阿部重夫発行人ブログ「最後から2番目の真実」
インタビュー:池田信夫氏(2)「第2東京タワー」は全くムダ
2006年12月08日 [メディア論]
昨日に引き続き、経済学者の池田信夫氏のインタビューを掲載します。
* * * * *
阿部 池田さんが著書「電波利権」でも書かれているように、田中角栄時代以降、電波は稀少性のある資源として国家が分配してきたましたが、政治の恣意が絡みおかしな配分になっています。現在、総務省では電波再配分の議論がされていますが、その動きをどうご覧になっていますか。
池田 問題になっているのは、NHKを8チャンネルから5チャンネルに減らすという竹中懇のNHK改革案(「通信・放送の在り方に関する懇談会 報告書」2006年6月)ですが、自民党内の協議が終わるまではどう転ぶかは分かりません。
むしろ考えるべきは、電波利用全体に占める放送の割合はごくわずかだということです。電波の問題というと放送のイメージが強く、そのことばかりが論じられますが、電波利用の内訳を見ると実態は大きく異なります。
例えば、2003年時点での電波使用比率は、携帯電話の約11%に対して放送局は約8%です。ところが、電波利用料で見ると、総額540億円のうちの93%以上を携帯電話の端末と基地局で占めています。一方で、放送局は1%しか負担していない。
携帯電話は基地を非常に稠密に建て、同じ電波を全国で何千回も繰り返して効率よく使っています。しかし、放送局は1本の電波を関東エリア全域に送るというように、非常に無駄が多い使い方をしている。
ひとつのアンテナから広域にドーンと電波を出す方法では、1つの周波数は同じ地域で1回しか使えない。携帯電話のように、その地域に何千と基地局を置けば、その何千倍ものユーザが同じ周波数を使えるんです。
だから、付加価値にして90倍以上も違う。そういう技術があるのに、なぜ地上デジタル放送というかたちで非効率な方法を繰り返すのか。
阿部 2011年の地上デジタル放送完全移行に向けて、第2東京タワーを建設するという話もあります。
池田 全くの無駄使いです。今の東京タワーでもデジタル放送はできるし、タワーの位置が変わると、ビル陰対策なども全部やり直しになります。唯一のメリットはワンセグが受かりやすくなることぐらいですが、広告収入増にならないワンセグのために500億円もかけて、投資は回収できるのか。
そもそも地上デジタル放送の概念は、米国のテレビ局と移動体通信の電波の奪い合いから生まれたものです。米国では同じ周波数を繰り返して使う「セルラー電話」の特許が1940年代には成立しています。1980年代には移動体通信の技術が発展し、モトローラなどの移動体通信機メーカーはテレビ局に割り当てられたままで使われていないUHF帯の再分配を政府に求めました。テレビ局側がそれを阻止するために考えついたのが、高精細度テレビ(HDTV)で余分な帯域を埋めることだったのです。そこには利用者への配慮などは全くありません。
電波利用という観点から考えれば、携帯電話のように同じ周波数を何千倍にも使うほうが明らかに効率がよく、利用者の利便性も高まる。いまだって、技術的には携帯電話の基地局で映像を流すことは可能なんです。実際、キャリア側がNHKに提案したこともある。効率の悪い電波の利用方式とメディアの利権とが絡んで、新しい技術を阻んでいる。そこが根本的な問題なんです。
阿部 FACTA11月号でも取り上げましたが、デジタルラジオがこけた問題の背景を探ると、既得権を必死に守る民放の姿が見えてきます(参照:デジタルラジオでこけたFM東京)。
今年9月、それまでFM東京主導で進んでいたデジタルラジオの計画が白紙に戻されました。ハシゴを外したのはデジタルラジオにお墨付きを与えたはずの総務省です。背景には、FM東京がリードするデジタルラジオにアナログ放送停波後に空くVHF周波数帯域を3セグメントも使わせたくないという民放の思惑があったのです。
民放業界は空き地になっても自分だちのものだという意識が強く、そういう既得権を手放さない意識が効率的な方式に移ることを妨げるのでしょう。
池田 今は総務省もそれなりに電波利用を改善しようとしていて、通信事業者やメーカーを集めた研究会を開き、空きチャンネルをどう利用するかについてを検討しています。そのなかに、デジタルラジオや携帯電話、無線ブロードバンドなど、いくつかの提案が挙がっているのです。ただ、デジタル“ラジオ”という名前は付いていますが、実際には携帯端末に映像を送るようなサービスになるのでしょう。
つまり放送の帯域だから次は“デジタル”ラジオをやる、“デジタル”テレビをやる、という発想ではもう駄目なんです。これからは全部の帯域が携帯電話や無線LANのような使い方になる。つまり通信になるのです。放送はもともと通信の一部ですから、放送だけを議論しても意味がない。いまのかたちの放送産業がいつまで存在するかを真剣に考えてほしい。
(2/5:つづく)
投稿者 阿部重夫 - 06:00| Permanent link | トラックバック (3)

