街行く「イベント・キャラバン」に新風

創業100年の老舗運送会社「手塚運輸」が仕掛けるマーケティングの新潮流。

2015年5月号 INFORMATION
取材・構成/編集部

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企業と顧客を結ぶ「接点」に、新たなトレンドが生まれつつある。主役は色とりどりな外装で街を駆け抜ける「イベント・トラック」だ。

スマートフォンが暮らしの隅々にまで情報を広める一方で、本当に「伝えたい情報」が届きにくくなっていることに頭を悩ます企業は少なくない。インターネットの活用で、顧客へ効率的にアプローチすることは可能になったが、心に刺さるような「体験」を提供しようと思えば、やはりリアルの場に優るものはないだろう。

NTNのテクニカルサービスカーの外観(上)と講習会の様子

軸受(ベアリング)製造業大手のNTNが、顧客企業向けに商品講習会を行うためのテクニカルサービスカーを全国各地に走らせるようになったのは、2013年6月のことだ。NTNでは、顧客自身が軸受の取り付けや交換などの作業を行うためのメンテナンスツールを販売している。軸受は繊細な部品であり、取り扱いに注意を要するため、その取り扱いには実地での説明が欠かせない。

だが、全国各地で講習会を開くとなると、かなりの手間とコストが掛かる。その問題を解決したのが、完全オーダーメイドのテクニカルサービスカーだった。同車両には、プレゼンテーション用の教材が搭載されており、コンパクトな外見からは想像できないほどの多機能性を誇る。会場まで車両を走らせれば、直ぐに講習会場が設営できるのが強みだ。サービスエキスパートによる講習会は全国で展開されている。

進化する「イベント・トラック」

顧客との新たな接点を生み出すイベント・トラックの活用は、ここ数年で一気に広がった。AKB48やEXILEといった音楽アーティストを映しだした巨大移動広告「アド・トレーラー」が、街中を走り抜けるのはもはや当たり前の光景だ。最近では、コンテナが開くと舞台に早変わりする「ステージ・トラック」や、内部が空調管理された「ショールーム・トラック」も増えている。中には内部がメイクアップや調理のできる“異空間”に仕立てられているものまであり、その進化は著しい。

これらを仕掛けているのは、意外にも創業100年を超える老舗運送会社である。馬力運送にルーツを持つ手塚運輸は、関東で大型トラックを中心とした運送業を長年手掛けてきた。そんな老舗がなぜ一見“ド派手”な事業に足を踏み出したのか。創業から4代目の手塚嘉明社長が語る。

「運送業界は1990年の規制緩和を機に激しい価格競争に陥っており、単純な運送だけでは先行きが細ることは目に見えていた。そこで何か運送に付加価値を付けられないかと考え、2006年に始めたのがアド・トレーラーだった」

手塚社長自ら中古の海上コンテナを購入し、手探りで作り上げていったという。スウェーデンのボルボ社「VOLVO TRUKS」を車体にした16メートルの巨大アド・トレーラーは、新しいプロモーションを探していたレコード会社や広告代理店の目に留まり、多い時で他の車両も合わせて20台を全国で同時運用するまでに成長した。

ワンストップの請け負い体制

街を走り抜けるアド・トレーラー

「しかし…」と手塚社長は続ける。「アド・トレーラーは確かにヒットしたが、あくまで既存の広告の領域にとどまるものだ。企業のマーケティング担当者のニーズをさらに満たすためには、顧客にもう一歩寄り添った“何か”を提供する必要があった」

そんな折、大手広告代理店からイベント仕様のトラックを製造できないかとの相談を受ける。何か面白いものを作れないかと調べるうちに気付いたのが、日本独自の自動車検査制度の厳しさだ。海外では特殊な形状のイベント車両は珍しくないが、日本であまり見かけない背景には、そういう事情があったのだ。

そこで手塚運輸では、企業のニーズを最大限汲みとった上で、いかに車検を通すかを徹底的に研究。幼い頃から車に囲まれて育った“改造マニア”の手塚社長の経験も大いに役立ったようだ。さらに、車両の改造作業だけでなく、イベント現場への運行から設営、車両の整備・保管、一連の管理・運用までをワンストップで請け負える体制も構築した。企業側にしてみれば、車両を自社で抱え込まずに済み、コストだけでなく様々なリスクも回避できるので導入に踏み切りやすい。

現在、手塚運輸が保有するイベント・トラックは30台を超える。年間を通じて定期的に各地でイベントを行っている医療メーカーからは、3年にわたり車両の管理を任されているという。こうしたサービスを提供できるのも、100年続く老舗への信頼があるからこそだろう。今年2月には、第4回渋沢栄一ビジネス大賞でベンチャースピリット部門の奨励賞を賜る栄誉にも与った。実際の改造現場は「いたって地味」だと手塚社長は笑うが、大正13年創業の老舗運送会社がマーケティングの世界に新風を巻き起こしていることは間違いない。

   

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