阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2006年1月 7日 [タルコフスキー]彼方のタルコフスキー2--雪の夜に会った前妻イリーナ

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週末にヒト・クローンの話も興ざめなので、タルコフスキーに話頭を転じよう。

「Russia」と表紙に書いてある13年前の3冊の取材ノート。それを見ていると、硬直したブレジネフ時代にふさわしくない詩的な映像を撮った映画監督タルコフスキーの作品の1シーン1シーンが、走馬灯のように脳裏をよぎる。

彼はほとんど私小説に近い「私映画」も撮った。それが「鏡」(Zerkalo, 1975)で、ここでも父アルセーニの詩を朗読させたのだ。脚本はタルコフスキーが書いたもので、母のマーリヤの人生をテーマにしているが、なんと実の母も登場させている。父は母と離婚していたが、映画ではその父に自作の詩を朗読させた。11回も録音やり直しを命じられた父は「息子が天才だなんて信じられなかったが、今は信じる」と脱帽した。タルコフスキーの執着は、映像のなかで「一族再会」を果たすことだったのだろうか。

彼自身も、すでに最初の妻イリーナ(イルマ)・ラウシュと別れていた。「惑星ソラリス」でナターリャ・ボンダルチュクが演じた亡き妻ハリーの暗い表情にも、それが投影されているに違いない。「鏡」でも美しい映像のそこここに破鏡の痛みが顔を見せる。父の朗読詩も「逢瀬、知りそめしころ」という題だ。ふたたび知人の試訳を紹介しよう。まず前半。

ぼくたちは逢瀬のひと時ひと時を
主顕節のように祝った
この世にただふたりだけ
きみは鳥の翼よりも勇ましく軽やかだった
階段を、めくるめいて
一段おきに駆けおりて
濡れたライラックを手にいれた
鏡のむこう側から

夜が訪れ、ぼくに愛がもたらされた
聖所の扉が開かれ
むきだしの身体が闇に光り
緩やかにかしいでいった。
めざめのとき、「幸多かれ」とつぶやいて
ぼくは気づいた その祝福の不遜さに
きみは眠っていた
紺碧の宇宙でその瞼に触れようと
ライラックはベッドからきみのほうへと身をのりだした
紺碧にふれられた瞼は静かで
その腕は温かい

映像の魔術。ここでは父子は相似形になる。詩の逢瀬にあらわれる裸身が、いつしか父アルセーニの恋人でなく、子アンドレイの恋人に入れ替わってしまう。温かく彼を抱く腕は、母なのか、妻なのか。映画は不思議な錯覚をもたらす。

前妻イリーナは女優で、タルコフスキーの作品で若き彼女を見ることができる。ナチス侵攻下のパルチザン少年兵を描いた「僕の村は戦場だった」の主人公の母、そして中世のイコン画家の苦悩を描く「アンドレイ・ルブーリョフ」では、タタール人に連れ去られていく白痴の少女を演じた。待ち構える陵辱と虐殺の運命を知らず、白衣をなびかせて馬に乗せられていったその無垢な笑顔が、なぜか忘れられない。

イリーナに会ってみたいと思った。

彼女は国立映画大学でタルコフスキーと同期だった。離婚後はひっそりと身をひいて、その後はどんな役を演じたのか、外国人には分からない。彼女は前夫の映画で永遠の生を得た。タルコフスキーがガンで死んで6年余の1993年冬、イリーナに連絡をとったら快くインタビューに応じてくれた。会う場所はモスクワ環状線外のサナトリウム、と指定された。

取材ノートを眺めて、ありありとその光景を思いだす。しんしんと雪の降る夜、白樺の木立に抱かれるようにレンガの館が点在していた。黄昏、真っ白の敷地に車を停め、通訳と館の扉をたたく。室内は暖炉の火がちらちら揺れていた。イリーナは思っていたより小柄で、当時は60歳前後だったが、美貌は衰えていなかった。今も存命だろうか。生きていれば70歳を超えたろう。

サナトリウムの暖炉の前に、映画大学の学友2人も一緒に待っていた。ひとりはタルコフスキーと一緒にモスフィルム芸術部長ミハイル・ロンムのもとで学んだ親友ユーリ・ファイト、もうひとりは当時モスクワに学びにきていたギリシャ人女性のマーリア・ベイコウだった。そのインタビューは、故旧談からいつしか失われた青春の回顧となり、さながらチェーホフの一場面だな、と思いながら耳を傾けた。

イリーナ「映画大学の生徒はあのころ少なかったわね。監督科に進む人が多くて、私のような俳優科はわずかでした」

マーリア「ええ、私は外国人として映画大学に入学したけど、最初に出会ったのはアンドレイ(・タルコフスキー)とイリーナだったの。彼は日本だけでなくギリシャにも興味を持っていて、いろいろな話をしたわ。古代ギリシャから現代のギリシャまで。おかげでだいぶロシア語が上達したのよ。1年生から3年生まで映画制作を一緒にした。私は学生生活と同時に、ギリシャ向け放送のアナウンサーもしていて、夜遅くなると彼が出迎えてくれた。イリーナが好きになっていて、どうしても結婚したいって言ってたわ」

――大学で彼はどう評価されていたんでしょう。

マーリア「多くの教授は彼に複雑な感情を抱いていました。でも、ロンム先生は彼が天才とわかっていて、才能の成長を助けたと思うわ」

イリーナが華やかな笑みを浮かべた。いまも花がある。

この続きは稿を改めよう。連休なのでブログは日月と休み、火曜から再開します。