阿部重夫発行人ブログ「最後から2番目の真実」

2007年9月14日 [ポリティクス]【緊急トーク 手嶋龍一×阿部重夫】「亡国の総理」辞任(下)

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福田康夫・元官房長官が自民党総裁選出馬の意向を示し、ポスト安倍政局は一気に福田政権誕生へと傾くことになった。安倍総理の続投をいち早く支持しながら、内閣改造人事で主導権を握った、麻生太郎・自民党幹事長に「寝首をかかれた」と安倍氏の眼には映ったのだろう。こうした麻生幹事長に対する包囲網が次第に形成され、党内最大派閥の町村派が福田氏を担ぎ出すことになった。小派閥の麻生氏の“禅譲”路線は危うくなりつつある。

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阿部  どんでん返しが起きそうですね。福田氏はトリッキーな小泉氏の対北外交には最後は批判的でした。また年金問題を機に政権を去ってから、沈黙を守り続けてきました。小泉・安倍両氏と同じ町村派に属しながら福田氏本人は、靖国参拝で中国や韓国との関係を冷却化させた小泉前総理やその懐刀である飯島勲秘書とは関係がすっかり冷え込んでいましたね。

手嶋  森・小泉・安倍と三代の総理を続けてきた町村派の最後のカードが福田氏でした。党内の数の力で言えば、福田氏優勢の構図になってきたと言えるでしょう。

阿部  しかし福田政権になっても、安倍氏が残した日米同盟の危機という宿題は、すぐに解決するほど楽観できません。

手嶋  安倍政権の崩壊は、日米同盟の危機的な側面が素地としてある――という指摘は、FACTAがかねてから主張してきたことでした。日米同盟は、自由と民主主義という共通の価値観を持つ大きなアライアンスだとされてきました。ですから単なる軍事同盟ではないと説明されてきたのです。それだけに、自由や民主主義の価値観に相反する安倍総理の従軍慰安婦問題に関する発言は、安倍時代の最大の失言の一つとなりました。日米が共通の価値観に立っているというのは虚構ではないかという疑念がワシントン、とりわけホワイトハウスから噴出することとなりました。

従軍慰安婦をめぐる「狭義に国家の強制性を裏付ける証拠はない」とした安倍発言は、日中関係、日韓関係をささくれだったものにしただけではありません。日本のライフライン(生命線)とも言うべき日米関係をも危局に追いやる失言だったのです。政権発足早々に中国と韓国を歴訪、小泉政権の残した宿題である中韓との関係改善を図ることで、対東アジア諸国との関係を安定化の軌道に乗せた功績を一気に帳消してしまいました。「戦後レジームからの脱却」という底の浅いイデオロギーのもたらしたものがこれでした。

阿部  安倍氏は戦後レジームの転換を訴えていました。しかし、中韓との関係改善の代償に、靖国参拝については凍結して、就任後は参拝していません。安倍氏を支持してきた自民党右派の保守層はそれが不満で、その突き上げがあって従軍慰安婦問題では強硬な姿勢を示さざるをえなかったのでしょう。

手嶋  日米関係そのものを保つためには、細心の注意を払って自由と民主主義という価値観の共有を同盟の柱にし続けなければなりません。しかし、安倍総理のいうレジームチェンジは、内外のいずれの政治勢力の根幹部分にも抵触する恐れがありました。はしなくも従軍慰安婦失言は、その危うさを露呈したということでしょう。

それを機に日米同盟は遠心力が一層働き始めました。北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議が、日米同盟より上位におかれてしまっていることが明らかになりました。対朝政策では同盟国日本の意向を軽く見て、6カ国協議の枠組みを利用しながら、一方では給油の継続を強硬に求めるブッシュ共和党政権。安倍政権がテロ対策特別措置法で躓いたのは、安倍政権が抱えるこうした根本的な矛盾が、テロとの戦いのなかで浮かび上がったからです。

