阿部重夫編集長ブログ「最後から2番目の真実」
1月号の編集後記
2007年12月19日 [編集後記]
FACTA最新号(1月号、12月20日発行)の編集後記を掲載します。冒頭の「お隣の読者欄…」は、本誌では編集後記と読者欄が隣り合わせのため。フリー・コンテンツの公開は25日からです。お楽しみに。
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お隣の読者欄におっかないことが書いてある。この編集後記をそんなにまじまじと見つめられるとは、冷や汗たらり。全原稿を出稿し終えてから後記を書くから、いつも頭は空っぽの出し殻なのだ。この空虚は「無から(ex nihilo)の出発」を強いる。ボードレールが『悪の華』の詩「旅」で歌ったように「本当の旅人とは、ただ出発のために出発する人々だけだ」とぶつぶつ言いながら。
▼後悔先に立たず。毎号、思いどおりの編集などできたためしがない。欲張りすぎなのか、後から後から、ああすれば、こうすれば……と悔いの青海波(せいがいは)になる。今月は無謀にも日本BS放送(BS11デジタル)で週1回のキャスターなんて始めて、たちまちトチリの連続。いたたまれないほど自己嫌悪に駆られて、なかなか立ち直れない。何ごとも慣れさ、と割り切れるのはいつのことやら。
▼毎週金曜夜10時と「ハナ金」を犠牲にしなければならないのが難だが、番組は30分も生でインタビューさせてくれる。カメラの前に立つのは苦痛だが、人間相手だと急に訥弁が消えるから不思議なもの。酒が入れば申し分ないが、さすがに自粛した。いろいろな人に邂逅でき、相手が未知の人だと心が弾む。最初の12月7日は前官房長官の与謝野馨氏、14日は公明党代表の太田昭宏氏、21日は……それは見てのお楽しみ。
▼ボードレールの詩の続きは「心は軽く気球にも似て/その宿命の手から離れることはついになく/なぜとも知らずに、いつも言うのだ、行こう! と」。中世スコラ哲学からデカルトを経て現代まで「神は瞬間瞬間に創造を行う」という思考の水脈が流れている。過去の自分はもうなく、今に自分が存するのは、この瞬間に自分が創造されているから、と考えるのだ。美しい時間論である。雑誌も人生も同じこと。労苦は賽の河原ではない。新年には人知れず呟こうか。行こう! と。
投稿者 阿部重夫 - 09:00| Permanent link | トラックバック (0)
