阿部重夫編集長ブログ「最後から2番目の真実」
自分の恥部に「ぼかし」を入れるジャーナリズム
2005年12月13日 [ジャーナリズム]
このブログに「想定外」のアクセスが殺到、サイトにつながりにくくなっていることをお詫びします。サーバーの容量を上げるなどの対策をとります。
少し湯ざましに道草をしよう。本当はソニーBMGの音楽CD「スパイウエア」問題を続いて取り上げる予定だったが、このまま過熱状態だとアクセス障害が続くので、「本物のスパイ」の話に寄り道したのちに本題に戻ることにします。
とは言っても、生ぬるいネタにはしたくないので、日本のブログ、とりわけニュースの断片に飛びついて過激なコメントを書き連ねるブロガーに苦言を呈する内容にしよう。
少し前のことになる。9月19日、旧ソ連の諜報機関KGB(国家保安委員会)の元要員で英国に亡命した故ワシーリー・ミトロヒンとケンブリッジ大学教授クリストファー・アンドリューの共著「ミトロヒン文書Ⅱ」(The Mitrokhin Archives Ⅱ、米国版はThe World was Going Our Way)が出版された。KGBの秘密文書係だったミトロヒンが亡命の手土産に持ち出したメモをもとに書かれた「KGB秘密工作の全貌」という触れこみで、「Ⅰ」が対西欧工作、「Ⅱ」がアジアを含む対第三世界工作を扱っている。
対日工作は「Ⅱ」に出てくるのだが、日本の新聞では産経の蔭山実、通信社では共同通信の倉田佳典記者が、「東京湾で破壊工作」「日本の外交官2人が多数の機密文書を渡した」など、一部をつまみ食いした記事を送信した。幾多のブログで引用されたから、覚えている人も多いだろう。スパイ天国ニッポンと、国賊外務省への非難のコメントがついた。
しかし、これらの記事は600ページ余もある大部の原著を一日で通読したうえで書かれたはずがない。私もロンドン駐在経験があるからよく分かる。せいぜいが斜め読み、おおよそは出版社が販促プロモーションの一環として配る要約版のプレスリリースを翻訳するか、英国の有力紙に出た協賛記事を横流ししているだけだろう。
日本の特派員は出不精である。私のオフィスの階下には共同通信がいたが、人手が足りないことを理由に終日オフィスにいて、現地の新聞記事をせっせと切り抜きし、翻訳しているだけだった。こういう「翻訳ジャーナリズム」に明日はない。あえて記者の名を挙げたのは、彼らが書かなかった肝心の部分があるからだ。
米国版「ミトロヒン文書Ⅱ」の302ページには、1970年代にKGBに協力した「少なくとも5人」の日本人ジャーナリストのコードネームが挙げられている。
BLYUM(朝日新聞)
SEMYON(読売新聞)
KARLまたはKARLOV(産経新聞)
FUDZIE(東京新聞)
ODEKI(主要新聞のシニア政治記者)
さらに、79年に亡命したレフチェンコKGB少佐のインタビュー記事(「週刊文春」83年)で名が出て辞任した産経新聞編集局長、山根卓二氏も出てくる。「SEMYON」は渡邉恒雄回顧録(中央公論)で、当時の後藤田官房長官にナベツネが解雇を迫られた記者だろう。とにかく、「山根スパイ説」を社説で「まったく虚偽である」と気負いこんで否定した産経にとって、このくだりは「レフチェンコの亡霊」をまたぞろ蒸し返すものに違いない。蔭山記者の記事はなぜか一行も触れていない。故意か、保身なのか。
なぜなら、共著者のアンドリュー教授はソ連情報工作の研究では第一人者で、私自身がケンブリッジで会って歓談したことがあるからだ。その堅実な性格は信が置けると思ったが、産経・共同など現在の特派員たちは会っているのだろうか。また、故ミトロヒンの協力を得たこの二巻本は、英国(さらに米国の)情報機関のチェックも通ったはずで、そこではっきり明記されたことは否みがたい重みを持つ。レフチェンコの個人プレーではなく、KGBに記録があることが証明されたと思えるからだ。
産経のみならず、スパイとされた記者のコード名を挙げられた新聞社は目を背けたい光景に違いない。が、幸い、このリストに名の挙がらなかったわが古巣の新聞社でさえ、70~80年代のモスクワ駐在記者の中にKGBの「蜜の罠」にかかった記者がいたのは内部でも周知の事実である。このリストはむしろ氷山の一角ではなかったか。
しかし、悲しいかな、今のブロガーはこういう記事にスクランブルの「ぼかし」が入っていることを知らない。産経のロンドン電を真に受けたブロガーはこう怒った。
「問題は、KGBは日本の外務省内で協力者づくりに成功し、60年代から少なくとも79年までは2人の外務省職員が多くの機密文書をKGB側に提供したということだ。また70年代後半には外務省の電信官から重要情報の提供を受け、政界やマスコミにも協力者がいたとしている。おいおい、害務省・・・・・それでいいのかぁーっ!? このスパイはまだ生きているだろうし、たっぷり退職金も貰って悠々自適の生活しているんでないか」
やれやれ、自分が目くらましをかまされていることに気づかない、ほんとにガキである。ここに安直な陰謀史観が生まれる。それはまた自分の恥部に「ぼかし」を入れて去勢してしまう、隠微な日本の新聞ジャーナリズムの鬼っ子でもある。今度、内調(内閣情報調査室)の連中に会ったら、この5人のリストの実名をきっちり教えてもらおう。
投稿者 阿部重夫 - 06:00| Permanent link | トラックバック (6)
