阿部重夫発行人ブログ「最後から2番目の真実」
厳重警備の「コンパウンド」に守られる報道
2005年12月20日 [ジャーナリズム]
風邪をひいた。喉が腫れて、節々が痛い。日曜は一日寝ていた。青く澄んだ空と、燦々とそそぐ日の光を、窓からふり仰ぐ。きょうはソニーの話はやめよう。
アンソニー・シャディド(Anthony Shadid)の「夜が近づく」(Night Draws Near)を読み始めた。シャディドはAP通信や「ボストン・グローブ」などの記者を経たのち、現在はワシントン・ポスト紙の記者である。2003年の米英軍イラク侵攻とその後の米軍進駐時、優れた現地ルポルタージュを送り続け、2004年にはピューリッツア賞、米国新聞編集者協会賞などを受賞した。
オクラホマ生まれだが、その名からしてアラブ系で、先祖はレバノンのマジューン出身だから、「中東は故郷であり、私はアラブのルーツを抱擁し、その言語を学んできた」という。「人種の坩堝」のアメリカで、亡国のバックグラウンドを持つ人間は少なくないに違いない。しかし、ワシントン・ポスト紙で一読したときから、彼の文章に魅せられた。
なぜだろう。説明できないもどかしさ。ルポが本になって出版され、年末の「The Economist」誌の2005年の良書の一冊にも挙げられたのを見て、アマゾンで買ってみた。読み始めてわかった。彼の魅力は、その耳にあると思う。
彼はしばしば、アラブのポップスなどを引用する。本のタイトル自体、アブデル=ハリム・ハフェズという歌手の歌から採っているのだ。
それは長い旅。
そこで私は異邦人。
夜は近づき
日はそそくさと家路につく。
私自身も1997年に恐怖政治下のバグダードに入り、それが端緒になって英国のケンブリッジで80年代イラクの武器調達網を追跡取材した経験がある。いちめん何もないイラクの砂漠を疾走する車のなかで、悠揚と流れていたアラブの歌が記憶によみがえった。当時から街道筋は日が暮れたら強盗が出没するため、夕日が沈むのと競うように車を急がせた。カーラジオから流れていた歌は一語もわからなかったが、あの悲調はそんな歌詞をのせていたのか。イラクでもっとも人気のあるカジム・アル・サヘルの「シャーラ」もシャディドは使うが、ここでも恋歌になぞらえて何か違う現実が表わされる。
愛は死んだ。五官は死んだ。行く手を指す光は死んだ。
われらの胸の奥で、人間らしさが死んだ。死んだ、死んだ。
あなたが旅に出た日、わたしはさよならを告げた。
涙が頬をつたう。あなたが帰った日、私は冷たく迎えた。
わが涙はいずこ、いずこにありや。
あなたの涙はいずこ。
私はイラク調査取材の序章だけを、雌伏を余儀なくされた2004年に中公新書「イラク建国」に書いた。イラク侵攻の1年後で、「イラクの今」に接したかったが、環境と体力がそれを許さない。米軍同行を許された(embed)大手メディアの日本人記者が、それを得々と書いて本にしているのを見て吐き気を催した。「今」を書けない自分が腹立たしい。が、この歌詞には「イラクの今」が、その悲傷が息づいている。
シャディド自身は米軍に同行していない。チグリス河畔のパレスチナ・ホテルに残り、サッダーム政権崩壊の目撃者たらんとし、恐怖と困苦の板ばさみになったバグダードの市井の声を伝えようとした。それでも、彼は謙虚である。
「ジャーナリズムは不完全だ。記者として知れば知るほど、ストーリーは複雑になり、職業の本性上、言論にふさわしい正義感や厳格さで身を鎧えなくなる」
先日、あるテレビ局の外報部デスクを知り、彼がバグダードで取材に苦労した話――テロや誘拐の標的にならないよう、厳重な護衛に囲まれたコンパウンド(掩蔽区画)から一歩も出られなかった話を聞いた。危険な市街の取材はすべてイラク人スタッフに任せ、そこで集めた情報をもとに「こちら、バグダード」とマイクを握って報道したという。
笑った。いや、絶望的した。自分は安全なコンパウンドの中にいて、リスクを現地人に押し付ける「傲慢」に気づかない。「こちら、バグダード」とクレジットを入れるだけのアリバイづくり。リアリティの操作を恥と感じないで、がんじがらめの官僚組織を批判するなどおこがましいと思う。つい激した。
「象徴的ですね。国内でも国外でもあなたがたは、いつもコンパウンドに籠もっているだけなんだ。バグダードで死ね、とはいわないけど、すくなくとも他人の不幸を証言する資格が自分にあるかどうか自問すべきでしょう。命を懸けたくないなら、ジャーナリストなんてさっさとやめればいい」
すべて自分に返ってくることは承知である。なぜなら、気がついたからだ。ウォークマンのヤラセ「体験日記」とどこが違うのか。ファクタ(事実)は往々にして捏造されている。それを喝破するのは、あなたの「いい耳」「いい目」でしかない。
投稿者 阿部重夫 - 06:00| Permanent link | トラックバック (0)

