「東証1部選別」野村がリーク

「時価総額250億円未満は降格」との営業メールが流れた。JPX懇談会メンバーが出元とされ、兜町大揺れ。

2019年4月号 BUSINESS [平成最後の証券不祥事]

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JPXの清田瞭CEO(右)と野村HDの永井浩二CEO

Photo:Jiji Press

3月6日朝、野村證券で日本株を担当する営業部員から、取引先の機関投資家などに“仰天”メールが配信された。

「ストラテジー松浦より。市場構造の件、時価総額の250億円という目線が急浮上しているようです。現時点の東証の意向は、上位市場の指定基準を500億円ではなく、250億円としたい模様。降格基準は、『同じ金額(250億円)』にしたい方向。既に500億円という目線で売られていたりしたら、戻される可能性があるかもしれません。彼の情報源はNRIの大崎シニアフェローで、『市場構造の在り方等に関する懇談会』の委員6名のうちの一人」

耳寄り情報をサービスして、情報源まで実名入りにしたこの無邪気なメールが、野村のみか日本取引所グループ(JPX)全体を揺るがす「平成最後の証券不祥事」になりそうだ。

発端は昨年10月29日、JPXの清田瞭(あきら)CEO(最高経営者)が、傘下の東京証券取引所の市場区分を見直すと表明、有識者6人の懇談会(座長・神田秀樹東大名誉教授)を発足させたことに始まる。「一流企業」のブランドだった東証1部上場企業が、昇格基準を緩めたため粗製乱造になり、2126銘柄をふるいにかけようというのだ。

1部銘柄の3分の1が降格

確かにJPX上場約3600社の6割が東証1部といういびつな逆ピラミッド構造で、半数が時価総額500億円未満、3割が3期連続でPBR(株価純資産倍率)1倍以下、つまり解散価値にも届かない不振企業なのだ。質の低下は、斉藤惇(あつし)社長時代の2012年に1部の上場基準を緩めてから拍車がかかった。直接新規上場する規準を時価総額500億円から250億円に下げ、マザーズ経由で昇格する場合は40億円以上などの大甘な“規制緩和”だった。

証券会社はIPO(新規上場)ビジネスで潤い、東証も上場銘柄を増やして手数料を稼ぐ皮算用だったが、DLEやジェイリースのような昇格狙いの粉飾決算が起き、東京は上海や香港より格下になった。

懇談会は昨年11月28日、12月19日に二回開かれ、3月末には答申が出る予定。その矢先の冒頭の“仰天”メールである。

3月2日発売の週刊東洋経済が「東証1部 天国と地獄」特集を掲載、「選別」基準となる時価総額は500億円以上が最有力と報じた。その場合、1部上場企業の約半分、1千社が「降格」の憂き目を見る。これに対し野村発信のメールは、時価総額基準は「250億円としたい模様」と、ご丁寧にも「500億円を想定して空売りすると損をしますよ」と暗に警告している。

ハードルが250億円だと、3月8日時点の株価で約730社がクリアできない。1部上場の3分の1が「東証2部+JASDAQスタンダード」に移るか、「マザーズ+JASDAQグロース」に移ることになる。降格なら、東証株価指数(TOPIX)に連動して資金を運用する年金や海外投資家などから資金流入が見込めなくなり、空売りには格好の標的。当落線上の銘柄はJリーグの2部入れ替え戦と同じく過熱しそうで、メールはその導火線になった。

懲りない野村――営業マンがうっかり口を滑らしたとしても、市場は“前科”を連想する。一つは2000年4月の日経225の大幅銘柄入れ替え。新旧60銘柄の思惑売買で野村が荒稼ぎし、当時の宮澤喜一蔵相、堺屋太一経済企画庁長官から「指数の連続性が失われた」と批判されたこと。もう一つは12年に証券取引等監視委員会が摘発した「増資インサイダー」事件。国際石油開発帝石、みずほ、東京電力の大型増資情報を事前に入手し、希釈化を見越して空売りして、金融庁の業務改善命令を受け、渡部賢一CEOが辞任した。現CEOの永井浩二のもとで6年半、コンプライアンスを強化してインサイダー体質を改めたはずが、メール一つで帳消しとは……。

7年ぶり赤字で泣きっ面にハチ

今回の最大の問題は、懇談会メンバーである野村総研(NRI)の大崎貞和主席研究員が情報漏れの出元とされていることだ。東大客員教授のほか金融審議会や内閣府規制改革会議の委員などを歴任した有力フェローで、その近著が『フェア・ディスクロージャー・ルール』では笑うに笑えない。

メールによれば、大崎は野村證券チーフストラテジストの松浦寿雄に懇談会の議論を漏らし、それを松浦が日本株担当の営業マンたちに喋ったため、機関投資家にご注進メールを流した――という“伝言ゲーム”が浮かびあがる。18年9月中間決算で7年ぶりの赤字に転落した野村ホールディングスにとっては泣きっ面にハチである。

本誌にはメールの物証があり、発信者も特定しているが、NRIは大崎個人が想定し得る数値にすぎず、野村證券とともに「特段の秘匿性はなくリークに該当しない」と本誌に回答。また松浦との情報交換も業務の範囲内としている。ただ証券監視委は「情報ダダ漏れ」に警戒を強めている。

JPXは長年、退場ルールを骨抜きにして親子上場批判にも耳を貸さずにきた。やっと重い腰をあげて選別に乗りだしたのに、土壇場でケチがついた格好で本誌にはノーコメント。これから選別基準を変更するなら社外取締役比率や流動性比率などもあるが、わかりやすい時価総額は外せまい。

清田CEOは、上場インフラファンド購入でミソをつけたばかり。再発防止の決議だけで済ませたが、今度は野村の永井CEO、NRIの此本(このもと)臣吾社長とともに進退が問われる。平成の30年間は損失補填の野村で始まり、1部選別基準リークの野村に終わる。元の木阿弥か……。(敬称略)

   

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