阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2007年9月 5日 [ポリティクス]【緊急トーク 手嶋龍一×阿部重夫(下)】テロ特措法、小沢民主党のツッパリ

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安倍政権の弱体化で、参院で第一党の座を占めた小沢一郎民主党の攻勢は一段と強まりそうです。当面は11月に期限切れを迎えるテロ対策特別措置法の延長問題が与野党の攻防のヤマ場となりそうです。シーファー駐日大使はじめアメリカのブッシュ政権は、ワシントンで東京でと対日工作を本格化させています。大統領自身が8月30日、「日本が今後も前向きな影響力を保つことを望んでいる」と述べ、異例の形ながら延長へ強い期待感を表明しました。また来日したドイツのメルケル首相もEU側の意向を代表する形でテロ特別措置法の延長を求めています。

これに対して小沢代表は「アフガニスタンでの軍事行動は国連決議の裏づけがない」と延長に反対の姿勢を崩していません。この問題は単なる日本の政局を超えて、国際的な波紋を広げていますが、こうした小沢発言の背景となっている国連の集団安全保障と集団的自衛権をめぐる憲法問題を、FACTAトーク(手嶋×阿部)の対談で論じてみました。

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阿部 手嶋さんがFACTA9月号のコラム(手嶋龍一式Intelligence「『隠れゴーリスト』の鎧を捨てたオザワ」)で、小沢代表の日米同盟論を書いていますね。「日米同盟は対等なものであるべきだ」と従属的関係を批判した小沢代表は、しかし単純な反同盟派というわけではありません。

小沢氏が1993年に書いた『日本改造計画』では「自衛隊が国連待機軍として国連の要請に応じて出動し、国連の指揮下に入ることは、何ら憲法に違反しない」と論じています。従来の自民党の保守派は、憲法の解釈を変更することで、集団的自衛権の行使に踏み込み、日米の同盟関係を双務的なものにしようと論陣を張ってきました。小沢氏はそうした自民党保守派と明らかに一線を画しています。手嶋さんのコラムは、両者の違いを鮮明に描き出していました。

手嶋 今回の小沢発言の文脈を正確に読み取るには90年代前半に遡って検証しておかなければなりません。小沢一郎という政治家は、国連の安全保障に日本の自衛隊を委ねて国際貢献の義務を果たし、同時に日本の安全保障を確かなものにしていこうと提唱しました。当時こうした議論はかなり新鮮なものだったのですが、アメリカの戦略家たちの眼には、オザワは日米同盟から静かに離脱し、国連の安全保障に軸足を移そうとしていると映ったのでした。

阿部 FACTA9月号のコラムの末尾でも、手嶋さんは「日米同盟から国連の集団安全保障へ――。こうしたオザワの主張は、アメリカの戦略理論家たちの疑念を呼び覚まさずには置かなかった」と書いていますね。クリントン民主党政権にあって安全保障政策の立案に関わっていたジョセフ・ナイ、カート・キャンベル、エズラ・ボーゲル、それに共和党のリチャード・アーミテージらが一堂に集まって「オザワ問題」を検討する場に居合わせたことが幾度かあった、と。

手嶋 ええ、アメリカの疑念は、小沢氏が日米同盟派ではなく、国連の集団安全保障機能に拠ってたつ対米自立派ではないかというものでした。東アジアの安全保障に通じた戦略のプロフェッショナルたちは、オザワのなかに故ドゴール仏大統領のように対米自立を密かに模索する「隠れゴーリスト」の影がちらつくのを見逃さなかったのです。その疑念は今にいたるまで消えていないといっていい。

その小沢氏は、参議院選挙の勝利で10年ぶりに脚光を浴び、「隠れゴーリスト」の鎧すらかなぐり捨てようとしている―ブッシュ共和党政権の戦略家たちはそう見ています。小泉改革によって既得権益を失った人々の胸底に沈殿する反米ナショナリズム。小沢民主党はそれを揺さぶって政権奪取のテコにしようとしているのでしょう。テロ対策特別措置法こそ、政局の秋の主戦場となりつつあります。

阿部 手嶋さんも親しいマイク・モチヅキ教授(ジョージ・ワシントン大学)のダイアグラムに、縦軸に「対米自立―対米重視」、横軸に「大砲―バター」を置いて、日本の政治家を分類するモデルがありますね。そのなかで小沢氏は一見「対米重視」「大砲」派に属しているように見えながら、「重視」の裏で「自立」を志向しているのではないか。それが「隠れゴーリスト」の意味ですよね。

しかし小沢氏は手だれの政局至上主義者でもあります。アフガニスタン戦争に関わる海上自衛隊の派遣は、国連安保理の決議に基づいたものではないという論法で押して、法律の延長を葬り去ろうとしています。安易な妥協には応じないとみておいたほうがよさそうです。政府与党には果たしてどんな秘策があるのでしょうか。

