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阿部重夫発行人ブログ「最後から2番目の真実」

タルコフスキー5――「雪が降るまえに」

2007年08月15日 [書評] [タルコフスキー]

お盆休暇の神保町はさすがにがらんとしている。夏の日差しが眩しい。ふと、本屋でまったく季節はずれのタイトルの詩集を見つけた。「雪が降るまえに」。雑誌稼業で詩などに心ひかれることはめったにないのだが、作者の名前にはっとした。A・タルコフスキーとある。

このブログを描き始めたころ、ロシアの映画監督アンドレイ・タルコフスキーの取材談をツィクルス(連作)にして載せたことがある。詩集は彼の父、アルセーニー・タルコフスキーのものだ。

我が家にも、キリル文字の原文とフランス語の対訳がついた彼の詩集がある。もう15年以上前、末期のソ連で入手した。私はロシア語を知らないから、フランス語と知人の試訳で断片的に読んだ。

日本ではほぼ無名と思っていたが、邦訳詩集がこの6月末に出版されていたとは知らなかった。心ひそかに喝采を送りたい。

私が彼の詩に関心を抱いたのは、90年にアンドレイの足跡の取材に冬のロシアに行ったからだ。息子の自伝的映画「鏡」の中に、アルセーニーの詩を朗読するシーンがあった。息子に乞われて詩人本人がナレーターとして朗読している。

その声調といい、字幕で見た言葉といい、いい詩だと思えた。無味乾燥なスターリニズムのもとで、なおこういう詩を書く人がいたとは驚きだった。

生涯二度結婚した息子は86年にガンで客死、三度結婚した父親は遅れて89年に死んでいる。映画で朗読した詩は、かつての恋人との逢瀬を歌ったもので、自分の母親以前に愛した女性(マリーア・ファーリツ。アルセーニーと別れ、別の男と結婚するが、32年に結核で死亡。同年、アンドレイが生まれる)への思いが忘れられない父の詩を、映画で朗読させた息子の思いは複雑である。

この詩集にもその詩が載っている。「はじめの頃の逢瀬」。ブログに試訳を載せたが、この詩集の坂庭淳史訳は

夜が来ると、僕に慈悲が

与えられた。至聖所の扉が

うち開かれ、闇にまばゆく輝き

ゆるやかにもたれてきた裸身。

それから目を覚まし、「君に祝福あれ!」

そういって僕は知ったものだ、不遜なのだ、

僕の祝福の言葉など。君は眠っていた、

その瞼に宇宙の青で触れようと

君のもとへライラックがテーブルから身を伸ばした、

青に触れられた瞼は

安らかで、手があたたかだった。

だが、詩の最後でこの至福は破られる。剃刀を持った狂人のように運命に裂かれる。それが粛清と戦乱の時代の比喩なのか、それとも実らぬ恋の比喩なのかは分からない。

訳者は30代半ばとおぼしいが、詩人の娘マリーナ・タルコフスカヤ(現在は70代)と親しくなったらしい。羨ましいことだ。ロシアもすこしはいい国になったのだ。

私が取材した時代の旧ソ連は暗かった。そこまでの接近は許されず、会えたアンドレイの旧友たちも、生活苦におびえた顔つきだった。

それでも、アンドレイが生まれたユリエベツ近郊の村までは行ってみた。ボルガ川上流だが、村は水没していて、一面の氷の下にあったことが忘れられない。

いつか夏にもう一度行って、教会の尖塔が沈んでいる川面を透かし見るのが私の夢である。

投稿者 阿部重夫 - 06:00| Permanent link | トラックバック (1)


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発行人 阿部重夫

編集長 阿部重夫

1948年、東京生まれ。東京大学文学部社会学科卒。73年に日本経済新聞社に記者として入社、東京社会部、整理部、金融部、証券部を経て90年から論説委員兼編集委員、95~98年に欧州総局ロンドン駐在編集委員。日経BP社に出向、「日経ベンチャー」編集長を経て退社し、ケンブリッジ大学客員研究員。 99~2003年に月刊誌「選択」編集長、05年11月にファクタ出版株式会社を設立した。

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