阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2007年9月 3日 [ポリティクス]【緊急トーク 手嶋龍一×阿部重夫(上)】三度目の正直? 遠藤農水相辞任と安倍政権の命運

  • はてなブックマークに追加

7月29日の参議院選挙で自民・公明の与党が大敗を喫してからおよそ1カ月、8月27日に安倍政権は自民党三役から閣僚まで大幅に入れ替える改造人事を行いましたが、わずか1週間で遠藤武彦農水相が辞任に追い込まれる事態となりました。5月に自殺した松岡氏、8月に事実上更迭された赤城氏に続き、3カ月余で農水相が3人もスキャンダルで交代するという異常事態。党内外から上がった「仲良し官邸団」との批判に、この内閣改造は応えていたのか否か。そもそも有権者は安倍政権に何を突きつけていたのでしょうか。

参院選前にFACTAが主催してトークイベント(手嶋龍一×阿部重夫)を行い、参加者の方々から「トークイベントで明らかにされた隠れた争点とその後の情勢の読み方は、他のメディアでは接することができなかったものであり、選挙と改造後のフォローアップと検証をぜひ」という声が数多く寄せられました。こうした要望にお応えするため、参議院選挙で浮かび上がった真の争点を再考してみました。

*   *   *   *   *

阿部 参議院選大敗を受けて安倍政権は内閣改造を行いましたが、遠藤農水相辞任で出はなをくじかれましたね。

手嶋 安倍総理自身の「続投」については、まだ不満だと感じている層が多数を占めています。組閣直後の世論調査では、安倍改造内閣はからくもどん底からは抜けだしたと見る向きがあるようですが、あまり楽観できないでしょう。この内閣が本当に政権担当能力を備えているか、依然としてかなりの疑問があります。現に参院選大敗の原因のひとつ、政治とカネの火種はいまも燻り続けています。安倍改造内閣の遠藤武彦農相が組合長をつとめる農業共済組合が補助金を不正に受給していた問題が早くも表面化しました。遠藤新農相はとても難局を乗り切れないと判断したのでしょう。自ら辞任する意向を明らかにしました。民主党をはじめとする野党側は、自分たちが多数を占める参議院に問責決議案を提出する構えを早々と示したからです。閣僚を任命するに当たって背景にキズがないかどうかを検証する実力がないとすれば、政権の担当能力を疑われても仕方ありません。国民はいま、安倍政権が権力をどう行使するのか。言葉を替えて言えば、霞が関の官僚たちを統御しつつ、どんな関係を築こうとしているのかを息をひそめて見守っています。まさしく平成版の「官僚たちの夏」のドラマの幕があがっているのです。そんな重要な局面でまた閣僚が辞任に追い込まれたのですから改造内閣の先行きにも早くも暗雲が垂れ込めています。

阿部 内閣改造直後の世論調査では、安倍内閣の支持率が持ち直していました。ただ、新聞によってその持ち直しの度合いが違いましたね。反安倍色の強い朝日、毎日は30%台前半、親安倍の読売、日経では40%台前半でした。選挙前は最も安倍晋三総理の考え方に近いと言われた産経新聞ですら内閣支持率は29.1%と3割にも満たない水準でしたから、底入れにも見えたのですが、遠藤農水相と坂本外務政務官の辞任で、支持率はまた下がるでしょう。持ち直したのは、続投を批判した舛添氏を厚生労働相に起用したことを好感した「舛添効果」との指摘がありましたが、それも帳消しかもしれません。

選挙前の「FACTAトークイベント」では、第一次安倍内閣は要の人事に問題があると指摘しました。閣僚候補のチェックが甘かった理由のひとつは、官邸に情報があがってこないことでしたが、第一次安倍内閣では霞が関をコントロールする官房長官、官房副長官(事務)、自民党幹事長、総理秘書官(政務)の4ポストで機能不全を起こしていました。

今回の改造では官房長官と幹事長の2ポストが交代、官房副長官と総理秘書官が留任となりました。この一点だけ見ても、霞が関との“関係調整”はまだ半身と言えるでしょう。遠藤農水相の問題も与謝野官房長官が「知らなかった」と言っているように、やはりチェックが甘いからで、官邸いまだ機能せず、が証明されたと言えましょう。

手嶋 政権である以上、平時か危機かに関わらず、あらたに持ち上がってくる事態に政権チームとしてきちんと対応できる機能を備えていなければいけません。しかし、第一次安倍内閣はそのような機能を持ち合わせておらず、危機に的確に対応することができませんでした。言ってみれば、「危機対応能力の不全症候群」に罹っていることが、有権者の眼にはっきりと伝わってしまった。この点が問題の核心でした。

クライシスのマネジメントということでは、松岡農水大臣の死去もそうですし、もっと早い段階では社保庁の問題もそうです。微動地震が起きているのに、やがて襲ってくる巨大地震への想像力を欠いていたのです。まだ全体としては平時の部類に入る。だが、そこには他のものとは違う、政権の命運に直接関わってくる本質的な危機をはらんでいると察するインテリジェンス感覚に欠けていたわけです。これでは、危機の到来に先駆けていち早く手を打つことができない。その一方で、インテリジェンス機能を強化する必要を国民に説き、官房長官を中心に答申をまとめていたわけです。どこか山藤章二さんの作品のネタになりそうなブラックユーモアが漂っています。

