス氏の持ち味だろう。それがどう形成されたかは、この本の前半に詳しい。東京の山の手、西荻の下宿で、銭湯に通い、秋刀魚に舌鼓を打つといったディテールは、ほとんど「三丁目の夕日」を思わせるほど懐かしい。それは奇跡のように日本に適応した「ガイジン」さんの苦労話というより、庶民の暮らしに密着した人のみがもつぬくもり、ほのぼのとしたコモンセンスの所在が感じられるのだ。こういう「常識」をわれわれはいつから失ったのだろう。

文章も驚くほど平明だし、音楽的である。カーティス氏ははじめジャズピアニストを志してニューヨーク州立大学に進んだというから、きっと耳がいいに違いない。日本語がけっして上手でなかったラフカディオ・ハーン(小泉八雲)があれだけ溶け込めたのも、その耳のよさのおかげだと思う。

八雲の耳にはヤマバトの鳴く声が「テテ ポッポー カカ ポッポー」と聞こえた。カーティス氏の耳に永田町スズメはどう聞こえているのだろうか。