阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2006年3月17日 [アメリカ]アメリカ3――孫正義が青ざめる「何でもあり」

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携帯電話のことならこの人に聞け、というべき三田隆治君が久しぶりにオフィスに訪ねてきた。ダイエットしたのか、心なしか前回会ったときより痩せている。先日、ソフトバンクのボーダフォン日本部門買収交渉の報道があってから、彼の「ケータイAlternative」のブログサイトは果敢に買収反対論を展開、あちこちで評判になっていたのでさっそく聞いてみた。

「サイトの右肩で、アンケートをやってるだろ。ソフトバンクのボーダフォン買収、あなたは賛成?って。答えは、賛成、反対、どちらともいえない、わからないの4種類だけど、今のところ、どの回答が多いの?」

彼は困ったような表情を浮かべた。自身のブログであれだけ反対論を展開しても、「賛成」が多いのだという。へえ、そんなものかね。

「ええ、Jフォンが買収されてボーダフォンになって、不満を抱くユーザーがすごく増えたせいでしょうね。ボーダフォンの傘下より、ソフトバンク傘下になれば、少しはましになるかもしれないって期待値が、賛成って言わせるのかな」

ちょっぴり彼を慰めた。彼が指摘するような「寡占の弊害」ってなかなか大衆には理解されないものだ。市場経済の弊で、競争がなくなると価格が高止まりする。ユーザーがそれに気づくのはずっと遅れてからで、たいがいは後の祭りである。

マイクロソフトがいい例だろう。米司法省と連邦取引委員会がウォッチドッグとして睨みをきかせていたが、マイクロソフト分割に失敗してしまった(政治献金の鼻薬が効いた?)。おかげでパソコンの基本ソフト市場は、ソフト改良をさぼって巨額の収益をあげる「憎まれっ子世にはばかる」構図が定着したが、ユーザーは今ごろになって歯ぎしりしている。

「でも、ソフトバンクだって、トンビに油揚げをさらわれるかもしれないよ。KKRって強敵も登場したんだし」。驚いたことに、えっ? という顔をした。KKRは初耳らしい。ううむ、携帯の「ギーク」も金融の弱点を抱えていたのか。彼のサイトでボーダフォン日本部門買収の賛否に票を投じている人々も大半は携帯関連業界の人たちらしいので、彼らもKKRの正体をよく知らないのかもしれない。では、教えましょう。

KKRはプライベート・エクイティ・ファームと呼ばれる投資ファンドの一種で、私募で資金を集め、巨額のM&Aをやってのける投資銀行家、弁護士、公認会計士などを集めた頭脳集団である。KKRとはそのシニア・パートナーだった3人の頭文字で、正式には「コールバーグ・クラビス・ロバーツ&カンパニー」という。彼らの名を高からしめたのは、第一次バブル絶頂期の1988年にアメリカのたばこ・食品コングロマリット、RJRナビスコに敵対的買収(TOB)を仕掛け、250億ドル、2兆9000億円で仕留めたことだろう。この買収金額は今にいたるまで18年間、レコードホルダーである。詳しくは、日本でも翻訳され(邦題は「野蛮な訪問者」だが絶版?)、映画化もされたブライアン・バローらのThe Barbarian at the Gateをお読みください。

そのKKRが、ソフトバンクのボーダフォン日本部門買収に横ヤリを入れそうだというニュースは、3月12日付の英経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)が報じた。KKRとサーベラスを含む複数のプライベート・エクイティ・ファームが、ソフトバンクに対抗して買収提案を検討中だという。私もよく知っている同紙東京支局の中元三千代記者のほか、香港とロンドンの記者が協力して書いた記事である。

ちなみに、サーベラスは地獄の犬ケルベロスを社名にしているいわゆるハゲタカ・ファンドのひとつで、日本でもさまざまな企業再建のM&Aを手がけており、ダン・クエール元副大統領が会長をつとめていることでも有名だ。サーベラス系列の不動産会社が東京・南青山の地上げで広域暴力団関係者が絡んだ疑いがある、と書いた毎日新聞に対し、名誉毀損で100億円の賠償訴訟を起こしたコワモテのファンドでもある。

ソフトバンクの孫正義社長にとって、KKRとサーベラスの名は不吉な響きだろう。ウォール街に轟くKKRの勇名の前では、新興ソフトバンクの影は薄れてしまう。その資金調達力はソフトバンクの比ではない。また、ソフトバンクが2003年に手放したあおぞら銀行(旧日本債券信用銀行)株48%は1011億円でサーベラスに売却したのだから、なおさらよくない記憶が甦るはずである。しかも、FTが載せている「日本で活動的なアメリカの大型プライベート・エクイティ・グループ」(サーベラスだろう)の代表の言葉が不気味だ。

「われわれを含めて、多数(のプライベート・エクイティ・ファーム)が対抗買収提案をしようとしているようだ。こいつは完全に何でもあり(total free-for-all)だと思うよ」

どうする? 孫さん。買収先の資産を担保に買収資金を調達するLBO(レバレッジド・バイアウト)方式を考えているようだが、それでもシンジケート(協調融資団)を組む要となるみずほコーポレート銀行(旧日本興業銀行)には、ソフトバンクを蛇蝎のごとく嫌うNTTから水面下で圧力がかかっているという。KKRやサーベラスなどアメリカのファンドが束になって対抗ビッドを出してきたら、金融機関の後ろ盾の弱いソフトバンクでは歯が立たないだろう。強敵がせりあえば値もつりあがる。

しかも、何でもあり、は金額やファンドの組み合わせだけではない。06年3月期に230億-280億ポンド(5兆円前後)という巨額の資産評価損を計上するボーダフォンは業績も足踏みで、アルン・サルーンCEOに対する株主の圧力は強まるばかり。日本部門の売却も配当原資を確保するためとされており、KKRなどの生き馬の目を抜くファンド勢はその足元を見透かして、日本部門だけでなくボーダフォン・グループをまるごと買収する提案が飛びだすかもしれないという。

そうなったら、ソフトバンクなどお呼びでない。世界最大の携帯電話会社を一口で呑み込むには下手をすると20兆円は必要だからで、1兆5000億円から2兆円といわれる日本部門買収でさえソフトバンクにとっては大きな賭けなのだから、ひとケタ違ったら涙を飲まざるを得ないだろう。社内からも「買えないかもしれない」という声がちらほら聞えてくる。先日報じられたAT&Tによるベルサウス買収(750億ドル)が実現すれば、ナビスコ買収の記録がとうとう破られると言われたが、どっこい、KKRは一打逆転、レコードホルダーの座を守る気かもしれない。

それにしても88年のナビスコ買収は、バブルの終焉間近の「掉尾の一振」、いや、「最後の花火」だった。長く記録が破られなかったのは、LBOとはいえ負債の負担が重すぎたからだ。今また同じ役者が1ケタ上をめざすとすれば、これこそバブルの証明であり、その「終わりの始まり」の証明だろう。アメリカも伸びきっている。これをアメリカ流資本主義の強さなんてもてはやしてはならない。きっと恥をかく。