阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2007年4月20日 [書評]新帝国主義論

  • はてなブックマークに追加

本を読むとき、本文でなく、注から先に読むというへそ曲がりがいる。著者には気の毒だが、確かに注を見ると、著者の好みというか、何を読んでいるかが先に分かり、注だけで本体を想像してみるという楽しみがある。実際に本文を読んで、あたっていれば、めでたしめでたし、という他愛ない読書法である。

ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムに、この世に存在しない本の書評という形式で書かれた本があったと記憶する。あれと同じである。注の宇宙には、著者を裏から透視するX線のような怖さがある。で、手嶋龍一氏からすすめられた、エコノミストの武者隆司さん(ドイツ証券副会長兼CIO)の新著「新帝国主義論」にそれを試みてみた。

武者さんとは、日本エネルギー経済研究所の有識者懇談会でときどきご一緒する。年齢もほぼ似たり寄ったりだから、身びいきの書評を避けるには、こういう裏口入学のほうが面白いかもしれない。

しかし何といっても、そういう読み方をしてみたのは「新帝国主義」というタイトルである。対外収支の不均衡がいっこうに解消しないのに、なぜ世界は未曾有の好況に沸いているのか。既存のフレームワークでこれを説明しようとしたエコノミストは軒並み予測が外れっぱなし。クルーグマンしかり。この好況の将来展望として「インフレ説」「ドル危機説」「ゴルディロックス(ほどほど成長)説」が出ているが、いずれも外れか非論理的だ、と武者さんは見る。

そこで、この未曾有の好況の「謎」(コナンドラム)を解くのが、「地球帝国」という考え方だと武者さんは言うのだ。地球帝国? ダース・ベーダーじゃあるまいし。あるいは、アントニオ・ネグリの焼き直しか、と誰しも思う。マルクシズムの亡霊でないなら、この「地球帝国」とは何なのか。

われわれの世代の「帝国主義論」とは、レーニンかホブスンだった。その後、ロンドンに駐在したころ読んだ数々の大英「帝国主義」論は、グレート・ゲームの中央アジアから、セシル・ローズのローデシアまで、経済学というよりインテリジェンス戦の面白さに心を引かれた。大英博物館そばの古書屋でそういう本を買いあさったのが懐かしい。

さて、武者さんの本の注をみると、意外とオーソドックスで、ホブソン、マルクス、ローザ・ルクセンブルク、大塚久雄、そしてケインズの「一般理論」も出てくる。また、弊誌FACTAに掲載された北京大学教授の周其仁氏の論文「中国『設備過剰』の元凶」も、第5章の注に登場する(多謝!)。

ああ、武者さんは本気で「帝国主義」を論じているのだ。ただし、この帝国は「アメリカ帝国」ではない。資本の自己増殖衝動の賜物として、見えざる手によって生まれた地球規模の「帝国」なのだ。

だが、中国やインドなどの低賃金労働を源泉としている(武者さんはそれを「帝国所得」と呼ぶ)限り、これはやはり収奪であり、「共和国」ではなく「帝国」だという。しかし資本の意思以外にこの帝国に君臨するものはないのだという。

これはグローバルを「帝国」と見立てたグローバリズム論の一種と読むべきなのだろう。問題はそこから先である。クルーグマンのような悲観論は別としても、中国の低賃金はすでに限界が見え始めた。辺境から過去の帝国の瓦解は始まったが、この地球帝国のサステナビリティはどこまで続くのか。

その分析はこれからと思える。