阿部重夫発行人ブログ「最後から2番目の真実」

  • 2006年12月31日アッラー・アクバルと「凡庸なる善」

    サッダーム・フセインが処刑された。あの暗い冬のバグダードに取材で行ってから10年、何がしかの感慨はある。しかし処刑直前のサッダームを撮った映像には吐き気を催した。

    髭の白いサッダームは、黒いバラックラーバ帽で顔を隠した看守たちに囲まれていた。刑執行後の報復を恐れてだろう。白と黒の対照。サッダームは毅然としていた。それだけでも「殉教」に見えてしまうのに、カメラは何も気づかない。しかも奇妙なことに、この光景にデジャヴ(既視)を感じた。

  • 2006年12月29日藤原伊織の「ダナエ」――何物をも喪失せず

    本が家に届いた。1月に店頭に並ぶという彼の最新作品集「ダナエ」(文藝春秋刊、1238円+税)である。彼に約束した書評をここで書こう。

    目を皿にして読んだ。一言で評するとしたら、何と呼ぶべきか。

    今生の。

    あとの言葉がみつからない。淀みなく流れるストーリーの語り口はいつものように巧みで、ああ、プロなのだなあと感心するばかりだ。でも、措辞のひとつひとつ、レトリックや描写、その裏に透けて見える作者の心の襞を追っていくうちに、繊細に組み立てられた「謎解き」の裏にあるものを思わずにはいられない。

  • 2006年12月28日もういちど「ソニー病」5――フェリカと紀香

    「夕刊フジ」の編集者は不思議な感覚を持っているらしい。「フェリカ」と「紀香」という奇妙な韻(駄洒落?)を踏んだ紙面には仰天した。

    12月27日(木)発売の同紙AB統合版のアタマでは、黒べた白ぬきの「電子マネー 極秘情報流出」という大きな見出しが躍っている。この「電子マネー」とは、FACTA最新号が「暗号が破られた」と報じた非接触型IC技術「フェリカ」のことである。書いてあることの大筋は、弊誌の記事とこのブログの後追いと思える。

    目鯨をたててもしようがないが、このフェリカのニュースとからみあうように、前夜婚約会見をした藤原紀香の大きく胸のあいたドレス姿の写真が載っているのはなぜか。アイキャッチにしても「東スポ」的なシュールな組み合わせである。思わず笑ってしまった。立場は違うが、ソニーの方々もさぞかしぎょっとしたろう。

  • 2006年12月27日「トヨタ・フォード」スクープが実証されました

    本日(27日)の日本経済新聞朝刊は、トヨタとフォードのトップが「提携を模索するため」会談したと報じた。トップとはトヨタの張富士夫会長と、フォードのアラン・ムラーリー社長である。先週、都内で会談し、かつてフォード傘下のマツダ社長をつとめたフォードのマーク・フィールズ副社長も同席したという。

    この報道に対し、トヨタ広報は書面のニュースリリースは出していないが、問い合わせに対し以下のように口頭で説明している。

    「トヨタは日ごろから他社のトップとはお会いしている。張とフォードのムラーリーCEOが会って、ご挨拶したことは事実。いつ、どこで会い、誰が同席したのか、どのような内容だったか等の詳細は答えられない」

    FACTAの愛読者はお忘れではないでしょう。「トヨタが『フォード支援』提案」というスクープは、11月17日にFACTAオンラインのメルマガ読者に要点を特報し、その本文は本誌12月号(11月20日発売)に掲載しました。あまりに突出したスクープだったため、当時はどこも追いかけませんでしたが、ようやく日経が追いついてくれました。トヨタおよび日経からの「お歳暮」として有り難く頂戴し、お礼申し上げます。

  • 2006年12月24日暗闇のスキャナーと犬死

    P・K・ディックがまた映画化された。「スキャナー・ダークリー」(厳密に訳すと「朧なスキャナー」。最初の邦訳であるサンリオ版が「暗闇のスキャナー」と題したのでそれを踏襲する)である。「ブレードランナー」から「マイノリティー・レポート」まで、ディックの映画化はことごとく原作の冒瀆ないしは改悪だったけれど、この映画化はこれまでになく原作に忠実だった。

    ということは、70年代の饒舌と退屈、難解と通俗、悲痛と滑稽が入り混じっているということだ。あの時代を知らない世代に、この苛烈なユーモアはまず伝わらない。キアヌ・リーブスの名に釣られてきた女の子の観客が、「ぜーんぜん分かんない」とロビーでつぶやいていた。

    彼らがいま原作を読めば驚くだろう。イトーヨーカ堂に買収される前の「セブン・イレブン」が冒頭で出てくる。ジャンキーが油虫にたかられる強迫観念にとり憑かれ、殺虫スプレー缶を買いに駆け込むのがセブン・イレブンなのだ。この妙な生々しさが、ディックの身上だと言える。

