東電存続かけ「柏崎刈羽売却」

數土文夫会長のもとで、東電が真の再生を果たすには、柏崎刈羽原発を切り離す「大リストラ」断行しかない。

2015年6月号 DEEP
特別寄稿 : by 橘川 武郎(東京理科大学大学院イノベーション研究科教授)

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エネルギー問題の焦点「柏崎刈羽原子力発電所」

東京電力の數土文夫会長

写真/平尾秀明

東京電力・福島第一原子力発電所の事故から4年以上を経た今日においても、わが国のエネルギー問題の行方は定まっていない。なかでも、「世界最大の原子力発電所」である東電・柏崎刈羽原発の今後は、まったく見通せないままである。

東京電力は、2014年1月に政府の認可を受けた新・総合特別事業計画にもとづいて、企業としての再生を図っている。15年2月には、原子力損害賠償・廃炉等支援機構との共同で同計画の改訂版の骨子を策定・発表したが、改訂するにせよしないにせよ、そもそも、新・総合特別事業計画の実現は可能なのだろうか。

結論から言えば、その実現はきわめて困難だと言わざるをえない。なぜなら、同計画の根幹をなす柏崎刈羽原発の再稼働が、東電による運営を維持したままでは難しいと考えるからである。もともと、あれだけの大事故を起こした会社に原発の運転を任せてよいのかという、世論の強い危惧が存在した。それに加えて13年には、福島第一原発事故の事後対応に関して、東電だけでは汚染水対策も廃炉や除染も十分には行えないことが明らかになった。事故でいったん失格したうえ、その後の「追試」でも失格したわけであり、東電のままでは柏崎刈羽原発の再稼働はありえないと考える方が、自然であろう。

「二つの原則」とその帰結

福島問題、東電問題を解決するうえでは、二つの原則を貫くことが重要である。それは、①誰が資金を負担するにせよ、原発事故の被災地域できちんとした賠償、廃炉、除染が行われるようにすること、②東京電力という会社の存否にかかわりなく、東電の供給地域で安定的で低廉な電気供給がなされるようにすること、という2点である。

①の原則を実行に移すためには、国の積極的な関与が必要不可欠である。しかし、柏崎刈羽原発の再稼働や廃炉・除染費用の国庫負担に対しては、世論の強い反発が予想される。世論の批判を和らげるためには、当事者である東京電力がもう一段踏み込んだリストラ、多くの国民が納得する本格的なリストラを実施する以外に方法はない。そのようなリストラとは、いかなるものであろうか。それは、東京電力がピーク調整用の揚水式水力発電所等を除いて、基本的にはすべての発電設備を売却するというものである。その場合、発電設備の運転にかかわる人員は売却先へ移籍することになるため、東京電力の従業員数は大幅に減少し、リストラ効果は拡大する。東京電力が発電設備の売却によって得た収入は、賠償・廃炉・除染費用に充当される。また、柏崎刈羽原発も売却の対象となるため、事業主体の変更という同原発の再稼働をめぐる独自のハードルもクリアされる。數土文夫会長のもとで東電が真の再生を実現するためには、本格的なリストラを断行するしか道はないであろう。

このようなリストラを行って東京電力は存続できるのかという疑問が生じようが、筆者は存続が可能だと考える。発電設備売却後の東京電力は、東京の地下を東西および南北に走る27万5千Vの高圧送電線とそれに連なる配電網を経営の基盤にして、系統運用を中心としたシステムインテグレーターとして生き残る。世界有数の需要密集地域で営業するという特徴を活かせば、東京電力の存続は可能であろう。

前記の②の原則から見て、東電の法的整理が、当然、選択肢の一つとなりうる。しかし、ここで想起する必要があるのは、法的整理が結果的に東電の「責任のがれ」につながりかねないことである。東電の責任を明確にし、応分の負担を担わせ続けるためには、本格的リストラを行ったうえでの存続案が、現状ではベストの選択であろう。東電の法的整理は、セカンドベストの方策ということになる。

新事業主体は東北電力か日本原電

それでは、東京電力は、誰に対して柏崎刈羽原発を売却するのだろうか。買い手候補の一番手として名前があがるのは、柏崎市や刈羽村を含む新潟県を供給区域とする東北電力である。

新潟県の泉田裕彦知事は、東京電力に対しては強い不信感を隠さないが、東北電力に対しては一定の信頼感をもっていると言われる。とくに、07年の新潟県中越沖地震からの復興過程で協力し合った、東北電力海輪誠社長(07年当時は新潟支店長、15年6月下旬に会長就任の予定)とのパイプは太いと聞く。柏崎刈羽原発の運営に地元の東北電力が参画することは、事故時の避難計画の実効性を高める意味でも、有意義であろう。

