阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」

2005年12月17日 [ソニーの「沈黙」]ソニーの「沈黙」6――さすが早耳、ワシントン・ポスト紙

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念のために一言。前回書いたルシノビッチ氏のソニー音楽CDを告発するブログの内容は、邦訳文を転載したものではない。読み比べれば分かると思うが、セキュリティ専門家である彼がどんなツールを使ってスパイを突き止めたかには触れていない。それは彼独自の専門知識とノウハウに属する。ただ、彼がこのスパイウエア開発者に感じた怒りとアイロニー、その仮面をはぐ執念に的を絞った。それは、なぜこのブログがかくも共感を呼び、あっというまに世界で轟々たるソニー批判が噴出したかを実証しているからだ。

アメリカではこうしたスクープに敏感に反応する層がネット空間に存在する。日本でブログといえば私的日記の色合いが濃く、そこで飛び交うのはどこかの情報の孫引き……「2ちゃんねる」語でいう「コピペ」とリンクで循環しているにすぎない。海外では、ルシノビッチ氏のブログのようなプロが、単なるコメントだけでなく、「金無垢のファクツ(事実)」を提供するニュース系ブログが盛んである。新聞や雑誌など既存の商業メディアは、往々にしてそれを拾ってニュースに仕立てるのだ。

ルシノビッチ氏のブログ掲載の2日後、11月2日付のワシントン・ポスト紙がこの騒ぎを大きく報じたのがいい例だろう。私の管見する限り、有力紙ではこれがもっとも早い。ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件の調査報道で有名な同紙は、そのヒーローであるボブ・ウッドワード編集局次長が「権力の番犬化」ですっかり評判を落としているが、さすがに早耳の伝統だけはいまも継承しているらしい。

この記事によって、ソニーBMGのスキャンダルはネット空間の外に広がった。最近、ワシントンから来た人に聞いたら「ああ、あの記事ね」と記憶していたから、紙媒体の読者にも衝撃を与えたのである。書き出しはこうだった。

「ソニーの海賊行為防止ソフトが突然包囲網を敷かれ、怒り心頭に発した音楽ファンはこのソフトを使い続ける限りソニー製CDなど二度と買うものか、と何十ものオンライン・ブログで断言しているが、きょうこの憤激の一部が報われるかもしれない」

当初、「問題のコピー制限機能(XCP)付きCDは20タイトルにすぎない」(実際は52タイトル)、「XCPは巷間言われているような悪質なものではない」「XCPが組み込まれたパソコンがクラッシュする可能性など単なる憶測」と軽くいなす姿勢を見せていたソニーBMG側が、事態の深刻化にあわてて、XCPをパソコンから除去するプログラム(パッチ)の配布に動きだしたことを指している。

無理もない。同紙が伝えるのは、ルシノビッチ氏の属するフィンランドのセキュリティ企業「Fセキュア」社の研究部長のショッキングなコメントである。次期ウインドウズの試験版「ウインドウズVista」がソニーBMGのXCPを取り込むと、「基本ソフト(OS)が壮大に(spectacularly)にぶっ壊れる」と指摘しているのだ。

そればかりか、ボストンのセキュリティ・コンサルタントの言葉を借りて、ソニーBMGがまいた火種を的確にとらえている。「この地球上でもっともビッグ・ネームの企業のひとつが、他の環境のもとでは多くの人がハッキングと考えるようなことに手を染めたんだ。こいつは受け入れ難い」。ソニーBMGが音楽CDに忍びこませた「スパイウエア」がけっして単なるソフトのバグ(欠陥)や、下請け開発会社の手抜きなどではなく、ソニーが抱える矛盾から必然的に由来した不祥事であることを示唆している。

その矛盾とは、音楽部門の知的財産権を守るためのコピー制限機能のプログラムが、パソコンに“侵入”し、その基本ソフトを勝手に書き換えることによってウインドウズなどの著作権を侵害することである。これは知的財産権を守るために機器のユーザーの利便性を制約する、という範囲を超えて「侵害的」(invasive)と言うほかない。

さらに、パソコンのユーザーが自分のパソコン内で何をしているかを探り、それをひそかに知るにいたっては、明らかなプライバシー侵害である。また、この「スパイウエア」を検知させないよう「覆面」機能を備え、基本ソフトに「穴」をあけてウイルス感染の恐れを強め、除去すればCDドライバー機能を失うよう設計されていること自体、パソコンの財産権を侵害している。しかも、使用許諾契約では「本プログラムを除去または消去するまで、小さなプロプラエタリー(専売権付き)ソフトがインストールされます」としか断っていないのだから、ほとんど「だましうち」である。

知的財産権と利便性は「あちら立てればこちら立たず」の二律背反の関係にあるという議論は、これまでも耳にたこができるほど聞かされてきた。全米レコード産業協会によれば、海賊行為による損害は世界で年間42億ドルに達するというが、ソニーBMGはその二律背反を大胆にも踏み越え、企業が「資産」とする音楽コンテンツの権利を守るためとあらば「何をしてもいい」かのように振舞っていると見える。

ソニーの沈黙が許されていいはずがない。批判にこたえる義務がある。すくなくとも「グローバル企業」を標榜するならば。

(次の更新は月曜日です)