阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2007年2月 1日 ラスプーチン2審判決(1)――死の飛躍

  • はてなブックマークに追加

背任と偽計業務妨害の罪に問われていた外務省の元主任分析官(休職中)、佐藤優被告の控訴審判決(高橋省吾裁判長)が1月31日、東京高裁刑事第五部で言い渡された。予想通りというべきか、嘆かわしいというべきか、佐藤被告の控訴は棄却された。

判決理由の全文はまだ入手していないが、とりあえず理由の要旨を手に入れて読んでみた。FACTAの昨年7月号(6月20日刊)の「佐藤ラスプーチンに『爆弾証人』」で、彼の上司だった東郷和彦元条約局長が証言台に立つことをスクープし、この裁判の盲点を指摘した経緯があるだけに、論評する権利と必要があると信じる。

一言で言えば、高橋裁判長は一審判決よりましとはいえ、先入観の罠から出ることができない“凡庸”な判決を下したと思う。

この裁判のポイントは、ロシアの内情に通じたイスラエルに食い込むため、ロシア情報の権威であるテルアビブ大学教授を2000年に日本に招待、その後に同大学主催の国際学会に日本の学者を派遣した費用3300万円を、外務省関連の国際機関、ロシア支援委員会から支出させたことが、検察の言う「背任」にあたるかどうか、だった。

背任であるためには、この支出が国際協定違反でなければならないが、当時の外務省条約局条約課の結論は「協定違反にあたらない」だったのに、検察側は「鈴木宗男(当時は内閣官房副長官)の圧力に屈して協定解釈を曲げた」というシナリオで通している。

外務省は捜査の過程でも1審、2審の公判でも、このシナリオを認めていない。支出の決裁に関わった東郷元局長も、国際協定などの有権解釈権は外務大臣―事務次官―条約局長―条約課長のラインに属し、それに沿って「協定違反にあたらない」と判断したのだから、背任は成立しないという論理だった。

2審判決は、この国家意志の分裂を十分に理解したとはいえない。東郷証言が「結局は協定に合致するという決裁をした条約局の有権的解釈がある以上それが正しく、違法になることはありえない旨繰り返し述べているにすぎない」「説得力ある根拠を提示てきていない」とされる理由を、以下のように決めつけているからだ。

「東郷は条約局長当時、本件協定の解釈に関する見解を記載したメモを条約課に回覧したところ、その見解が本件協定の文理を離れて、甚だ抽象的かつ恣意的な基準により支出対象を無限定に拡大することを許容するという、解釈論としておよそ説得力に欠けるものであったため、部下である条約課の職員からも無視されたことに照らすと、東郷の上記供述は、本件協定の解釈にあたって考慮に価する見解とはいえない」

これは理由の要旨だから、本文はもう少し精密な文章なのかもしれないが、いかにも粗雑なロジックである。問題は「照らして」にあると思う。ここでいうメモは一般論としての簡単なメモであり、この3300万円の支出をロシア支援委員会に支出させることの是非ではなかった。一般論に局内で疑義が呈されたからと言って、この個別の支出が協定違反と断ずるのは、明らかな飛躍である。

「照らして」はそのギャップを埋める強弁の措辞としか思えない。よほど1審判決を覆したくないという意志が働いたか、あるいはもとから高橋裁判長に論理的能力があったのかを疑わしめるに足る。この飛躍はまさにモルト・サルターレ(死の飛躍)であり、「考慮に価する見解とはいえない」のは判決のほうだと言っていい。

東京高裁って程度が低いなあ、というのが正直な感想だ。滑稽なくらいのアウト・オブ・ポイント。有権解釈権の細部になると、高橋判決はもっと馬脚をあらわす。それはあすまた書こう。