阿部重夫発行人ブログ「最後から2番目の真実」
5月号の編集後記
2009年04月19日 [編集後記]
FACTA最新号(2009年5月号、4月20日発行)の編集後記を掲載します。フリー・コンテンツの公開は27日からです。
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商売柄、徹夜して朝帰りすることが少なくない。車を降りて耳を澄ます。がらんとした夜明けの街に、さやさやと風が吹きわたる。新聞配達のスクーター、早朝出勤の靴音やジョギングの人の息づかい、散歩の犬のざわめきがだんだん高くなる。目覚めようとする都会の地鳴り。殷々と響くあの通奏低音は何と呼ぶのか。眠りに落ちる前に、幕末の風俗百科『嬉遊笑覧(きゆうしようらん)』を枕頭で開こう。
▼最近完結した岩波文庫版の最終巻は「乞丐(こつがい)」「禽虫」「草木」を収め、物売りの声が出てくるから、200年前にタイムスリップできる。たとえば、菜売りが「なさう」(菜さぶらふ)、鰯売りが「あこぎがうらのいわしかふゑい」、馬売りが「馬かはふ、革かはふ」、提灯売りが「挑灯やちん」、牡蠣売りが「かきんよ、かきんよ」、雪駄なおしが「でいでい」(手入れ?)、とっかへべいと呼ばれる飴売りは「めげたらしよ、きせるの古いのとつかへべにしよ」……姿が目に浮かぶようで陶然としてくる。
▼演技派の立ち売りもいた。室町の平五三郎は手が込んでいる。「そらばかをつくり、田舎ものを近付て物をうらんと工(たく)みて、髪ひげむさむさとはへさせ、紙頭巾を目の上まで引かぶり、綴りたる古小袖を着、木綿袴のよごれたるをむなだかにきなし、手に長数珠をつまぐり、口に題目をとなへ、みせ棚に打かかり、そらいねふりして居たり」。わざと愚か者を装い、客を釣る仕掛けだ。派手な露店主が並ぶ市に、土産を買いにくる田舎者が怖じ気づくのを見越しておためごかし。そのやりとりは狂言のように笑える。
▼これこそ正真正銘のvox populiだろう。「市声浩々として沸かんと欲するがごとく/世路悠々として涯(きわま)らず」。モンゴルに祖国を滅ぼされた鮮卑族の詩人、元好問の亡国流亡の詩「東平を出ず」だが、なぜか乱世の山東省の城市より、永遠のアジアの喧噪が浮かぶ。「市声」は今も悠々と変わらない。
投稿者 阿部重夫 - 11:45| Permanent link | トラックバック (0)