「チーム・安倍」と呼ばれる官邸団の面々が、政権を守るための役割を担うことができなかった。どうにも動かなかったということなのですね。改造内閣の与謝野官房長官は、それを機能させることができるのでしょうか。阿部さんは金融ジャーナリストでもありますので、どう見ていますか。

阿部 小泉内閣で経済財政担当相をつとめたときは、総理の権力を盾に官僚を押し倒すように郵政改革を進めた前任の竹中平蔵氏よりも、ずっと「霞が関に理解がある」スタンスでした。官房長官就任後の会見でも、官僚敵視路線をとらない姿勢を表明していますし、秘書官に気心の知れた官僚を選ぶなど、“融和”的な路線をとろうとしています。

問題は、官邸内に残った安倍側近スタッフと、霞が関との融和を探りたい与謝野官房長官という二重トラック状態でしょう。前官房長官の「俺は聞いていない」病も困ったものでしたが、今度は総理側近と官房長官スタッフが足の引っ張り合いを始めたら、官邸の機能不全は重症になるばかりで、政権交代を早める恐れもなしとしません。

手嶋 安倍政権は危機管理能力だけでなく、政策でも国民との乖離が指摘されています。

阿部 選挙前の産経世論調査では、1番の争点が「年金問題」で、39%以上です。2番目が「格差」、3番目が「税制」、4番目が「政治とカネ」です。安倍首相が最も訴えたかった憲法改正が6.7%、教育改革が4.5%、公務員制度改革が4.3%と低い。上位にあるテーマがどちらかというと経済、下位にあるテーマが政治という傾向がくっきり現れました。

政治の問題で国民の信を問いたかったのに対し、経済の問題で信を問われたということだと思います。つまり、安倍政権がやろうとしていることと、国民が求めていることの間に相当なギャップがあり、それが支持率の低下に繋がったと思います。

社会保険庁の問題がクローズアップされ、5000万件の宙に浮いた年金記録が非常に大きな不安を国民に与えました。それに対して、安倍政権は迅速に調査することを訴えていますが、この問題には根本的な2つの側面があります。

1つは社会保険庁という組織がデータ管理をちゃんとやっていなかったことです。これは手嶋さんが言うような政権と官僚組織のトップの機能不全とは別に、現場でも機能不全が起こっていることを表しています。これは社会保険庁に限らず、国税庁や日銀、警察、地方自治体の問題でもあります。それまで日本の官僚機構を支えてきたノンキャリア(上級職資格のない公務員)が、小泉政権の5年間に郵政問題をはじめとして相当叩かれたことで、金属疲労を起こし始め、厭戦気分が横溢しているのでしょう。日本の社会を見えないところで上手に回してきた縁の下の力持ち達が、真面目にやることから引きつつあることを国民も感じていて、そこに不安を抱いているのだと思います。

もう1つは、少子高齢化へ向かう年金財政の帳尻が合わなくなる問題に対して、どの政党も政府も税負担を含めたその場しのぎでない解決策を出していないことを国民が分かってしまっていることです。単に名寄せのドジをやりましたということではなく、「あ、こういう形で事実上、踏み倒すのね」と。つまり、払ってもらえないという一番の不安を今回の年金問題が刺激してしまったのではないかと思います。

手嶋 安倍内閣は国民がそうした本質的な2つの問題に気づいているというインテリジェンス感覚を持っていなかったんだろうとおもいます。その圧倒的な気迫、問題の所在を直感でつかむ鋭利な直感、マーケットの集団知を象徴するような財布の意識――。そのどれをとっても、世界的な水準にあると私が尊敬してやまない「ナニワのおばちゃん」。彼女たちは安倍内閣が年金問題を打開する真の解を持っていないことにとうに気づいている節があるのですが。

阿部 そのとおり、安倍政権はその解は持ち合わせていません。竹中氏や中川秀直氏らが中心となって、安倍政権の経済政策として“上げ潮政策”を唱えました。経済成長によって国民の負担増はある程度カバーできるという非常に楽観的な見方なわけですが、これが政策かと言えば多少疑問符のところがあります。結果的に解になっていないというのが今回の非常に厳しい選挙結果に出ているのではないでしょうか。

また、争点の2番目に挙がった「格差」ですが、この問題は小泉政権から一貫してどんな世界にも格差があるという言い方でやりすごしてきました。実際は2001~02年頃の厳しい金融危機から日本が立ち直る過程で、労働規制の大幅な緩和を法改正で実現しているのです。企業は緊急避難的な措置として、ベースアップを抑えるだけでなく、非正規社員を大量に雇い入れる仕組みを整えました。それが偽装請負などの形で出ているわけですが、そこに生じた格差はあくまで緊急避難的なはずでした。しかし、景気が立ち直った後も緊急避難を解除していない。

当時は、中国やアジアとの競争力を維持するためには、労働条件が多少悪化してもしょうがないといったコンセンサスがありましたが、企業収益が立ち直った今なお、多くの個人には懐が豊かになったという実感がありません。安倍政権はポスターで「成長を実感に」と訴えていますが、実感するためにいったい何をやるかということがはっきりしません。

手嶋 いまの日本が抱えている経済、財政上の問題の核心が、これでようやく見えてきた気がします。次回は日本の政治指導部をめぐる意思決定のあり方について「FACTAフォーラム」流の検証を試みたいと思います。

(続く)