ただし、東日本大震災で大きな被害を受けた東北電力は、柏崎刈羽原発を買収するだけの財務力を有していない。そこで、国の支援が求められることになるが、直接的な原発国営に関しては、財務省筋からの強い抵抗が予想される。そこで、出番があると考えられるのが、日本原子力発電(原電)である。原電の最大株主は東京電力であるが、東電は現在、国の管理下にあり、原電は、事実上、準国策企業だと言える。

その原電は、今、「原子力なき原電」という状況に陥っている。同社の敦賀原発1号機の廃炉が決まり、さらには、同2号機については活断層問題で、東海第二原発については地元自治体の了解が得られていないため、いずれも再稼働の見通しが立っていないからである。柏崎刈羽原発の運営に原電が東北電力とともに参画することは、原電の経営維持という脈絡からもありうると言える。

東電「大規模リストラ」のインパクト

東京電力が「基本的にはすべての発電設備を売却する」という大規模リストラを実施した場合には、電力市場のあり方にも大きな影響を及ぼすことになる。

東京電力が売却する柏崎刈羽原発以外の発電設備の中心は火力発電所であるが、それらを購入するのは、誰であろうか。購入候補の筆頭にあがるのは、中部電力である。15年4月に中部電力と東京電力が折半出資で火力発電の共同運営会社JERA(ジェラ)を設立したのは、それヘ向けた一歩とみなすこともできる。少なくとも、中部電力側にそのような思惑があることは、間違いないだろう。

中部電力のほかにも、東電の火力発電所の購入候補としては、関西電力・九州電力・電源開発等の他の電力会社、東京ガスや大阪ガス等のガス会社、JX日鉱日石エネルギー・出光興産・東燃ゼネラル石油等の大手石油元売りなどの名をあげることができる。15年3月、九州電力・東京ガス・出光興産の3社は、千葉県袖ヶ浦市で出力2‌0
0万kW級の石炭火力発電所を建設する計画を発表した。このほか、同年4月には、関西電力と東燃ゼネラル石油の両社が、千葉県市原市で100万kW級の石炭火力発電所建設を検討中であるとの報道もあった。これらの各社は、16年の電力全面自由化を見据え、競争の主戦場となる東京周辺に大型電源を確保しようとしているわけであるが、石炭火力の新設には環境アセスメントなどの高いハードルが待ち構えている。これに対して、東電の既設火力を買収すれば、より容易に大型電源を手に入れることができるのである。

さらに注目されるのは、東京ガスが東電鹿島火力発電所を買収し、1~6号機の石油火力(総出力440万kW)の燃料を天然ガスに転換するケースである(出力126万kWの同発電所7号系列は都市ガスを燃料とするコンバインドサイクル発電方式を採用している)。東京ガスは、関東一円をループ状に結ぶ高圧ガスパイプラインを建設中であり、近い将来、鹿島・日立間にも海底パイプラインを敷設する予定である。東京ガスの買収により、鹿島火力発電所燃料の石油から天然ガスへの全面転換が実現すれば、膨大な規模の天然ガスの追加需要が発生する。その場合には、00年代初頭に検討されたものの東電の反対により実現しなかった、サハリンから鹿島への天然ガスパイプライン供給構想が、再び日の目を見ることになるかもしれない。

他地域の電力会社、ガス会社、大手石油元売りなどが東電の火力発電所を買収し、東京周辺地域に大型電源を確保することになれば、電力市場における競争は、一挙に活発化する。それは、現在の東電供給地域だけではなく、他の地域にも波及することだろう。

来るべき東電の大規模リストラが電力市場に与えるインパクトは、きわめて大きい。その大リストラの出発点となるのは、柏崎刈羽原子力発電所の東電からの切り離しである。その意味で、柏崎刈羽原発の帰趨が今後のエネルギーのあり方を決定づける。混迷を続ける日本のエネルギー問題の焦点がここにあることは、間違いない。

著者プロフィール
橘川 武郎

橘川 武郎(きっかわ たけお)

東京理科大学大学院イノベーション研究科教授

1951年生まれ。東大経卒。専門は日本経営史・エネルギー産業論。東大、一橋大両教授を経て、今年4月より現職。日本経営史学会会長。『電力改革―エネルギー政策の歴史的大転換』など著書多数。

   

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