平成版「人返しの法」が私大MARCH狙い撃ち

東京23区内の大学定員増を禁じる「劇薬」新法案がマンモス私大の懐を直撃。生き残れるか。

2018年4月号 LIFE

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東京・お茶の水の明治大学

東京都内の大学入試もほぼ終わり、試験業務から解放され安堵しているはずの大学職員たちの表情が冴えない。東京一極集中是正に向け23区にある大学の定員増を今後10年間禁じる「劇薬」新法案が今国会に提出されているからだ。とりわけ、地方学生の受け皿となっているMARCH(通称「マーチ」=明治、青山学院、立教、中央、法政の有名マンモス私大群)が「狙い撃ちにされる」(政府関係者)と物議を醸している。

明大が「駆け込み定員増」

立法化を求めたのは東京への学生流出に憤る全国知事会だが、実質的に主導したのは内閣官房所管の有識者会議。座長に坂根正弘コマツ相談役、カギを握る座長代理には地方創生の旗振り役、増田寛也元総務相が就任。首相の側近、山本幸三地方創生担当相時代の2017年2月に「法制化ありき」で始まった。

2月上旬、都内で開かれた大学関係者らによるシンポジウムは、危機感がにじむ内容だった。

「稀に見る愚策。(大学の)中身の競争を自由にすべきで23区の大学が活性化できないと、国全体のレベルが落ちてしまう」。大学定員抑制策を槍玉に挙げたのは「オネエキャラ」で知られる尾木ママこと、教育評論家の尾木直樹。憤懣やるかたない様子で口角泡を飛ばした尾木は、長年にわたり法政大で教鞭をとり、テレビのワイドショーなどへの出演を通じて法政大の名を拡散した広告塔的な存在だ。

看板教授陣のメディア露出が学生募集の武器となり、特に潤沢な軍資金(授業料収入)を持つマーチの広報力は、他大学を圧倒する。教育学者でベストセラーを量産する齋藤孝・明大教授、法律問題のコメントで定評のある野村修也・中央大法科大学院教授、箱根駅伝4連覇を達成した青学の原晋監督らは、今もテレビに引っ張りだこだ。

あまたの看板教授を抱えるマーチが、23区内の大学定員抑制法案で狙い撃ちにされる理由は、いくつか考えられるが、まず学生の多さが標的だ。16年の23区内の大学などの学生数は46万7千人に上り、全国の学生数の約17%、実に6人に1人が集中している。ちなみに、マーチ5大学の在学生は計約12万人。大手予備校がまとめた18年度(3月1日時点)のマーチへの志願状況も計46万人超(前年比108%)と、「日東駒専」「関関同立」の私大群を大きく引き離す。少子化の逆風にもめげず、その人気は衰えない。地方学生を吸い寄せる「巨大なブラックホール」のような存在だ。

私学助成を出す国からすれば、高校で理系科目をさっさと捨て、私学文系コースに走る学生の「駆け込み寺」となっていることも、気に入らないようだ。国立大学改革の一環として文部科学省が出した「文系学部廃止」通知が物議を醸したのは3年近く前。科学技術立国を支える人材育成への貢献度が低い私大文系が、大学行政の観点から「冷や飯」を食わされるのは必至。私大文系組が殺到するマーチへの風当たりが強まるのも当然だ。

23区内の大学定員増を禁じる今回の新法案以外にも、文科省はマンモス私大の首を真綿で絞めるような策を打ち出している。今、最も威力を発揮しているのは、文科省などが15年に通知した入学定員の厳格化だ。地方創生の観点から大学定員の超過を抑えるため、16年度から私学助成の不交付基準を引き下げるというもの。例えば、学生収容定員8千人以上の大規模大学の全額不交付基準は従来、入学定員充足率が「1.2倍以上」だったが、これが強化策では16~18年度で段階的に「1.1倍以上」に引き下げられた。要は定員の10%オーバーの学生を入学させたら補助金全額カットのお仕置きだ。この強行策により、マーチも軒並み一般入試合格者を絞り、明治や青学などは17年度の入試で、前年度に比べてそれぞれ1千人以上減らし、「狭き門」となった。少なからぬ私大が、この危機を定員増で乗り切ろうと画策し、中でも明治は18年度から入学定員を一気に1030人も増やし、「駆け込み定員増」と陰口を叩かれている。

私学助成のカットを伴う定員管理の厳格化に加え、23区内の大学定員増を認めない新法案が成立したら、マーチの成長戦略はトドメを刺される。「何より確実な収入源となる学生授業料の増大が期待できなくなる。最先端の学部・学科への衣替えも困難になり、成長戦略が描けなくなる」と、大学関係者は嘆く。

「工場等制限法」の復活か

一方、東京23区の大学を締め上げる新法案が、地方大学の振興に結びつくとは限らない。官邸主導の新法案の主眼は23区の大学定員を抑制し、地方大学の振興向けの交付金を創設することにある。研究費補助で産官学連携の産業育成を後押しするものだが、現状では地元への進学率が5割を下回る道県が大半となっている。昨今の景気・雇用環境の好転が、地元学生の引き留めに結びついていない厳しい現実がある。実際、転入超過が続く「トヨタ城下町」の愛知県でも、20~24歳の女性の転出超過が起こっている。「理由はわからないが、東京以外は田舎であり、東京に出たい思いは根強いものがある」(地元の教員)

戦後に繰り返されてきた東京一極集中是正の取り組みは「失政」の歴史であり、今も「妙案」が見つからない。霞が関の政策通の中にも「新法案は愚策」と断ずる向きもあり、「昭和の悪法」と酷評された「工場等制限法」の復活と皮肉られる。

大都市の過密解消に向け1950~60年代から東京や大阪の一部地域で工場や大学の新増設を制限した同法によって、23区内の学生数割合は44%(60年)から29%(76年)に減ったが、全国的な進学率の高まりから学生数は約31万人から約60万人へと倍増した。同法は02年に廃止されたが、23区外の首都近郊に乱立した大学キャンパスが、地方の学生を吸い込む構図は、今も続いている。

歴史を紐解けば、東京一極集中の是正策は江戸時代から繰り返され、天保の改革では「人返しの法」が、江戸への農民移住を禁じたが、ほとんど効果がなかった。今回の新法案と、発想が似ている。「私大人気」をリードするマーチは平成版「人返しの法」をはねのけ、生き残ることができるだろうか。

   

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