  • 2006年12月23日たまには心を洗われる話題

    連日、ソニーと応酬していると気分が暗くなる。クリスマスも近いし、きょうくらい気分を変えよう。

    FACTA最新号の追悼録「ひとつの人生」は、漢字学者の白川静先生である。

    生前の先生に親昵していた編集者、西川照子さん(エディシオン・アルシーヴ主宰)にご寄稿いただいたが、悼むということがどれほどの深い悲しみと温かさを要するかを示す、出色のObituaryだと思う。いかなる新聞や雑誌の追悼記も書けなかった内容で、先生の人柄と学問をまざまざと示す名文だった。

    本誌を手にとられた方はぜひご一読を。

  • 2006年12月22日もういちど「ソニー病」4――屁のつっぱり

    弱った魚は目で分かる。ソニーは非接触型ICカード「フェリカ(FeliCa)」のセキュリティについて、コメントを発表した。

    感想の1/なんだか弱々しい否定である。弊誌はもちろん掲載前にソニーに取材し、彼らの言い分も載せている。だからなのか、わが社には何の反論も来ていない。

    感想の2/このコメントは日経プレスリリースで読めるが、ソニーグループのサイトの「プレスリリース」の項ではなぜか見当たらない。新聞社用で、他には見せたくないコメントなのでしょうか。ここらも何だか姑息。

  • 2006年12月21日もういちど「ソニー病」3――太鼓もちメディア

    ITMediaはソニーの太鼓もちかね。

    12月20日20時28分配信の「Felicaの暗号が破られた?――ソニーは完全否定」という記事を書いた記者は、ソニーの言い分を鵜呑みにしただけである。

    当方には電話で数分聞くだけの手抜きで、それでもって記事をすぐ書いてしまう厚顔無恥が信じられない。メディアがメディアに取材して、「本当ですか?」とか、「ソニーは否定していますが」とか聞いてどうするのかね。愚問である。こういうのを御用聞き記者という。魂胆が透けて見えるから、こちらも手の内は明かさない。それだけのことだ。

  • 2006年12月20日もういちど「ソニー病」2――自覚なきデファクト

  • 2006年12月19日日興コーディアル“粉飾”暴露の殊勲

    18日晩は、六本木のエーライフでデメ研(デジタルメディア研究会)の忘年会と、小生の出版記念会を兼ねてパーティーが開かれました。師走の忙しいなか、出席していただいた方々に改めて御礼申し上げます。

    お祝いに、ポルトガル語の歌2曲と山口百恵の歌一曲というメニューで、素敵な歌をご披露してくださった槇さん、美恵子さん、伴奏の梶原さんに心よりお礼申し上げます。

    会場にはさまざまな方がお見えになりました。日経時代の社会部の先輩、石田久雄さんとも久しぶりに再会、風格のある髭を生やしていました。

    出席できない代わりに、とお祝いの品をいただいた方々には恐縮のほかありません。ほかにもお顔をお見かけしながら、十分にお話できなかった方々にお詫び申し上げます。

    余人は知らず、私にとっては忘れられない一夜になりました。

  • 2006年12月18日もういちど「ソニー病」1――1年たってもビョーキ

    このブログ「最後から2番目の真実」がスタートからもう1年たった。

    忘れもしない。05年12月、ソニーのウォークマン「Aシリーズ」のお粗末と、ソニーBMGのCDスパイウェア事件から始まったのだ。爆発的なアクセス数で、サーバーの容量を超過、数日で落ちかけるという事態になり、正直、背筋が寒くなった。

    別にソニー専門ブログをめざしたわけではなかったのだが、1カ月ほどはその続報で次々と埋めていった。でも、自分でやってみてブログという負荷がかえって自分を縛ることに気づいた。ソニー批判専門と見られては困るので、かえってソニーを扱いにくくなったのである。

  • 2006年12月17日しらふのテレビ出演

    土曜はBS朝日に呼ばれて、年末放映の「ニュースにだまされるな!」という討論番組の収録に参加した。

    司会は遥洋子さんというタレント兼作家。その相方は慶応大学の金子勝教授。あとは立教大学のアンドリュー・デウィット教授、経済ジャーナリストの萩原博子、法政大学の杉田敦教授、東京大学の石田英敬教授という顔ぶれで、ちょっと小生は場違いかなという感じでした。

  • 2006年12月14日12月18日に「有らざらん」出版記念パーティ

    ときどき聞かれます。「『有らざらん 壱』は本屋に置いていないのですか」と。

    大手出版取次を通していないので、「アマゾン」にアクセスしてご購入していただくのが早道です。

    また、「オンブック」のサイトでも他の書籍とともに紹介されていますので、こちらもご覧ください(アマゾンへもリンクしています)。

    さて、忙しさにとり紛れているうちにもう年の瀬。忘年会シーズンだが、オンブックとデジタルメディア研究会(デメ研)の忘年会に便乗して、出版記念パーティも一緒にやらせてもらうことにしました。

    もし、じかに本を買いたい、とか、筆者がどんな顔をしているか見てみたい、という奇特な人がいらしたら、ぜひどうぞ。ディスコ・フロアごとカラオケボックスみたいに貸している広い会場なので、「有らざらん」も含めたオンブック刊行本の販売コーナーもできると思います。

