阿部重夫発行人ブログ「最後から2番目の真実」
初心に帰って読者にお礼
2007年03月19日 [編集後記]
きょうあたりからFACTA最新号(3月20日刊)が読者のお手元に届き始める。ちょうと1年分を送り届け終わったことになる。創刊号からご購読いただいた方々に感謝申し上げるとともに、引き続きのご購読をお願い申し上げます。最新号の編集後記にもその感謝を書いた。42キロを走ったマラソンランナーが、競技場のゲートをくぐったような気持である。もちろんまた、新たなレースが待っているのだが……。そこで、編集後記をブログでも公開します。
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早いもので、もうFACTAも12号目になる。つまり創刊から1年を経ったのだ。雑誌を一からつくるのは私には初体験で試行錯誤の連続だったから、感慨なきにしもあらずである。しかしここまで来たのも読者の支えあればこそ。誌面を借りて心よりお礼を申し上げます。改めて初心に帰って日本で唯一のクオリティー・マガジンをめざし、いっそう精進したい。
▼書棚に古びた戦前の本が100冊ほどある。亡き叔父の蔵書を形見分けしてもらったのだが、紙事情が悪い時代の製本だから、黄ばんだ酸性紙はショウが抜けて、触れなば散らん薄葉と化している。背表紙は剥がれ、紙箱もボロボロで、壊れたガラス細工のようだ。それでも私の宝物で、とても手放せない。保田與重郎の『和泉式部私抄』から大熊信行の『マルクスのロビンソン物語』まで、昭和10年代の青年の懊悩がうかがえるからだ。
▼わけても六藝社版の岡倉天心全集全五巻は昭和14年の刊行で、戦雲垂れこめる時代のものだから、訳者の浅野晃の文体が鬼気迫るほど悲痛で、憤怒と殺気が濛々と立ちこめている。なるほどこれが日本浪漫派か、と思うほどパセチックなのだが、実はその一節を何度も暗誦して、ほとんど諳んじるようになった。1年前の創刊時にもこわごわ覗いては、自分を励ます心棒にしていたのだ。ちょっと長いが、ここでご紹介しよう。
▼「われわれはもろもろの理想の間を、長いことさまよつてゐたのだ。いま一度、現實にめざめようではないか。われわれは無感動の流れに漾つてゐたのだ。いま一度、あの過酷なリアリテイの岸邊に上陸しようではないか。われわれは、水晶のやうに透明なことを誇りにして、お互ひに離ればなれになつてゐた。いまこそ、共通の苦難の大洋に溶け合はうではないか。西洋の犯した罪の苛責は、しばしば黄禍の亡霊をわれとわが想像裡に描いた。東洋の静かな凝視を、白禍に對して向けようではないか。わたしは諸君を暴力へと呼びかけるものではない。男らしさへと呼びかけるのだ。わたしは諸君を攻撃へと呼びかけるのではない。自覺へと呼びかけるのだ」
▼天心が唱えた「アジアは一つ」は、これを標語に軍部が大陸や南方を侵略したため、戦後は長らくタブーだった。天心が書いたのは第一次大戦前で、本人の咎ではなかったのだが、時代の落差と曲解を超えてこの煽動は今もなお人の心を揺さぶる。天心が「アジアの兄弟姉妹たちよ!」と呼びかけるように、私もまた読者に「兄弟姉妹たちよ!」と呼びかけたい。それが私の初心である。
投稿者 阿部重夫 - 06:00| Permanent link | トラックバック (0)

