阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2006年8月 4日 [メディア論]インタビュー:鳥越俊太郎氏(1)――オーマイニュースの勝算

  • はてなブックマークに追加

きょうから、「オーマイニュース」編集長に就任したジャーナリストの鳥越俊太郎氏とのインタビューを連載したい。「オーマイニュース」は韓国で生まれ、既存の新聞メディアの保守性を打破しようと、インターネットで市民記者を募集、専門記者と組み合わせるユニークな報道を定着させた。日本ではソフトバンクのバックアップのもとで、現在「開店準備中Blog」を開き、8月28日から正式にネット新聞としてオープンする。

鳥越氏とは個人的な縁がある。忘れもしない、1976年2月5日に米国の上院外交委員会で明るみに出たロッキード事件の報道合戦である。初めて相まみえて以来、ちょうど30年になるのだ。毎日新聞の「記者の目」に若き彼の写真が載っていたし、当時の私の写真も手元にある。ありきたりだが、若かったなあ、と言うほかない。

当時の彼は毎日新聞社会部記者、私は日本経済新聞社会部にいて、お互い国税庁記者クラブの応援に駆り出された身だった。鳥越氏はブラックジャックみたいに長い前髪をさっとかき上げて、国税記者クラブ常勤の田中正延記者の影武者のような行動をとっていた。坊やみたいな顔の私は事件取材のイロハも分からず、ただただ他社の先輩記者を恐れるばかり。いまは当時の記者のほとんどが第一線を退いている。

そのなかで、新聞から週刊誌(「サンデー毎日」)、そして今はテレビと舞台を移している鳥越氏が、今度はインターネットに挑戦すると聞いて、つくづくそのガッツに敬服した。ともに記者の青春をロッキードに捧げた世代として、ぜひ彼に聞いてみたいと思ったのだ。かつての事件記者の世界がほんとうにネットで復活できるのか。大衆社会を映して玉石混淆といわれ、ときに罵倒の嵐でサイトが「炎上」させられる怖いネットの空間で、昔気質の職人芸と正義感が通じるのかどうか。

2人の「ドンキホーテ」が忌憚なく語りあってみた。この対話は「オーマイニュース」のサイトとも連動するので、そちらも見てください。

*   *   *   *   *

阿部 お互いになかなか往生際悪く、まだジャーナリズムの第一線に一生懸命しがみついていようとしていますけど(笑)。「オーマイニュース」編集長を引き受けられたと聞いて、大変だろうなと思いつつ、一度ご本人にインターネットをどうお考えになっているのか、勝算はあるのか、をきちんと伺いたいなと思いました。

鳥越俊太郎氏鳥越 結論から言うと、正直言ってやってみなきゃ分かりません。韓国で「オーマイニュース」という成功例が一応ありますし、諸外国に幾つかネット新聞みたいなものがあるので、可能性は全くないわけではない。じゃあ日本で、果たしてどこまでそれが成功するかというと、すでに「JANJAN」とか「ライブドアPJ」もやっていますよね。しかし、それが日本の社会、政治、経済に本格的な影響力があるような形で存在しているかというと、必ずしもそうとは言えない。そういう意味じゃあ、活字とか、テレビの影響力とか、存在感に比べたらまだ弱いですよね。いわゆるネットメディア、ネット新聞というのが、日本で本格的に成功した例はないというのが正直なところだと思うんです。

阿部 僕自身もこの4月に自分の雑誌「FACTA」を創刊するにあたって、活字メディアだけでは限界があるので、じゃあ、サイトを開いてブログを始めるかとか、いろいろ試行錯誤しています。でも、いざやってみると、ネットと活字メディアは融合できそうでできないところがあって、なかなか難しい問題があります。

鳥越 そういう意味で言えば、我々が成功すれば、初めての成功例になるだろうと思って引き受けたんですよね。僕が今までやってきたメディアと全く違う。新聞記者から始めて週刊誌に行って、テレビに来て、ラジオをやって、インターネットもやっていたけど、いわゆるこういう形のインターネット新聞というのは初めてです。いろいろな難しいところもたくさんあるだろうけれども、可能性もあるなと思った。

これまでのメディアは、我々プロフェッショナルな訓練を経た記者が、それなりの人脈とか、日ごろ持っている情報源から何らかのニュースを拾って取材をして書いていくというものですよね。プロの集団、メディアと呼ばれるプロの集まりですよね。ここで得られた情報が、ニュースとして製品として加工されて、活字なり、テレビなり、形はいろいろ違いますけれども、一方通行的に大量に流される。それを受け手は受けとめる。

阿部 僕が雑誌を創刊したのは、なによりもまずニュース、つまりスクープを売る雑誌をつくりたいということでした。スクープは内部告発を除けば、プロフェッショナルな記者でないと取れない。「オーマイニュース」のように、ライターを市民から募ったら、内部告発以外にどうやってスクープを取るのでしょうか。そこが不思議でなりません。最後はメディアの本質は、どういうコンテンツをつくるのかの問題だと思います。

鳥越 従来のメディアの受け手は、一方通行のコンテンツに多少の反応はしてきました。投書したり、苦情を言ったり、ファックスだとか、メールを送るだとか、多少はね。しかし僕は現状を知っていますけど、情報を送った側はほとんど問題にしてないんですよね。、「ザ・スクープ」という番組をやっているときは、視聴者から来るメールやファックスを情報源とした番組を1本つくったこともありましたから、全然ゼロとは言いませんよ。言いませんが、大半はそんなに使えるものではないことが多いんですね。結局、自分たちでやらざるを得ないんで、一方通行になる。

そういうメディアの状況が20世紀まではずっと続いて、20世紀の終わりになってインターネットの世界が出現した。特にブロードバンド化、つまり大量の情報がインターネット上に流されるというテクノロジーの進歩があって、双方向に瞬間的に情報がどんどん行き交うという事態が起きている。あえて言えば、21世紀型のメディアの一つの可能性は、まさに双方向性にあるんで、今まで情報の受け手だった人が情報発信人にもなり得るというところだろうと思うんです。

(1/5:「責任ある参加と『炎上』」へつづく