阿部重夫発行人ブログ「最後から2番目の真実」
コラム「時代を読む」――経済の「帰郷」と「越境」
2010年08月11日
環日本海の地方新聞にシンジケート・コラム「時代を読む」を寄稿しました。
たまたま取材もあって、青森県八戸市にいて三社大祭のお通りを見る機会を得ました。極彩色の山車が29台、青森市のねぶたとはまた趣が違って、なかなかの見ものでした。
翌日の中日には東京に戻らざるをえなかったのですが、朝に東奥日報を開いたら、2ページ目にこのコラムが載っていて、ちょっと面はゆい思いでした。掲載した新聞をこの目で見たのは初めてです。
私がつけた仮見出しは
経済の「帰郷」と「越境」
しかし、それぞれの地方紙で見出しは違うでしょう。1週間経ったのでここに掲載します。
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「里へ帰ろやれ(帰りましょ)」
浄瑠璃『芦屋道満大内鑑』(竹田出雲)と聞けば、歌舞伎や文楽好きは、狐の正体を現した葛の葉が、乳のみ子を捨てて、泣く泣く信太の森へ帰っていく名場面を思いだす。
「ここはいづくと白露も、千草にすだく虫の声、なを悲しみの真澄鏡、水に映してわがすがた……」のくだりに、時を超えて誰もが郷愁をそそられる。
島根県知事、溝口善兵衛氏から大きな封書が届いた。知事になって3年余、「真の豊かさとは何か」を考え、それをまとめた小冊子が入っていた。
知事は高校まで島根県西部の益田で育ち、大学から東京に出て1968年に大蔵省(現財務省)に入省、ドイツや米国駐在も経験して国際派のトップ、財務官を最後に退官した。
04年の大規模な円売り・ドル買い介入は、日銀の量的緩和と相まって、日本を金融危機の崖っぷちから救った快挙だった。当時の米国側のカウンターパートナー、ジョン・テイラー財務次官(現スタンフォード大学教授)を今春日本に招いた縁で、この小冊子を贈ってくれたのだろう。
溝口氏は40年ぶりに「里へ帰り」、高齢化と人口減少に悩む島根から、都市化と一極集中が進む東京を眺める立場になった。かつての国際派の目に、裏返しの日本はどう見えるのだろう。思わず小冊子を手にとってみた。
民主党政権が掲げた「コンクリートから人へ」については、島根の高速道路整備が20年立ち遅れたために、供用率が全国平均を約20%下回っていること、やっと地方に順番が回ってきた矢先の打ち切りに「コンクリートはまだ不十分」と訴えている。
地方交付税など財源問題では、さすがに古巣に矢を引くのは気が引けるのか慎重だが、知事の処方箋は「分権」(decentralization)より「分散」(decentration)にあるらしい。
大都市以外の地方に人口を分散させない限り、格差の是正は難しいと言いたいのだろう。まさに「里へ帰ろやれ」政策である。
だが、いかにして。
分権論者は、だからこそ権限移譲、財源移譲が必要と言い張るだろうが、人材もインフラも乏しい地方へ「帰ろやれ」を誘導できるか。
Uターン論やJターン論はいつか立ち消えになった。地方の暮らしやすさ、自然の豊かさをいくら訴えても、映画『ディア・ドクター』が描いたように、中山間地の医療など末端は“虚血症”に陥って、もはやサービス維持そのものが難しい。
他方、東京の埋め立て地にはタワーマンションが林立し、それがどんなに殺伐とした光景であっても、地方の若年労働人口を都会に吸い寄せる受け皿づくりに余念がない。このニワトリと卵論、どこに均衡点があるのか。
小冊子には知事のエッセイも載っている。2年前、山陰中央日報に寄稿した「不昧公の時代と現代」は、松江在住の史家乾隆明氏の著作『松江藩の財政危機を救え』の書評の体裁をとっているが、地方財政危機への知事の胸の内を語って余りある。
不昧公は松江藩第7代藩主治郷(1751~1818年)の号で、大茶人として有名だが、かたわら年貢収入の5倍、50万両の借金を抱えていた藩財政を立て直している。
その再建策の中心は、藩内の産業振興で特産品をつくり、諸国に売って「外貨」を稼ぐことだったという。たとえばアワビやナマコなど中華食材、薬用ニンジンは漢方薬として長崎を通じて清国へ売り、タタラ製鉄による鋼や平田の木綿は全国に売りだした。
新たな収入源を開拓して「外貨」を稼ぐ――そこに知事は密かな共感を寄せている。まさに国際派の面目躍如だろう。
これは地方のみならず、企業の多くが黙って中国市場へシフトを始めている日本経済全体に言えることかもしれない。
里へ帰ろやれ、ただし「外」で稼げ、と。
投稿者 阿部重夫 - 08:00| Permanent link | トラックバック (0)

