「超高速」の天才たちが変えた証券市場

『ウォール街のアルゴリズム戦争』

2016年1月号 連載 [BOOK Review]
by 高橋誠(ユナイテッド・マネージャーズ・ジャパン株式会社 取締役会長)

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『ウォール街のアルゴリズム戦争』

ウォール街のアルゴリズム戦争
(著者:スコット・パタースン/訳者:永野直美)


出版社:日経BP社(税込2592円)

原著タイトルは「Dark Pools」。著者は名著『ザ・クオンツ 世界経済を破壊した天才たち』を書いた米ウォールストリート・ジャーナル紙の記者である。

株式市場が日々構造変化する中で今やアルゴリズム取引が跋扈している。代表例が超高速取引(HFT)であり、米国では取引の半分弱、日本でも40~50%を占めるほどである。2010年5月に数分のうちにダウが約1000ドル下落したことはまだ記憶に新しい。また日本でも2013年5月に起こっていることはあまり知られていない。

ニューヨーク証券取引所やナスダックなどの公開取引所で、機関投資家が例えばIBMの株を購入しようとした時、HFTは素早く事前に探知し、先回りしてIBMの株を買い、値段を吊り上げる。これがナノ秒(10億分の1秒)の速さで繰り返されることになる。

つまり大口の機関投資家はその分高い価格での注文執行となる。このことから機関投資家は、私設の取引所外市場(これをダークプールと呼ぶ、「プール」とは取引の場を意味する)に注文を出すようになった。運営するのはクレディスイスなどの大手投資銀行に加えて、HFT業者など50を超えるほどであった。超高速取引は高度なプログラミングを必要とするため、エンジニアが次々と新たな手法を編み出し、それが2000年代のアルゴリズム戦争となった。

HFTは大量の注文と短時間でのキャンセルを高頻度で繰り返し、1回当たりのリターンは極小さいがめったに損をすることがないため、累積で見ると大幅なリターンとなっている。

本書は、何人かの天才的なアルゴリズム開発者に焦点を絞り、インタビューなどを通して秘密性が極めて高い取引の裏側をストーリーにしていく叙述のため興味が尽きない。ただ特定の人物に焦点が当たっているため、時系列的な展開となっていない点は考慮する必要がある。

米国では、1ナノ秒でも早い注文執行のためにコロケーションと呼ばれる取引所の隣にサーバーを置くことが必須となり、巨大なデータセンターが設置されている。取引所にとっても重要な収益の源泉であるため、(日米共に)情報開示は積極的にはなされていない。特に日本のコロケーションを利用している海外のHFT業者が「日本は規制がなさすぎる」と発言している。

最後に興味のある方はユーチューブでThe Wall Street Codeと題されたドキュメンタリーが参考になろう。本書に登場する人物が生々しく語る様子が見られる。アルゴリズムが市場の構造改革を引き起こしそれが新たな規制を生み、それがまた新たなアルゴ取引を生んできた歴史の裏側を知る格好の書物である

著者プロフィール

高橋誠

ユナイテッド・マネージャーズ・ジャパン株式会社 取締役会長

   

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