後継が有力な福田氏は、小泉・安倍路線からの訣別を図るのでしょうか。

阿部  難しいところですね。福田氏をかつぎだしたのは、森喜朗・元総理による町村派の政権維持が狙いでしょう。そこには麻生包囲網という派閥次元の発想はあっても、日本の外交・安全保障政策や経済政策への真摯な反省があるとは思えません。

先日指摘したように、小泉改革路線――やや教条的、パフォーマンス的な「小さな政府」路線は、すでに安倍政権で後退の色合いを見せていました。小泉政権の一枚看板だった郵政改革(郵政株式会社がこの10月に本格スタートしますが)は、特定郵便局温存などで公社時代の生田前総裁からも批判されるなど、色褪せてしまったことがその象徴でしょう。福田政権の国内政策が「バスに乗り遅れるな」式の派閥政治の延長線上で形成されるなら、この滔々たる「大きな政府」、つまりバラマキ政治回帰の流れは止めようがないのではないでしょうか。

手嶋  それは海外の投資家にはネガティブに映りますか。

阿部  ええ、海外には明らかに日本の後退と映ります。「大きな政府」への回帰は対日投資の自由度が狭まると見られかねません。サブプライムによる信用秩序の揺らぎで行き場のなくなったマネーが、日本を回避、あるいは日本株からの資金引き揚げという「キャピタル・フライト」(資本逃避)の動きになる恐れがあります。

小泉政権に対してアメリカの資本が好意的だったのは、小泉・ブッシュの個人的関係が親密だっただけでなく、「小さな政府」へようやく日本が動き出したと評価したからでした。安倍政権でもそれが継承されると思ったら、どうも改革に熱がないことが見えてきた。そして参院選で、格差是正など政治にやさしさを欠いていることが敗因とされた。後継の福田政権が小泉政権のように官製国家の利権構造に切り込むとは思えませんね。

手嶋  福田政権に小沢民主党はどう対抗しますか。

阿部  小沢民主党が公約で全農家への戸別所得補償を唱え、消費税増税も封印しているところを見ると、これまた「大きな政府」路線です。福田対小沢の対立軸がどう形成されるかはこれからですが、福田政権と小沢民主党は来るべき総選挙をにらんで、改革の痛みを和らげる「大きな政府」路線を競うことになるのではないでしょうか。

これは先ほども申し上げたように、海外の資本、これまで株価を下支えしてきた外国人投資家の対日投資熱を冷ますことになりかねません。安倍氏が残した価値観の日米共有への疑念は、福田政権では経済の面でしっぺ返しを食うことになる恐れがあります。

手嶋  思えば、安倍総理の祖父、岸信介氏は、日米安保条約の改定を代償に辞任、価値観の共有による同盟関係の礎を築いた人です。それが安倍総理によって幕引きを迎えました。レジームチェンジとは、祖父のつくったレジームを転換し、東アジアに新たな危機を招来してしまうことになりました。歴史とはなんと言う皮肉なものなのでしょう。

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政局が激動するなかで、ほとんど同時進行で掲載したこの対談、3日間のご精読ありがとうございました。月刊誌FACTAもこの激動に翻弄されました。それをインターネットでカバーする試みでしたが、いかがでしたでしょうか。9月20日発売のFACTA最新号では、安倍総理が政権を投げ出すに至った舞台裏を詳報しています。時間の制約のなかでどこまでFACTAが食い下がろうとしたか、ぜひご覧ください。

雑誌というメディアが締め切りから発送、発売までのタイムラグを免れ難いことは、週刊誌や月刊誌の最新号を見ればお分かりのことと思います。総理の辞任表明のあとに「総辞職は11月10日」という見出しを広告に載せた週刊誌もありました。同業だけに笑えません。そのハンディを少しでも補おうという試みでしたが、読者の方からは民主党ももっと論じてほしいという意見もいただきました。それらを参考に今後もこうした配信を続けたいと思います。最後に対談にご協力いただいた手嶋さんに感謝します。

(文責・編集長 阿部重夫)