手嶋 現状では新しい法律を今次の臨時国会で通すほかはないと考えはじめているようです。自民党や民主党の一部には、国連の安保理にロビー工作を繰り広げて、アフガニスタンでのテロとの戦いに改めてお墨付きを与えるため、新たな国連決議を採択してもらう案も出ているようです。日本の現政権が参議院で多数を失った空白を、新たな国連決議で埋めてもらうのはやはり邪道でしょう。政府・自民党は新法を国会に提出してインド洋での給油を継続できるよう淡々と勝負に出てはどうでしょう。

阿部 人道支援は現在も法律なしでやっていますが、野党側が求めるなら新法の一部に盛り込むことは可能です。政権を目指す民主党が日米関係を決定的に悪くすることを承知のうえで新法を葬り去る覚悟が果たしてあるでしょうか。

手嶋 この問題を精緻に見ていくために集団的自衛権をめぐる論点を簡潔に論じておきましょう。実はこの集団的自衛権の問題は政治改革の議論と似ているように思います。小選挙区制を導入すれば政策論議が盛んになり、政策本位の政治になるといわれました。ところが、結果的には中選挙区制の時代とさして代わり映えがしていないのが実情です。それと同じで、従来の内閣法制局の憲法解釈を見直して、集団的自衛権を認めれば、ほんとうに日米同盟は強化されるのでしょうか。

内閣法制局の憲法解釈にはかなり硬直的なものがあることは事実なのですが、本格的な集団的自衛権の行使に踏み込みさえすれば、日米同盟はより強固なものになるという保証はありません。6カ国協議をめぐって日米の外交スタンスは乖離しつつあり、日米同盟の空洞化は否めないのですが、集団的自衛権の行使がそれを食い止めてくれるわけではありません。より巨視的な検証が必要でしょう。

阿部 集団的自衛権をめぐる議論は、大きく2つのカテゴリーに分けてなされるべきです。まず第一は、アメリカが真珠湾を攻撃されるといった事態に、日本は同盟国としていかなる行動をとるのかです。日本という国家はむろん集団的自衛権を有しているのですが、従来の内閣法制局の見解では、それを敢えて行使しないというものでした。

手嶋 そうした憲法解釈を変えて日本のイージス艦隊を真珠湾に派遣して、集団的自衛権を行使するように改めるのか。それには従来の内閣法制局の見解を変える程度では十分とは言えないでしょう。徹底的な国民的な議論を深めていくべきです。その一方で安全保障の現場で、同盟国アメリカの理解を必ずしも得られない、あまりに硬直的な内閣法制局の見解も確かに存在していました。そうした憲法解釈を見直そうという声が出て、安倍内閣で検討が進められています。

阿部 安倍内閣が有識者を組織して進めている「4類型」と言われるものがそれですね。例えば朝鮮半島の封鎖を第7艦隊と一緒にやっていて、すぐ隣の第7艦隊の艦艇が攻撃された。日本の艦艇は黙って見過ごしていていいのかということになる。「内閣法制局長官が米艦を助けることはまかりならないと言っている」などと傍観すれば、日米の同盟関係は相当なダメージを受けることになります。

隣の家のお嬢ちゃんと一緒に夜道を歩いていたとします。このお嬢ちゃんが暴漢に襲われたときに、助ける義務がないからといって傍観していたら、地域社会の信用を瞬時に失ってしまいます。こういうケースまで、集団的自衛権の行使に当たるとして、行動を禁じていたのですが、ようやくその見直しが緒につきました。

手嶋 こうしたケースまで内閣法制局長官が解釈権を持っているのか、大いに疑問です。内閣法制局の設置法によれば「法制局長官は憲法解釈について総理に助言することができる」と定めていますが、憲法の解釈権を明文規定で内閣法制局に与えているわけではない。ところが実際は、冷戦期の国会の論戦では、野党側の攻勢にたじろいだ政権党が、きわどい答弁をプロフェッショナルの内閣法制局長官に頼り、その結果、平和憲法といわれるものをより厳格に解釈した政府見解が堆積していったのです。そして安全保障のリアリティから遠ざかっていったのです。

阿部 ブッシュ共和党政権が、イラクのサダム・フセイン政権に武力を行使するに際して、小泉内閣は一連の国連決議に逃げ込んでいきました。第1次湾岸戦争以来、フセイン政権が累次にわたって国連の決議に違反して大量破壊兵器の査察を阻害してきたことなどを挙げて、ブッシュ政権のイラクへの力の行使は正当だと立論しました。従って小泉内閣はアメリカの対イラク戦争を支持するというのが日本の論理でしたね。与党である公明党と創価学会の支持を取り付けなければならず、国連という「錦の御旗」に頼っていったのでしょう。十数年前の国連決議にのみ専ら頼ってイラク戦争を支持する論理構成を打ち立てた国は私の知る限り日本だけでしょう。

