阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2006年8月28日 [メディア論]誰が駒鳥を殺した?――新聞没落論

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最新号のThe Economistのカバーストーリーが「誰が新聞を殺したか」(Who killed the Newspaper?)。マザーグースを知る人ならぴんとくる「誰が駒鳥を殺したか」(Who killed cock robin?)のもじりである。

Who killed Cock Robin?  (誰が駒鳥 殺したの?)

I, said the Sparrow,   (それは私、と雀がいった)

With my bow and arrow, (私の弓と矢で)

I killed Cock Robin.    (私が駒鳥を殺した)

葬送行進曲 を思わせてちょっと不気味だから、Ten Little Niggersなどマザーグースをタイトルにしたアガサ・クリスティーあたり、どこかで使ったような気がするが、今は思い出せない。しかし少女漫画好きの人なら、懐かしい「パタリロ!」(80年代からまだ続いている漫画界の「寅さん」)を思い出せばいい。「クックロビン音頭」ってあったでしょ。あのギャグ、実はThe Economist級のエスプリだったと思いますね。

さて、エコノミスト誌のカバーストーリーは、インターネットに客を奪われていよいよ構造不況業種入りしようとしている「新聞の死」の現状報告である。早々と飛び出してしまった私のような元記者からすれば、さほど目新しい事実が報告してあるわけではないが、その副題が「More media, less news」であり、崖っぷちで新聞を開いている人が、新聞を折った紙飛行機に乗って、パソコンのディスプレーに吸い込まれていく挿絵などを見ると、ああ、やっぱりという感慨ひとしおである。

何より罪悪感が心をかすめる。「誰が新聞を殺したか」――自分も「それは私」と答えなければならない雀の一羽かもしれないと思ってしまうのだ。先週、メルマガ臨時版を発信し、本誌読者限定で届けた予告スクープなどは、新聞がすでに「less news」のメディアに落ちぶれ、その死が近いことを証明したのかもしれない。だが、それは自慢でも何でもなく、新聞が前提としている「良識ある固定購読者」という基盤を突き崩すことかもしれないのだ。エコノミスト誌はこう書く。

メーンストリームの新聞の読者の嗜好調査が長く示してきた結果は、短編のストーリーやそれに関連したニュースが人々に好まれているというものだった。地方記事、スポーツ、娯楽、天気、そして交通情報である。「インターネットでは特に」とChisholm氏は言う。「人々は暮らしを補強するために眺めている」。国際報道の長文記事などは、読者の優先度が低いのだ――インターネットのおかげで、国際ニュースの見出しがほんの数瞬で一瞥できるようになったからなおさらである。

これは「グーグル・ニュース」のようなNews Aggregator(新聞のサイトを常時さらって最新ニュースを集めてくる検索ロボットのサイト)の隆盛で、外信の後光がすっかり薄れたことを示している。ヒズボラや地震など遠い海外のニュースは、ただのテレビかNews Aggregatorでちらっと一瞥するだけとなれば、新聞も手を抜く。カネもかかりリスクもある特派員の派遣より、ロイターなど通信社の配信でお茶を濁すのだ。なるほど低コスト化は実現できるだろうが、どの新聞も差がなくなり、News Aggregatorでは大同小異、ますます読者離れを招くという悪循環である。

しかも足元では、購読料に依存せず広告だけでコストを賄う「R25」のようなフリーペーパー(無料紙)に脅かされている。記者のプロに言わせれば「あんなものは記事ではない」が、世の読者は浅く、広く、身近で、タダ……を求めているのだ。それがネット時代に求められる新聞経営の要諦だとすれば、まったく夢がない。

「なあ、阿部クン、君ならどうすればいいと思う?」。さる新聞社の社長にそう聞かれた。心ある新聞の首脳はみな胸を痛めている。しかし、FACTAは新聞メディアを救済する「解」ではない。それにこんなちっぽけなブティック型のメディアでは、デパートのような巨大な新聞コングロマリットの経営と同断に論じられないこともある。

ただ、数百万から1千万部の総合紙型ビジネスモデルに明日はない。ブティック化と高級化への流れがいずれ強まると予想して、FACTAでそれを試みていると言える。エコノミスト誌も自らの経営が揺らぐとは考えていないせいか、リードに「(新聞の凋落は)懸念の理由にはなるが、パニックの理由にはならない」としている。

マザーグースの「誰が駒鳥を殺したか」は、初聯のあと葬列が延々と続く。「死ぬのを目撃した」のがハエ、「血を受けた」のが魚、「経帷子を縫う」のがカブトムシ、「墓穴を掘る」のがフクロウ、「牧師」がカラス、「付き人」がヒバリ、「松明役」がベニスズメ、「喪主」がハト、「柩かつぎ」がトビ、「棺おおいを捧げ持つ役」がミソサザイのつがい、「賛美歌を歌う」のがツグミ、「鐘を鳴らす」のが牛。そして、最後はこうだ。

All the birds of the air    (空行くすべての鳥たちは)

Fell a-sighing and a-sobbing, (ため息ついて啜り泣く)

When they heard the bell toll (鐘の音高く響き渡り)

For poor Cock Robin.     (哀れな駒鳥を弔って)

poor Newspaperも、すすり泣くだけではあまりに能がない。