阿部重夫発行人ブログ「最後から2番目の真実」

2006年01月23日 [ネットバブル]ライブドア崩落3――「沖縄の死」の不可解

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日曜早朝だというのに、医者の資格を持つ知人から電話がかかってきた。「あの死に方、おかしいと思いません?」。1月18日、沖縄の那覇市のホテルで死んだ野口英昭エイチ・エス証券副社長(38)のことである。

沖縄県警の発表によると、野口副社長は18日午前11時20分ごろ、那覇市内のカプセルホテルに1人でチェックインした。それから約3時間後の午後2時35分、室内の非常ブザーが鳴ったため ホテル従業員が合鍵で入ったら、ベッドの上であおむけに倒れていたという。手首などに切り傷があり、刃渡り10センチほどの小型包丁が落ちていた。 病院に運ばれたが、午後3時45分に死亡確認、死因は失血死である。

ホテルの写真を見たが、耐震設計データ捏造のビジネスホテルよりもさらにみすぼらしいペンシルビルである。死に場所にミエもへったくれもないというものの、それにしても直感的に異様と思える。しかも、その後の報道によれば、前日行われた1月17日のライブドア強制捜索時には野口副社長の自宅やエイチ・エス証券のオフィスも家宅捜索を受け、野口氏本人も立ち会ったという。その翌日、何用あって沖縄に飛んできたのか。そして逃亡犯になるならいざしらず、死を選ぶのになぜこのホテルだったのか。

それだけではない。報道によれば、傷口が5カ所、喉の左右の頚動脈と、左右の手首、そして腹部だそうである。どの傷口が致命傷になったかは判然としない。電話をかけてきた知人が指摘するように、それが自殺だなんて「法医学的にはありえない」。

ためらい傷をいくつも残すことはありえても、それは左手首なら数ヵ所とひとつに集中する。左手首を切って次に包丁を持ち替えて右を切って、さらに首という順で死のうと人は思わないのだ。いわんや、左の頚動脈を切ったら、血圧が低下して右の頚動脈まで切る力がなくなる。そのうえで腹部を刺す? これは不自然である。

非常ベルは自分で押したと警察は見ている。とすれば、従業員が駆けつけたとき、野口氏は虫の息か、とにかくまだ死んでいなかった可能性がある。遺書はなかったという。それでも、現場に荒らされた様子がなく、家族に自殺をほのめかす言動もあったことから、県警は自殺と判断した。他殺の可能性には言及していない。なぜなのだろう。
 
野口副社長は証券会社勤務を経て、2000年にライブドアの前身「オン・ザ・エッヂ」に入社し、同社の東証マザーズ上場に携わった。その後、ライブドアグループの投資会社キャピタリスタ(現ライブドアファイナンス)の社長に就任し、堀江貴文ライブドア社長(33)や宮内亮治取締役(38)にその能力は高く評価され、一部新聞では「側近」と報じられた。

一理ある。02年6月に野口氏は旅行代理店HIS傘下のエイチ・エス証券に転じたが、それ以降もライブドアが手掛ける企業の合併・買収(M&A)で宮内取締役らと連絡を取り合っていたというからだ。ライブドアが消費者金融会社などの買収に使った投資事業組合は、エイチ・エス証券子会社「日本M&Aマネジメント」(JMAM)が運営しており、ライブドア側の指示で契約書の作成などを行わせていたという。

エイチ・エス証券は19日、野口副社長の死亡を確認するとともに、「JMAMサルベージ1号投資事業組合は有限会社キューズネットおよび株式会社ロイヤル信販への投資を目的として2004年5月に設立されており、その後、2004年10月に両者の持分を株式会社ライブドアに譲渡した」ことを確認する発表(「日本M&Aマネジメント株式会社」の運営する投資事業組合ならびに弊社代表取締役副社長 野口英昭 に関するお知らせ)を行った。

会見に臨んだ澤田秀雄エイチ・エス証券社長(HIS会長)は涙を浮かべ、その写真が英経済紙フィナンシャル・タイムズ(アジア版)の第一面をデカデカと飾ったが、あくまでも「投資組合の取引は適法に行われた」と強調した。しかし不自然な死亡状況が、野口氏の果たしていた役割について疑念をかきたてる。東京地検の伊藤鉄男次席検事は「誠に悲しいできごとで、ご冥福をお祈りします。東京地検で取り調べたり、呼び出したりしていた事実はありません」との談話を出したが、これまでよくあったように通り一遍である。

思いだすことがある。88年8月、一人の男が行方不明になった。大阪の仕手集団「コスモポリタン」の池田保次社長である。日本ドリーム観光、雅叙園観光、タクマなどの株買い占めで勇名を馳せた。東海興業株の33%が青木建設に渡った一件でもコスモポリタンが介在し、そのスポンサーの一人が三澤千代治ミサワホーム前社長であることがかいま見えたことがあった。

が、ブラックマンデー後に資金難がウワサされるようになり、コスモポリタンの子会社が倒産してから、周辺がきな臭くなってくる。仕手の原資にアングラマネーを入れていたと見られ、大損をさせて脅されていると言われだした。池田氏は新大阪駅から新幹線で「東京方面に向かった」まま姿をくらます。夜逃げか、殺されたのか。その後も何度か、彼を見かけたという情報は流れるが、真偽が確認されないまま今日にいたっている。

仕手を追っていた記者のあいだ(私を含めて)では、「きっと簀(す)巻きにされて、東京湾でコンクリート詰め。クワバラ、クワバラ」と半ば冗談で笑い飛ばしていたが、最近、池田氏の身近にいた人の話をじかに聞いたら、「当時は怖いから、東京方面に向かったことにしといたんや。ほんとうは反対のホームから新神戸方面へ向かった」んだそうだ。おお、菱の代紋だったのか。池田氏は神戸の海の底に沈んでいらっしゃるのか。

消えた池田氏と死んだ野口氏が重なって見える。ライブドアがアングラマネーとどうかかわったかを突き止めるキーパーソンを、沖縄で失ったのかもしれない。

東京が大雪に見舞われた1月21日、増上寺光摂殿で野口氏の通夜が営まれた。エイチ・エス証券関係者や野口氏の知人ら約760人が参列した。音もなくふり積もった雪は、故人が残した沈黙の重さを象徴していた。