手嶋 やはりここは、日本が第三国から攻撃されたり、日本の周辺で安全保障が危機にさらされたりしたとき、同盟国であるアメリカが日本防衛に武力介入してくるのを担保しておくため、ここはアメリカの戦争を支持しておくか、理解を示しておくか、といった同盟に関わる国民的な議論を深めておくべきでした。小泉内閣は、外務省の条約官僚に安易に頼って国連決議に緊急避難していったというのが本当のところです。これでは同盟の議論は少しも深まりません。

 こんな国はほかにあるだろうかと、先日、コロンビア大学のジェラルド・カーティス教授にも確かめてみました。「聞いたことはありませんね」と。教授は「自分はイラク戦争に一貫して反対をしてきた。しかしながら、日米同盟の内情をよく知る者として、大義なきブッシュ大統領のイラク戦争を日本政府が支持をしたことは、正直に言えば、正しい選択だったと思う」と言っていました。それほどに同盟関係とは重層的で複雑なものなのです。それは夫婦関係にも似てまことに込み入っている。

阿部 夫婦関係のように込み入っているとすれば、集団的自衛権の行使を認めることが同盟という婚姻関係をさらに確かなものにするかどうか保証がないと手嶋さんは言うわけですね。確かに妻が愚痴を言い続けている深夜の帰宅を改め、日暮れ時に帰ってくるように悔い改めても、夫婦関係が円満になる確かな保証はありません。

手嶋 メディアの世界で並ぶもののないほど知的な阿部編集長の喩えとしては、いささか戸惑いますが、核心を衝いています(笑)。

阿部 そんな憲法解釈の変更の先に、憲法9条の改正問題があります。安倍総理が執念を燃やしていた改憲は参院選大敗で遠のきましたが、憲法9条改正について、アメリカは歓迎するのでしょうか。

手嶋 これまた核心に触れる鋭い質問ですね。きょうは冴えわたっている。先の4類型は行き過ぎた憲法解釈を是正するというケースですから、ひとまず横に置きましょう。占領軍が作った第9条に象徴される現行の日本国憲法を、アメリカが変えたほうがいいと本当に思っているのかどうかは大いに疑問だと思います。

ワシントの郊外には「バーニングツリー・カントリークラブ」があります。いまだに女性をメンバーとして認めない伝統的な大統領もメンバーになっているカントリークラブです。その暖炉の前で、大統領経験者とマクジョージ・バンディといった安全保障政策の司祭といわれる人々がブランデーを傾けながら談笑している。こんなときにアメリカのエスタブリッシュメントの本音が語られるのです。

アメリカの世界戦略の要は、ヨーロッパではドイツを、東アジアでは日本を、決して再び軍事大国としてたち現せてはならないことだ。とりわけその両国に独自の核を持たせては断じてならんのだ―。ワシントンのインテリジェンスをようやくすれば、これがアメリカの安全保障をめぐる共和、民主の政党を超えた一番奥深いところにある本音なのでしょう。

阿部 第2次大戦の戦後処理にまで遡るわけですね。考えてみれば、国連こそ第2次大戦の戦勝国がいまだに支配権をもつクラブだと見立てることもできますね。米・英・仏・ロ・中の5大戦勝国が、核保有国として、拒否権を備えた安保理の常任理事国として君臨しています。超大国アメリカからすれば、既得権益をがっちりと握りながら、影響力にかげりが出るような国連改革は受け入れられないというのが本音なのでしょう。欧州ではNATO(北大西洋条約機構)同盟によって、東アジアでは日米同盟によって、ドイツと日本の軍事的な台頭を抑え込んでいく。そこには二重の戦略がそれらの同盟体制に埋め込まれていたのですね。

手嶋 ええ、これについて「いや、そんなことはないはずだ」と考えている方は、最近機密指定が解除されたキッシンジャー・周恩来会見の記録をご覧になればいい。日本をどう扱うか、本音で話した部分は圧巻です。むろん当時の中国指導部をアメリカに引き寄せる政治的発言ではあるのですが、キッシンジャーは「日米安保体制そのものは日本の軍事化を阻む、つまり核武装を阻む最も重要な手段と心得られたい」とかの周恩来をひたひたと説得しにかかっています。これに対して周恩来も「そういうことであれば」と、無言のうちにアメリカ軍の日本駐留を黙認する場面があります。ここにアメリカの本音が顔を覗かせています。いまの政界で保守派の一部は、同盟国アメリカの意図を読み誤らないほうがいいと申し上げておきます。

阿部 多忙な執筆の合間を縫って3日間にわたって当座の重要課題を精力的に語っていただきありがとうございました。1日目からかなりの反響がありました。遠藤農水相の辞任直後でしたから、「どうしてこんなに早く」と驚きの声も聞こえました。ご協力、ありがとうございました。

FACTAでは第一線のライターと読者をつなぐトークの場「FACTAフォーラム」を近くスタートさせます。そこではこうした試みを節目ごとにやっていこうと思います。FACTAのサイトでご紹介申し上げますのでご期待ください。

(了)