阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2006年3月24日 [ハイエク]別の顔のハイエク1――ウィキペディアと市場

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私にとって、ネット空間とは何かという問題に先立って、市場空間とは何かが常に先にあった。そこで思い浮かぶのはオーストリア生まれの経済学者フリードリッヒ・A・ハイエク(1899~1992)である。価格メカニズムのことを「テレコミュニケーション・システム」と呼んだのは彼なのだ。今思えば奇妙な呼称である。しかし経済学の根幹を情報理論として組み換えたかに見える彼の試みは、「ウェブ進化論」や「はてな」のようなナイーヴすぎるネット信仰が跋扈する今、再読するに値すると思う。

自分の経験を語ろう。

英国にセジウィックという地名がある。ケンブリッジ大学の学部キャンパスがあるところで、モダンなコンクリート建築の校舎が並んでいる。学生や教師が暮らすカレッジ(学寮)の多くがレンガ造りや石造りの伝統的な建築なのに比べると、薄っぺらで趣がない。しかし、多少なりとも古生物に興味を持つ人なら、19世紀前半の地学者、アダム・セジウィック(1785~1873)の名をつけたことくらいすぐわかる。ウェールズで三葉虫の化石などを発掘、その地のローマ名から「カンブリア紀」と命名したのはセジウィックなのだ。ダーウィンの進化論はその素地の上に生まれた。

7年前の今ごろを思い出す。イースター休暇でセジウィックのキャンパスはひっそりしていた。当時、客員研究員の私が通っていたのは経済学部図書館である。「経済学原理」のアルフレッド・マーシャル(彼もケンブリッジ大学教授だった)の名を冠した割にはぱっとしない建物だったが、重厚で広大な中央図書館に足を伸ばすよりは手近で、気軽に経済学の本が借りられるので、数式だらけのアーヴィング・フィッシャー全集などはここで読んだものである。

生涯であんなに必死に本を読んだことはないが、メモをとりながらの一人ぼっちの読書は正直退屈だった。ブンヤの性癖か、ものを理解するには人の話でないとつまらない。で、ときどきカレッジをぶらつき、教官が開いている私的な勉強会をみつけてはのぞいてみた。そのひとつが経済学部講師(レクチャラー)トニー・ローソンの月曜勉強会だった。たまたまハイエクをテーマにしていたが、最初は何の議論かわからず面食らうばかりだった。

今も昔もジョン・メナード・ケインズの文体が好きな私は、その最大の批判者であるこの現代オーストリア学派の雄は、レーガンやサッチャーの偶像に祀りあげられたリバタリアン(自由主義者)、市場主義のイデオローグに過ぎないと思っていた。ベストセラー「隷従への道」の決めぜりふである「どんな種類の集産主義的体制にも共通している特徴とは、あらゆる学派の社会主義者がこれまで愛好してきた言い方をするなら、ある決定的な社会的目標に向けて社会全体の労働を計画的に組織化することだ、と言えるだろう」という言葉は、耳にたこができるほど聞かされたからだ。

が、ローソン勉強会で交わされていたハイエク論は、そうした「反共の哲人」像とはまるで毛色の違うものだった。彼の経済学の根幹に横たわるカントの超越論的実在論だの何だのチンプンカンプンだった。なるほど、ハイエクはケンブリッジの特別研究員(フェロー)となった哲学者ルートウィヒ・ウィトゲンシュタインと同じくウィーン生まれである。ナチスの圧迫を逃れてロンドンに渡り、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)でフォン・ミーゼスの衣鉢を継いだ。戦時中はLSEごと空襲を逃れてケンブリッジに疎開し、戦後の1950年代はシカゴ大学に在籍したのち、欧州に帰っている。

反ケインジアンとしてともに70年代にノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマンとは同僚だったはずだが、このいかにも出世志向のアメリカ系ユダヤ人とはどうも息があわなかったらしい。シカゴを去る1960年にハイエクは「自由の条件」を書いて面目を一新するのだが、リバタリアンの守護神としか見ない従来のハイエク像はその理論的な変貌を見落としてきたようだ。

ローソン勉強会で話題になっていたのは、ミュルダール賞を受賞したスティーブ・フリートウッド(現ランカスター大学講師)の「ハイエクのポリティカル・エコノミー」だった。読んでみたが難しくて辟易し、あらためて後期ハイエクの大著「法と立法と自由」を読まなければならなかった。それきり忘れていたが、いつだったかケインジアンの宮澤喜一元首相にインタビューした際、ハイエクの翻訳者、西山千明氏に言及されて、ケンブリッジでかいま見た「別のハイエク」のことが脳裏をかすめた。あのテレコミュニケーション・システム論は単なる市場万能論ではない。

たまたま昨年7月、シカゴ大学ロー・スクールの教授で「インターネットは民主主義の敵か」の著者であるキャス・サンスティーンのブログを読んで、その参加型百科事典ウィキペディアの創始者ジンボ・ウェールズが、「ウィキペディアに関する自分の考えはハイエクの価格理論が中心だ」と述べているのを知った。

ハイエクを理解せずにWikipediaを理解することも不可能ではないかもしれない。Wikipediaに対するわたし自身の理解が間違っているかも知れないから。しかしハイエクを理解せずに、Wikipediaに対するわたしの考えを理解することは不可能だ。

サンスティーンによれば、そうした見解はウェールズに限らない。彼はある判事のブログを引用している。

ブログは……知識とは人々の間に広く散在しており、それを集積する仕組みを作りだすことが社会の課題であるというハイエクの主張に対する鮮烈な実例といえる。ハイエクの著作、あるいは経済学者一般が注目する強力な仕組みは価格システム(市場)だが、もっとも新しい仕組みが「ブログ圏 (blogosphere)」だ。すでに400万のブログが存在している。インターネットは、ブロガーによって生みだされたアイデア、意見、事実や画像、報告や研究の即時的な集積(ゆえに訂正、洗練、増幅)を可能にする。

サンスティーン自身はこうした市場とブログ圏との安直なアナロジーに懐疑的で、CNetのローレンス・レッシグ・コラムへの寄稿でこう書いている。

ハイエクの大きな主張は、価格システムは広く分散した情報や好みを集約するというものだった。ハイエクはこれを「驚異」と呼んでいる。これまで情報を集約するその他の仕組みについて触れてきたが、Wikipediaから話を進めることは有益だろう。(中略)

Wikipediaはまさに分散情報の集約をおこなっている――それも驚くほどに。広い意味で、これは間違いなくハイエク的プロセスだ。だが Wikipediaと価格システムには少なくとも二つの違いがある。まず、Wikipediaは経済的インセンティブに基づいていない。人々は品物や金銭のために参加するのではないし、取引もない。次に、Wikipediaは基本的に「後手必勝」のルールで動いている。最後の編集者、すなわち一人の人間が大きな力を持つ。ところが価格システムでは、最後の購入者は普通大きな影響力を持つことはできない(中略)。つまりWikipediaは、分散した情報を独特の、比較的信頼性の低い方法で集約する点で価格システムと異なる。

ただし書きが二つ。1) いずれにしろWikipediaは機能する。すくなくともほとんどの部分では。 2) 価格システムも、ときに野火のように拡がる誤情報が暴騰・暴落を招くという意味では常に機能するとは言えない(だから行動経済学者が示したように、ハイエクはあまりに楽天的すぎたといえる)。

この論争は市場論とネット論の接点になりうる。そう思いませんか。