阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2006年12月20日 [ソニーの「沈黙」]もういちど「ソニー病」2――自覚なきデファクト

  • はてなブックマークに追加

このFACTAオンラインへのアクセスが急増している。日興コーディアルソニーの「フェリカ」のトピックスが原因のようだ。1年前を思い出す。あのときは想定外のアクセスが殺到して、サーバーが落ちてしまったが、さすがに今度は大丈夫だった。

雑誌最新号も届くころだし、ソニーの「フェリカ」論を本格的に書いていこう。

*   *   *   *   *

改札口でチョキチョキと鋏を鳴らす光景が消えてから久しい。JR東日本管内の改札口で、「スイカ」カードをぽんと置いてすっと通る――だれも不思議とは思わない。だが、あれが可能になるには、カードを認識し、残高を差し引くなど複数の作業を極めて短時間で行えなければならない。でないと、たちまち改札口で渋滞する。

それを可能にしたのは、ソニーの非接触型IC技術「フェリカ」である。が、世界を見渡せば、唯一というわけではない。非接触型IC技術にはタイプA、タイプB、タイプCとあってフェリカはタイプCなのだ。

それが電子マネーの「エディ」、さらにNTTドコモの「iD」などお財布ケータイに採用されたのは、ひとえにスイカの成功にあったと言える。JRの厳しい要求に耐えた技術なら大丈夫、という安心感が、これらさまざまな形態の電子マネーの「デファクト・スタンダード」(事実上の標準)としてフェリカが広がるきっかけになったと思える。

しかし、電子マネーという「貨幣」は「デファクト」でいいのだろうか。ここでいうデファクトとは、国家や中央銀行などの信用力の裏づけのある「標準」でなく、単に市場占有率の大きさで寡占により「標準」視されるにいたったものを言う。紙幣や旅券、政府管掌の規格などは前者であり、OS(基本ソフト)のウインドウズなどは後者だろう。

デファクトはあくまでも市場競争の結果だが、それが寡占によって社会のインフラ化した場合、マイクロソフトのように企業分割か、「標準」を維持するための負担に耐えるかの岐路にさらされることになる。マイクロソフトは反トラスト法を逃れ、デファクト維持を選んだ。それはこのガリバー企業に応分の負担を強いたのだ。

ウイルスやマルウエアの氾濫を放置できず、OSへの侵入や感染を防ぐため、「ビスタ」の開発に膨大な投資と人員と時間を割いた。リナックスのような集合知による改良でなく、高収益を維持するための囲い込み(ブラックボックス化)の改良である。いい教訓だろう。「デファクト」とはそういう歪みをもたらすのだ。

翻って「電子マネー」の規格もまた、ソニーのようにデファクトをめざすなら、応分の負担に耐えねばならない。フェリカの暗号が破られ、事実上の偽マネーの温床になることが証明されたら、それを防ぐための投資と人員と時間を割かねばならない。精巧な偽札が出回ったら、それを上回る精巧なすかしや印刷技術で対抗するのと同じである。

その永遠とも言えるイタチゴッコは、友人手嶋龍一氏の「ウルトラ・ダラー」取材のお手伝いをしていて、一端をうかがい見た経験がある。紙幣や貨幣の偽造は、国家の信用を損ない、社会を混乱させるという意味から、どこでも重罪視されている。北朝鮮の精巧な偽ドル紙幣が米国の安全保障を損なうものと重大視され、05年9月にマカオの銀行などその窓口の預金凍結で平壌を追い詰めたのは周知のことである。

ソニーにそれだけの覚悟があったとは思えない。「デファクト」のシェア拡大の一面だけ見ていて(収益は度外視していたが)、自ら「マネー」の発券業務を担っていることなど考えていなかったのだろう。フェリカの暗号が破られ、香港や中国のマフィアの餌食になる可能性の高い電子マネーに、自ら警告を出しもせず、回収さえしないのは、それ自体が罪ではないのか。