  • 2006年12月13日インタビュー:池田信夫氏(5)電話代はタダになる

    池田信夫氏のインタビューの最終回を掲載します。ムーアの法則に逆らう「ボッタクリ」が携帯電話料金の本質。その手品が通用しなくなったとき、通信キャリアの利益構造はがたがたになります。すでに海外では、料金の高止まりを突き崩すFONのような企業が登場してきました。

  • 2006年12月12日インタビュー:池田信夫氏(4)時代錯誤のNGN

    池田信夫氏のインタビューの第4回を掲載します。今回は「次世代ネットワーキング」がテーマ。この12月からNTTの実験サービスが始まりますが、まだ世間では9月から頻発するひかり電話の不通(輻輳)と裏腹の問題であることが理解されていない。電話交換機にあたる部分をすべてSIPサーバと呼ばれるコンピューターに切り替えようとしているのですが、池田氏はそこに隠された矛盾を突いています。

  • 2006年12月11日FACTA、ヤフーと提携し記事提供――権力ほど面白い娯楽はない

    FACTAは国内最大のポータルサイト「ヤフー」と提携し、本誌掲載の最新政治記事の一部を提供することになりました。12月7日からヤフーの「みんなの政治」に掲載が始まり、誰でも無料でご覧になることができます。

    FACTAは「プリントとウェブの二刀流」のメディアとして、月刊の雑誌媒体と、インターネットの「FACTAオンライン」の両方で、もっとも高度なジャーナリズムを追求しています。

  • 2006年12月11日インタビュー:池田信夫氏(3)通信と放送の未来

    池田信夫氏のインタビュー第3回を掲載します。今回は空洞化しているテレビ局に、放送と通信の融合なんて語る資格も力もなくなってきたと、1対多の放送と、多対多の通信がどう仕切りわけすべきかをうかがいました。

  • 2006年12月10日畏友からの「有らざらん」評

    大学時代の友人から手紙が届いた。「有らざらん」を評していただいた。私信だが、心励まされたので、ここに載せる。お世辞ぬきに、いい文章だと思う。

  • 2006年12月 8日インタビュー:池田信夫氏(2)「第2東京タワー」は全くムダ

    昨日に引き続き、経済学者の池田信夫氏のインタビューを掲載します。

  • 2006年12月 7日インタビュー:池田信夫氏(1)「先祖返り」するNHK

    久しぶりに「メディア論」をテーマにしたインタビューを連載する。登場していただくのは、経済学者の池田信夫氏です。池田氏はNHKで報道番組の制作などに携わり、93年に退職。その後は論客として通信問題を中心に幅広く活躍している。

    総務省の電波再配分論やNHKへの放送命令など、通信と放送を取り巻く環境は騒がしい。ライブドアや楽天に端を発した放送局の買収騒動もいまだ決着はついていない。この状況をNHK出身の池田氏はどう見ているのか。今回はメディア論から少し枠を広げて、通信と放送の本質まで切り込んだ。

  • 2006年12月 6日許し難い会社2――投稿

    ネットに詳しい知人から連絡があった。先日このブログに書いたB-CAS記事に対して、2chに投稿があったらしい。

    それによると、B-CASは最近まで自社サイトに会社の代表番号どころか所在地も載せていなかったようだ。それが、総務省の情報通信審議会で「地上デジタル放送の利活用の在り方と普及に向けて行政の果たすべき役割(PDF)」と題したパブリックコメントが出された10月6日直後に改変されたのだという。パブリックコメントの中にB-CASのウェブサイトにおける情報開示の姿勢を批判する文面があったからだ。

  • 2006年12月 4日気晴らし

    週末は気晴らしに、公開早々の「007」を観に行った。笑うなかれ、寅さん映画や鬼平や水戸黄門と同じである。毎度おなじみのストーリー(不死身の主人公のアクションと誘惑シーン)だが、もう陳腐とは感じない。出来の良し悪しに一喜一憂しないぶんだけ、映画館の暗闇に心を休めていいられる。

    そういう見方をするようになったのは、ロンドン駐在のときに007を見てからだ。ハリウッドの向こうを張って英国の意地を見せる映画のせいか、観客席のロンドンっ子はいちいち拍手して、どっと沸く。ボンドと一体になってハラハラドキドキ。あたかも高倉健の任侠映画に「健さん、後ろが危ない!」と声をかけていた60年代の三流館のように。

    ああ、こういう楽しみかたもあるんだ、と思った。

  • 2006年12月 1日ナベツネ「客演」のこわさ

    この季節は苦手だ。ロンドンの冬至までの暗い12月を思い出してしまう。日中が午前9時から午後4時半くらいまでしかなかった。たちまち日が暮れてしまう。

    東京も街の飾りつけがクリスマスになってきた。なんだか働いているのがむなしくなる。しかし、新聞記者の時代は12月は予算の季節で休めた記憶がないし、雑誌に移ってからも年末の締め切り繰上げで四苦八苦した記憶しかない。せわしない暮れから逃れられるのはいつのことなのか。