阿部重夫編集長ブログ「最後から2番目の真実」
12月号の編集後記
2009年11月19日 [編集後記]
FACTA最新号(2009年12月号、11月20日発行)の編集後記を掲載します。フリー・コンテンツの公開は25日からです。
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雑誌編集長はストリッパーと同じで、自分の内臓をさらして生きている。だから、この因果な稼業に明け暮れる人は「餅は餅屋」ではないが、他人の雑誌も一目見ればたちどころにその本性を見抜ける。灰色の脳細胞が明滅して「こいつは同類」と直感するのだ。中国の隔週刊誌「財経」(Caijing)の女編集長、胡舒立(フーシュリ)さんも、私にとってはそんなジャーナリストだった。
▼1998年の創刊以来11年間編集長を務めてきたが、11月9日に辞表を出した。その経緯は70~71ページの記事を読んでほしい。検閲や報道管制が厳しい中国では、ほとんど奇跡とも言えるような小気味いい攻撃的な暴露(調査)報道を売り物にしてきた。小誌と志を同じうすると言っては、彼女に不遜だろうか。少なくともジャーナリストの嗅覚がよく似ていることは確かと思える。
▼たとえば、彼女の編集の最終号トップ記事。「黎強紅与黒」がタイトルだが、重慶で逮捕されたマフィア黎強の「赤と黒」(全人代代表の顔と闇社会の顔という意味)の悪行三昧を追跡した記事で、スタンダールを連想させるように、表紙の写真は黒衣に赤い囚人チョッキを着せられた黎強の連行姿だ。思わず、うまい!と唸りたくなるそそらせ方である。
▼02年8月、さる人の紹介で北京に飛び、彼女にインタビューしたことがある。早口でまくしたてるブロークン・イングリッシュに圧倒された。会社近くの中華料理店で円卓を囲んでスタッフと食事したが、「あなたと私、雑誌が似てるかもね」と言われた。「財経」は単なるスキャンダル誌ではなく、株価や通貨、IMFなどマクロ政策の問題提起も得意だった。頼まれて日本特集に協力したこともある。その変調は今年初めに感じた。急ぎの取材を頼まれたが、性急すぎた。今の彼女の年齢は、小誌の創刊準備を始めたころの私とほぼ同じ。ぜひ再起を期待したい。
投稿者 阿部重夫 - 12:00| Permanent link | トラックバック (0)
