阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

  • 2007年11月26日高橋洋一「財投改革の経済学」のススメ2

    日本経済新聞の11月25日付朝刊書評欄に、以前このブログで紹介した高橋洋一氏の著作「財投改革の経済学」が載っていた。学術書の体裁をとっていて、出版社の東洋経済新報社も部数を期待していなかったと思うから、こういう形で評判になることは著者のためにも、また日本の政策立案者(ポリシー・メーカー)たちにとってもいいことだと思う。

    それにつけても、自民党の財政改革研究会(会長・与謝野馨前官房長官)が11月21日に発表した「中間とりまとめ案」はいささか大人げなかった。この手の中間報告には珍しく、敵意むきだしで「霞が関埋蔵金伝説」批判が書かれている。

  • 2007年11月19日12月号の編集後記

    FACTA最新号(12月号、11月20日発行)の編集後記を掲載します。フリー・コンテンツの公開は26日から。お楽しみに。

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    無人の野を歩んで、不安に耐えられる人はそう多くない。茫々と地の果てまで道もなく、案内もいない。響くのは自分の足音だけ。調査報道も似ている。6カ月前、山田洋行疑惑を初めて報じたときはそうだった。元専務や本社の写真すらない。リアリティーは文章の中だけだ。自ら掘り出すスキャンダルとは、がらんどうの無音室で声を発するようなものだった。

  • 2007年11月14日今度は「生命保険」でトークイベント

    7月の参院選直前、本誌コラムニストの手嶋龍一氏とトークイベントをしたのが好評でしたので、12月3日(月)に第2回を開きます。今度のテーマは生命保険。それもちょっとひねって「生命保険はネットで買えるか」――。

    「保険見直し本舗」なんてトランクスをはいて、亀田大毅を破ったボクシングのチャンプがいましたが、年金データ問題など公的年金の先行きに不安が広がるなかで、自分の生命保険も見直してみたいという人が増えています。

    そういうニーズに応える保険の販売方法として、インターネットで保険を売る試みが本格的に始まろうとしています。年末から年初にかけて2社が金融庁の認可を受けてスタートしそうなので、このタイミングで「ネット生保」の可能性を探る議論をしてみたい。

  • 2007年11月 8日覆水盆に返らず――出戻り小沢氏

    読者の方から大連立について数行でもコメントを、というご要望が寄せられました。

    実はTBSラジオの「大沢悠里のゆうゆうワイド」で、月曜から水曜まで3回、この問題でコメント、というか、まあ感想を問われまして、私見を披露しました。一言でいえば、ジャーナリズムの側も翻弄され、小沢氏の辞意撤回とその裏で進んでいた大連立構想を軽々しく批評するのには躊躇せざるをえません。

    こういうとき、あまり気のきいたこと、訳知り顔のことを言う人は、信じる気になれません。秦の王政(のちの始皇帝)に招かれた挙句に殺された吃りの貴公子、韓非の言葉を借りれば、「乱をもって治を攻むる者は亡び、邪をもって正を攻むる者は亡び、逆をもって順を攻むる者は亡ぶ」です。

  • 2007年11月 2日高橋洋一「財投改革の経済学」のススメ 1

    著者の名を見て、おや、と思った人は、相当な永田町・霞が関通である。彼は小泉・安倍政権の知恵袋だった財務省出身の官僚なのだ。だからこそ、安倍政権の崩壊直前、内閣府参事官の職を事実上追われる身となった。詳しくは、安倍晋三氏と同じ山口出身である元テレビ朝日政治部長の末延吉正氏(立命館大学客員教授)の手記「我が友・安倍晋三『苦悩の350日』」(月刊現代11月号)を参照。

    偶然とはいえ、その当人が一月も経たないうちに、自ら設計した「改革」の手の内を示す本を出版したのだから、これは手に取らずにはいられない。小泉・安倍政権の改革とは何だったか、凡百の駄本を読むより、当事者が書いたこの一冊を読めば、それで事足りるからである。

    本の帯に竹中平蔵・慶応大学教授の推薦の弁――「今後、公的金融システムに関する分析や政策論議において、本書は間違いなく改革の基本バイブルとなる」という言葉が載っているが、当然だろう。竹中氏が立て板に水で語る政策論は、高橋氏のアイデアによるところが多いからだ。

  • 2007年11月 1日田淵節也氏と青木昌彦氏

    1日から野村證券元会長の田淵節也氏の「私の履歴書」の連載が日経で始まった。取材等でお世話になった。思い出したのは、日経ビジネスで4回連載のインタビューを載せたことである。証券不祥事などで国会に呼ばれ、苦労したあとだったが、さまざまな苦悩を洗い流したような静かな表情が忘れられない。

    今回の履歴書でも、初回から食道がん手術2回、目の下の腫瘍に放射線治療したことを書いている。あのゆっくりした口調そのものの淡々とした文章だ。

    最後にお会いしたのは何年前だろうか。笹川平和財団の定期刊行物に田淵さん自身がインタビュアーになるコラムがあって、私がインタビュイーになるという、いつもとは逆の立場になった。日産ゴーン論などを語ったのが恥ずかしい。そのお礼に行ったのが最後で、ご病気とうかがって遠慮したままになっている。近況の写真が元気そうなので安堵した。