阿部重夫発行人ブログ「最後から2番目の真実」

2013年03月02日 首相官邸「聞いてなかったことにしよう」ホラー

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3月6日、つまり来週の水曜日にホラーが起きる。

この日、東京高裁でいわゆる「一票の格差」訴訟の判決がある。またか、と思うなかれ。昨年暮れに安倍自民党が圧勝し、野田民主党がボロ負けした総選挙を対象に、合憲かどうかを問う裁判が全国高裁・支部で14訴訟が提起されていて、第一弾の判決が言い渡されるのだ。審理迅速化の原則100日ルールにより、3月27日までに次々判決が下される。

さて、思い出してほしい。野田前首相は衆院小選挙区の「0増5減」を実行する法案を速やかに成立させることを条件に、自民・公明党と「3党合意」して解散に応じたのだ。つまり、最高裁大法廷で昨年、前総選挙を「違憲状態」とする判決が出たにもかかわらず、「0増5減」を“予約”する形で、旧区割りのまま総選挙を実施した。

ところが、勝って兜の緒がゆるみ、安倍政権は320議席の絶対多数を維持したいから、区割り改定の熱意を失って、野党に転落した民主党に対し「今国会での合意は難しい」(2月12日、石破幹事長会見)として改正を急がなくなってしまった。

ところがどっこい、である。第一弾の東京高裁判決は、理論派の難波孝一裁判長だけに、違憲状態で行った12月総選挙は「違憲」との判決を下す可能性が高い。違憲違法とするか、違憲無効とするかのどちらかだろうが、安倍政権は総選挙やり直しを免れそうな「違憲違法」判決を期待している。時間稼ぎができると踏んでいるのだ。しかし最高裁に国が上告しても、昨年の大法廷判決を踏まえて、最高裁も「違憲」とする公算が大きい。

違憲判決が出た途端、升永・久保利弁護士ら原告団は、国家賠償訴訟に出ることを考えている。違憲判決だけで、衆院議員に対し賠償請求する条件が整い、しかも度重なる「違憲状態」判決にもかかわらず党利党略で先延ばししてきた国会へのフラストレーションを溜まらせている最高裁が、ここでも国賠を認める可能性が大きいと踏んでいるからだ。

国賠と言ってもいくらか。これは判例がある。海外在留邦人が小選挙区での投票権がなかった時期に起こした訴訟で、その精神的苦痛に一人5000円とされたのだ。「一票の格差」訴訟の弁護団は、これをもとに日本初の巨大な集団訴訟を起こそうとしている。訴訟の原告になってくださいと大キャンペーンを張り、1000万人規模の原告を集めるつもりだ。

そんなことが可能か。可能かもしれない。

勝てば一人5000円がいただけるからだ。必要なのは住民票の謄本代(200~500円)だけ。1000万人だと、賠償額は500億円。誰が払う? 国のカネは税金=国民のカネだから充当されない。国会議員一人一人が現金1億円を徴収される。

仮に有権者全員(1億451万人)に5000円支払いだと、5225億円となり、国会議員のほぼ全員が破産する。党が原資を銀行から融資してもらって立て替えようにも、そんな資金を貸す銀行があるだろうか。

政党助成金と、あの豪華な議員会館と議員宿舎……いたれり尽くせりの国会議員を裸にすることができるわけだ。これって「政治不信」の無党派層には、永田町への懲罰としては最適だろう。しかも小遣い4500円以上が入るのだから、願ったりかなったり。12月総選挙で投票率を前回より10%下げた無党派の棄権票が、この「マツリ」に燃えるのではないか。

いや、オウンゴールで大敗した民主党支持層だって「自民勝ち過ぎ」と思っているから、この「マツリ」に乗ってくる可能性がある。自民党にしても、実は得票率ではほぼ横ばいだったと知っているから、これはヤバイと思うだろう。すなわち、安倍政権の絶対多数は風前の灯、融けて消えるかもしれない。

ただ、原告団は議員に課徴金を課すのが目的ではない。それを武器に、政府と各党に対し最後通牒をつきつけるという。その中身は①もう一度解散して「総選挙やり直し」、②小選挙区議員300人は旧区割りでなく、全国完全比例代表選挙で行うという期限付きの緊急立法を成立させる――という条件だ。選挙後に誕生する内閣は「選挙管理内閣」で、1-2年内に新しい選挙制度を決めて、そのうえで解散総選挙を行え、と求める。

これは安倍政権への強烈なビーンボールとなる。総選挙をやり直し、完全比例なら、絶対に再び320議席は取れない。いまやゾンビの海江田民主党もむくむくと蘇えり、日本維新とみんなの党ももっと議席を取るだろう。安倍官邸には悪夢である。

さあ、どうする、と官邸内で検討が始まるかと思いきや、「事前にはそうなるという予想を聞かなかったことにしよう」という空気だとか。ライオンに襲われるのが怖いと砂に頭を突っ込んだダチョウさながら?

打つ手なし、だからだそうだ。これは日本の憲政史上、初めて起きる司法府による立法府に対するクーデターと思える。つまり、現行の行政府も立法府も、司法府に刺されることを想定していない。しかし三権分立の現行憲法をよく読めば、それもありうるという前提になる。日銀総裁のように人事権を行使しようにも、最高裁判事は国民審査によってしか罷免できないから手が出せない。

「衆参のねじれ」より怖い「立法・司法府のねじれ」――。安倍総理にも麻生副総理にも菅官房長官にも石破自民党幹事長にも、どうにもならない。

慌てて「0増5減」を通したらどうか。原告団はノーである。では、自民党の腹案だった「21増21減」はどうか。それもノーである。原告団は「問題は一票の格差、つまり2倍以下なら、とか、1倍以下なら、とかの数字論議ではなく、人口比例選挙を行えと言っている。だから、格差0の比例選挙が一番」という考え方だ。

「決められない政治」は1387~1417年のローマ教会も同じだった。教皇が3人も乱立していた「分裂」時代、パリ大学の神学者が修道院の中庭に箱を置き、分裂を終息させる方法を思いついたら紙に書いて箱に投じよと呼びかけた。1万人余のメモが集まった。55人の教授が分類し、大別して三つの方法があるとした。それは、①3教皇が同時に退位して、適正選挙で一人を選ぶ「譲渡の道」、②仲裁を通じて3教皇のうちの一人を教皇とする「妥協の道」、③カソリックの全司教を集めて公会議を開き、そこで正式投票によって決める「協議の道」――の三つである。

1414年からコンスタンツで教会統一の宗教会議が開かれたが、①と②は明解で単純だが「船頭多くして船山にのぼる」で実際は不可能だった。そこで③が残ったのだが、これは今なら原告団が主張する「総選挙やり直し」案に近い。

ようやくこれで17年に分裂に終止符を打てたが、実は③に乗った陰謀家の教皇ヨハネス23世(バルダッサレ・コッサ)が、逮捕され投獄されて教皇位を剥奪されてしまった。残る二教皇も支持を得られず、まったく新しい教皇が選出される代償を払ったのだそうだ(Stephen Greenblatt ‘The Swerve’より)。

その故事から見ても、「決める政治」とは大きな代償――つまり、既存政党全部にお灸をすえるガラガラポンを伴う。官邸にその覚悟ありやなしや。「聞いてなかった」とは言わせませんぞ。