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もしかして、と思う。サバタイ・ツヴィは「ナザレのイエス」を凌駕するメシアだったかもしれない。偉大という意味ではない。エソテリック(秘教)の極限を示したからだ。
ツヴィは十七世紀ギリシャに生まれ、エルサレム第二神殿破壊以降、ユダヤ最大のメシア運動の頂点に立った。北はポーランドから南はエジプトまで、西はアムステルダムから東はクルディスタンまで、広大な地域に離散したユダヤ人社会が、「聖地にメシアの王現る」の報にこぞって熱狂し、悔悛し始めたからである。
ツヴィがなしえてイエスにできなかったことは何か。メシア自ら「転んだ」ことである。
投稿者 阿部重夫 - 09:00| Permanent link | トラックバック (0)
FACTA最新号(2009年9月号、8月20日発行)の編集後記を掲載します。フリー・コンテンツの公開は25日からです。
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8月の森閑とした炎天に、いつも「最後の賢治」の姿を思い浮かべる。昭和8年、つまり1933年の夏、宮澤賢治は死の床にあった。結核の病躯に鞭打って、生涯書きためた詩稿を浄書していく。すべて文語詩だった。ただの筆写ではない。推敲魔の彼は、最後まで鉞(えつ)を加えずにはいられなかった。8 月15日に『五十篇』、22日には『百篇』(実際は101篇)を終える。何かにせかされたような速さだ。弟清六につくらせた赤い罫の特製原稿用紙に、息を凝らして一字一字記す賢治は鬼気迫る。
投稿者 阿部重夫 - 12:00| Permanent link | トラックバック (1)
新潟日報など環日本海6紙のシンジケートコラム「時代を読む」に先週末寄稿しました。それをここに再録します。
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総選挙である。
国破れて山河あり。ふと杜甫の詩が思い浮かんだ。稲穂を揺らす風の波紋、日だまりの村道の人影、闇に回されるペンライトの光……。西川美和監督の映画『ディア・ドクター』が撮ったあまりにも美しい日本の里山を見たからだ。
かつて無医村だった村の診療所で奮闘していた一人の医師が失踪する。村人の半ばは老人で、寝たきりや認知症も数多く、「神」を失った村はパニックに陥る。一見、よくあるニセ医師の美談のようで、それほど単純ではない。落語家の笑福亭鶴瓶が演じる医師は、ニセを自覚し、ニセだと告白しながら、ニセでない「名医」を演じつづけなければならない。
投稿者 阿部重夫 - 09:00| Permanent link | トラックバック (0)
1948年、東京生まれ。東京大学文学部社会学科卒。73年に日本経済新聞社に記者として入社、東京社会部、整理部、金融部、証券部を経て90年から論説委員兼編集委員、95~98年に欧州総局ロンドン駐在編集委員。日経BP社に出向、「日経ベンチャー」編集長を経て退社し、ケンブリッジ大学客員研究員。 99~2003年に月刊誌「選択」編集長、05年11月にファクタ出版株式会社を設立した。
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