阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2006年1月 6日 [ネット愛国主義]ネット愛国主義の胚4――日韓の不幸な「うり二つ」

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お奨めした日本医大講師、澤倫太郎氏の論文ではっとさせられたのは「不思議なデジャヴュ(既視感)」のくだりである。

「人間複製」への倫理的な反発が高まって、クローン人間を実験段階から規制しようという動きが、日韓ともほぼ同時期に始まった。いずれもよじれていった経過が「うり二つ」だというのだ。反韓、反日ナショナリストには気の毒だが、紆余曲折のあげくの尻切れトンボはなぜか日韓ともよく似ていて、同じ穴のムジナと言われかねない。

規制論議のきっかけは、もちろん1996年に英国の研究所が誕生させたクローン羊「ドリー」にある。その技術がヒトに応用されるのは時間の問題とされるなかで、功名心からクローン人間の開発競争が始まる恐れが強まり、宗教界や西欧先進国政府を中心に先手を打った規制をかけようとの声が高まった。

覚えているだろうか。2002年、イタリアの不妊治療医セヴェリノ・アンティノリが「近くクローンベビーが生まれる」と発表、つづいてカルト教団ラエリアンが「クローンベビーを誕生させた」と発表して大騒ぎになったことを。真偽は別として、恐れていた事態が目前に迫ってきたのである。ローマ法王庁もザ・タイムズなど保守系紙も「ヒトラーの真似事」「ナチスの狂った計画」などと一斉に非難の声をあげた。

しかし、このイタリア人医師の評判は、もとから芳しくなかった。先には62歳の老女に妊娠させたと発表して世間をあっと言わせたり、1999年には無精子症の男性の精嚢から精子のもとになる細胞を取り出し、それをネズミの精嚢に移植して精子に育て、体外受精させて赤ん坊が生まれたと発表したりした“お騒がせ人間”である。

このときは「借り腹」でなく「レンタル精嚢」、それも相手がネズミというグロテスクな組み合わせだったが、鳥取大学のニコラオス・ソフィキティス講師が協力、日本人を含む4人の男性が成功したという。ただ「患者の秘密」をたてに身元など一切を明かさず、その実在を疑われて単なる売名行為ではないかとうわさされた。

ラエリアンのほうは、フランス人教祖がUFOの異星人と遭遇してできたというトンデモ教団である。「人類は2万5000年前にこの異星人のクローン技術によって誕生した」と主張、2000年に本部のあるスイスでクローン人間をつくると発表した。日本では教団の関連会社クローンエイド社が2003年1月までに女児2人、男児1人の計3人のクローンベビーを誕生させたというが、DNA鑑定に応じておらず、専門家は立証不能としている。

このクローンエイド社は韓国にも支部があって、こちらは2002年7月に「半年後に韓国でクローン人間が生まれる」と発表した。韓国政府はすでに科学技術部(日本の文部科学省)が有識者懇談会を設けて「生命倫理基本法骨子案」を諮問しており、同年9月には国会に法案を提出しようとしていた。ラエリアンのスポークスマンは、韓国でクローン人間が法律によって禁止されれば「代理母は出国する」と海外での出産を示唆した。

が、この法案はもめた。澤論文によると、科学技術部に対抗して保険福祉部(厚生労働省に相当)が、人間の複製禁止や幹細胞研究に限定せず、「胚の管理体制に加え、配偶子の売買禁止や、遺伝情報の取り扱いにまで及ぶ統一法」をめざして、「生命倫理安全法案」の策定をめざしたという。霞が関でもよくある官庁間の縄張り争いだけでなく、バイオテク振興政策とのジレンマが科学技術部と保険福祉部のすりあわせを困難にした。

日本で何度も骨抜きにされた環境規制や、独占禁止法強化と構図は同じである。産業振興のかけ声の前に、こうした規制はオジャマムシ扱いされる。全斗煥政権時代の1984年に制定された生命工学育成法はその後何度も改正されて現在に及んでおり、韓国のバイオ振興の息は長い。金泳三政権時代の1994年には「バイオテク2000生命工学育成基本計画」が定まり、累計16兆ウォン以上の資金を投じてきた。ナノテク、ITと並ぶ21世紀韓国の中核テクノロジーとして「バイオテク」は国策産業の使命を負わされていたのだ。

結局、科学技術部と保険福祉部の角逐は決着を見ず、内閣府にあたる国務調整室で法案を一本化して2003年末に生命倫理安全法が成立、05年から施行された。ところが、「振興」と「規制」の矛盾のもとで、黄禹錫(ファン・ウソク)教授のスキャンダルが発生したのだ。朝鮮日報などの報道によると、黄教授は1年間で900という多数の卵子をつかったと言われ、卵子売買によって調達したとしか考えられない。売買を禁じた新法が事実上空洞化していたのではないか。

「民族の英雄」の黄教授は湯水のようにカネが使えた。政府や地方自治体の「公式」的援助が658億ウォン、農協中央会や大韓航空などの企業賛助金をあわせ700億ウォンを超え、単一の研究グループとしては歴代最高のカネが投入されていた。05年10月19日には、黄教授のためと言っていい研究治療施設「世界幹細胞ハブ」がソウル大学内に設立されたばかりである。すべては国家戦略としてバイオ振興政策があったからである。

国策の過大なプレッシャーで教授がデータ捏造に走ったのだとしても、国家もまた後戻りできない地点にいた。教授を守ろうと国家情報院が「口止め料」を出したとしても、それはやはり「国家ぐるみ」だったと考えるほかない。だが、それは韓国だけの事情だろうか。澤講師が指摘する「不思議なデジャヴュ」とは、日本でも韓国と同じく省間対立が起きたことである。文部科学省生命倫理安全対策室がクローン技術規制の法制化をめざし、厚生労働省も「非配偶者間の精子・卵子を用いた生命補助医療に関する規正法案」を立案、両省とも一歩も譲らなかった。ここでもバイオ「振興」と「規制」は相容れなかったのだ。

そこまで構図が同じだとすれば、「振興」を名目に巨額の助成金をむさぼる「日本の黄禹錫」がいたっておかしくない。いや、いるのだ。黄教授の先行形態ともいうべき論文捏造が東京大学で起きているのだ。分野も同じバイオで、こちらは遺伝子制御である。

東大の調査委員会(松本洋一郎教授)は05年9月13日、東大大学院工学系研究科の多比良和誠教授とその助手が、遺伝子の働きを制御する「RNA干渉」と呼ばれる分野で英科学誌ネイチャーなどに発表した4論文は「実験データ偽造の疑いがある」と発表した。

黄疑惑を笑う日本の反韓ナショナリストにはお気の毒だが、驚くほど日韓スキャンダルは似ている。新しい格言ができそうだ。人を笑わば穴二つ――。

そのRNA干渉スキャンダルは連休明けに。